二十四話.秘めた焔、膝にほどける【レイ(セレスタ)視点】
生垣に、夕陽が差し込む。
影が伸びていく。
叔父様に外出の旨だけ伝え、レイの姿になって訪れたここ。
私をルミナリアがいつものように出迎える。
青白い炎芯が陰りになった生垣を照らす。
剣も鎧も置いてきた。
仕事は休みというのに、手合いの後、来てしまった。
落ち着かない。
今日は、来るだろうか?
いやいや。何を期待している。
しばらく謁見もない。
ここに来たとしても一人。
陛下は現れなかった。
一週間だ。
あまりにも長い。
――お茶会のことがずっと頭に。体にも残っている。
(陛下はどう思われておられるのか……)
どうしても気がかりだ。
そのまま逃げてしまったこともそうだが……。
紅茶を飲ませてくれたことも。
菓子を口に入れてくれたことも。
撫でられた――いや、私が手に擦り寄ったことも。
それでもあのぬくもりは抜けきらなかった。
叔父様に撫でられた時とは違う。
全部覚えている。
ふわふわした心地だった。
――夢のようだったな。
ここまで陛下とすれ違うのなら、本当に夢だったのかもしれないな。
あんな真似……してよかったのか。
騎士として、男として振舞ってきた。
騎士以前もずっと。
けれど、休日でさえも足を運ぶとなると……これは中毒になってしまったような。
「はあ……」
ルミナリアに埋もれる。
何を期待しているのか。
――帰ろう。
明日も早い。
立ち上がろうと片膝をついた時――。
「ああ。いたのか」
背後から聞きなれた声。
私は咄嗟に振り返る。
「へ、陛下……!」
「ふっ」
陛下が噴き出す。
あまりにも感情を乗せすぎた。
――しまった。
この方の前だとどうしても……。
片膝をついたまま、俯く。
「ぐ、偶然ですね……」
違う。
期待して私は待っていたのだ。
「ん? お前、今日は休みだったろう?」
「……」
(これはバレてしまっている)
無言でいると、にやにやしてくる。
確信犯だ。
わざと聞いている。
私が言いあぐねていると、話題を変えた。
「ここから、通っていたのだな」
「は、はい」
私が通った隙間を指さす。
陛下が私のすぐ隣に膝を抱えて座る。
真っ赤なドレスが私に当たる。
近い……。
「なんだか秘密基地のようで良いな」
「ええ。私もそれが気に入ってます」
お茶会の話題よりもさきに調子を取り戻そうとする。
――が、陛下は許してくれない。
先手を打たれた。
「ここでなら、お茶会同様に甘えてよいぞ」
開いた口がぽかんと開いたまま。
甘えて、いい?
いやいや、その前に謝罪しなければ。
「その前に……先日は無礼を――」
陛下が手を翳す。
私の言葉を制した。
「謝罪は不要。気に入った。もっと愛でてやろう。……そもそもここへ来る人間なんて誰もいないから存分に構わん」
「……」
「さ、いつまでもひれ伏さないで、ここに」
と、自身の腿を叩く。
……?
きょとんとしてしまう。
座る……のか?
いや。流石に体格が違う。
もう一人の私ならちょうどいいだろうが。
いやいや、そういうわけでなく。
「なんだ。騎士様は膝枕も知らないのか? それとも私にしてくれるのか?」
「……」
膝枕。
どちらも無理だ。
「命令しようか?」
「い、いえ。……その、私は今日休みでしたので……」
暗に断る。
しかし相手は陛下。
断ったとて、どうせ口達者にされるがまま、従わされるのだ。それでも多少の悪あがきはしてみよう。
「ほう、疲れてない、と?」
「ええ。ですので――」
「私は執務に疲れている」
「……は、はあ。お、お疲れ様です」
「枕になれ」
「……ぁ」
ここまで射止められたらどうしようもない。
片膝をついていた足を動かし、枕になりやすいように正座……は、枕としては高いはず。
足を伸ばして対応することにした。
拒否権がないのならしっかり枕にならなければ……。
「真面目だな」
その様子を見ていた陛下が呟く。
そして、ぽふと私の腿に頭を乗せた。
「心地いい」
「――……っ」
いつもの癖で下を向くも、陛下の顔。
うっとりと目を閉じる陛下。
多少なりとも平穏が得られるなら一介の騎士だろうと本望……ではあるが状況が状況だ。
枕としても腿から感じる温かさが心地いい。
姿をまじまじとみていると、既に目を開けていた陛下。
綺麗な金色と赤の目がばっちり合ってしまった。
したり顔が見えた。
いつもの反射でこれ以上下を向くことはできない。
腕で顔を隠して背ける。
「くくく、お前はいつも俯くからな。これで俯いた時の顔が見れるな」
(うあああああぁ! 落ち着けセレスタ!)
もう一人の私が出てきそうで騎士のレイを演じきれなくなりそうだ。
腕で顔を覆ってそのまま固まっていた。
「ほら。可愛い顔を見せなさい」
と、ぐいぐい顔を隠した腕をはがそうとする。
ずっとこれが続けばいいのに――そう思っていた矢先。
腹に別の温かさを感じた。




