二十五話.紅と蒼を裂く庭で【レイ(セレスタ)視点】
「――ぅ!」
咄嗟に陛下を前に転がす。
腹から出た刀。
抜かれていくその先は青いルミナリアの生垣の向こう。
顔の見えない襲撃者。
――会話で場所がバレていたのか。
失態だ。
陛下にケガがないか確認すると心配するような凛とした顔が見えた。
自分の血が顔に少しついていた。
汚してしまって申し訳なさと、綺麗だという想いが頭を過ぎる。
しかし流石陛下。
咄嗟に攻撃態勢になっていた。
私も生垣の向こうを警戒する。
「し、しまった……」という小さなつぶやきだけが聞こえた。
「?」
――しまった? 目的は私ではなかったということか?
やはり目標は陛下の……!
「レイ! こちらへ」
という陛下の言葉に我に返る。
陛下が私の腰を取った。
「少々痛むだろうが、堪えてくれ」
「な、なにを……?」
私の問いに答えるように陛下の背中から炎の翼が生える。
美しく、炎の鳥とさえ思えた。
生垣を少し超えた先は庭園。
生垣の中よりも人の手が入っている。
「生垣は燃やしたくないのでな」
と、私を降ろす陛下が呟く。
(それはつまり、私との逢瀬の場所を荒らしたくないということを暗に言っていると期待していいのだろうか)
――い、今は戦闘に集中しなければ……!
襲撃者はしっかりと私たちを追いかけて来てくれていた。
私は陛下を後ろに立ち上げる。
脇腹の痛みなど、問題ない。
5人だ。
多少傷がついたとしても独りなら問題なかっただろうが……。
「何一人で戦おうとしている」
「へ、陛下? お下がりください」
「何を言う。共に戦えば終わる。我が枕を傷つけたこと、平穏を邪魔したことを後悔させてやらねば」
「……」
もう何も言えなくなった。
確かに女王の本気の姿は見たことない。
期待してしまう。
「私に惚れるなよ?」
「……――っ」
(既に……私は……)
休暇だとしても、生垣の中に入ってしまう。
もうこれが忠義とかではないと自分では何となくわかっている。
しかし、騎士として、命じられる者としてどうしてもその気持ちを否定してしまっているだけ。
気配を殺した数人が、黄昏の影に。庭園の草木に隠れながらこちらを伺う。
再び襲ってくる前に私は地を蹴り、一人の襲撃者の腹へ拳を叩き込む。
刹那、地面がバキリと割れた。拳から伝わった衝撃で、石畳がひび割れる。
「……――ぐぅ!!」
一人は庭園の更に向こうの城壁にぶつかったらしい。
剣がないなどと言う理由はいらない。
……陛下にこれがバレるのだけはいただけない。
チラリと一瞥すると陛下は陛下で横から来た襲撃者たちを炎で焼いていた。
(……大丈夫、大丈夫見られてない)
しかし、向こうは3人だ。
はやく加勢にいかなければ。
私は近くの木に手をかけた。
少し力を込めるだけで、地ごと根が浮かび上がる。
それを木刀のように振り抜いた。
――が、ひと振りは魔法で影に溶け込み躱された。
「……じょ、女王の方を……!」
「させん……!」
私はそいつへ、木を投げ入れる。
傷で普段の力が出せないが、影に入られる前にどうにか当てることができた。
木と襲撃者は陛下と対する3人を超えて城壁付近まで飛んでいった。
あっけに取られた襲撃者。
他二人は視界が赤く染まってしまった。
私も炎の海を避けきれず、身を包まれた。
「――っ! ……?」
肉が焼ける感じはしなかった。
むしろここちよいような……。
流石陛下。
業火さえも制御できるようだ。
襲撃者の一人はどうにかよけていた。
しかし、炎に気を取られて、陛下の炎の鞭により捕縛された。
「お、お待たせしました」
「……うむ。剣がなくとも随分やるのだな……、しかしもう大丈夫だ」
(これはバレバレだったか)
騒ぎを聞きつけて騎士たちが駆けつけてくる。
捕らえた敵は一人。
陛下は「尋問しよう」と指示していく。
「レイ、おまえは医務室に行って、帰ってしばらくは屋敷で休みなさい」
と、ふわりと撫でてきた。
先程まで、烈火を放っていた手は優しく暖かかった。
「は、はぃ……」
優しくされるたび、秘密が尾を引く。
胸が痛くなった。




