十六話.選ばれた者【レイ(セレスタ)視点】
生垣の向こう側にも空間があるらしい。
知らなかった。
花を掻き分け覗いてみると、陛下が手洗い場――小さな噴水のほとりに座っていた。
平時の。いや、先ほどの鋭さはなくなっている。
それでも凛としていて――けれど、どこかあどけなさすら宿していた。
炎の光に照らされたその微笑みは、まるで冬の雪の中の焚火の炎で。
包み込むようなあたたかい火のようだった。
じっと見つめていると陛下がちょんちょんと横を指で叩く。
――座れということだろうが。
私にはそういう度胸はない。
しかし、そのまま横になっていることもできない。
近くに寄り、跪く。
「いい。楽にしろ、休憩だろう」
「いえ、バリストン卿の任務があるので、これで失礼します……騎士団の仕事は終わりました」
そうか、と言って、指先から炎の蝶を出す。
女王なりの暇つぶし、休憩の仕方なのだろうか。
「そうだ。ここは別のルートからずーっと歩かねばこれん秘密の場所なのだが……どうやって?」
「……通路の生垣をどうにかかいくぐって」
「ははっ……まさか騎士様がそういうことをしているとはな。まるで秘密基地を見つけた子供のようだな! いいことを知った」
笑顔が眩しい。
……こういう笑い方もされるのだな。
火の粉を散らすみたいに綺麗だ。
(できればまだ、遠くで見つめてたかった)
どうにかうまく退散しようと言葉を考えていると、陛下が伝えてきた。
「数日前の謁見――逃げ出したくなる気持ちはわかる。私が派手に言い放ったからな」
「……」
「で、今一度問おうか? いや、仰せのままにと言ってくれたから承諾してくれた、で相違ないな。そもそも、お前は平時も仰せのままになどと、堅苦しい言葉を使うのか?」
「いえ。咄嗟に出てしまいました」
「ふふ。しかし、それのおかげで私は書類の山から逃れられたし、――お前は鉄面皮がはがれてしまったな。ここ最近の失態、聞いているぞ」
唇に指を当てるようなしぐさで、また一つ炎を灯す。
「そうだな、まず同僚に怒って、……上司に怒られて、補給用のカップを落とす事何度か。それから……」
私の失態をつらつらと述べていく。
その間にも既に出していた炎の蝶が彼女の周りを揺蕩い、一つ言ってはふっと霧散していく。どこか幻想的で目を奪われた。
私の失態さえ、炎と共に消えて行ってしまいそうだ。
「あとは――」
「まっ、……もう、おやめください、へいか」
……一介の騎士如きのことを……陛下が……把握?
頭が真っ白になりそうだ。
終いには「どうだ? よく知っているだろう」と、にこりとする。
(……どうして。そんな風に、自然に笑えるんですか)
胸が、少しだけ痛んだ。
私はまだまだこのかたには程遠い。
私の任務を話し終えて、満足したらしい。
別の話題に切り替えてくれた。
「今日の交渉見ていたな?」
「はい。……立派な対応でした」
「当然だろう。私はこの国の王だからな。それと」
そこまで言って、彼女は紅焔の瞳をすっと細める。
「……“選んだ”お前に、少しくらい格好つけてみせたかったのかもしれない」




