十四話.火を見た日【レイ(セレスタ)視点】
陛下に目をやった。
そこに立っていたのは、“ヴェラノラ・アウレリア・イグニス”。
女王として、堂々と相手を見下ろし、己の意志を曲げることなく貫く者。
……美しい、なんて軽い言葉じゃ追いつかない。
眩しいほどの炎。その存在だけで空気を変えるような、凛とした光。
(あれが――あの背中こそが、“選んだ”のか)
選ばれた者として、何か応えねばならない。
けれど、私はまだ自分の足元さえ定まらないまま、ここに立っている。
私の剣は、彼女の背中を守れるのか?
迷って、傷つけて、守るべき者にさえ背を向けかけた私が。
(……それでも)
炎は、誰にでも宿るものじゃない。
だが、あの人に憧れているこの想いだけは、きっと偽りじゃない。
いつか、あの背中と並び立てるように。
そう、願ってもいいのだろうか――
(“炎を纏う”とは、ただの魔法のことじゃないんだ)
人を惹きつける言葉の力、立ち姿、気迫――
すべてが、燃え上がるように、胸に焼き付いていた。
それに比べて私は迷いばかりだ。
己ばかりで無く、あほに八つ当たりしてしまった。
(……あんな風に、見つめられて、“選ばれた”のか、私は)
それが、誇らしくも、怖かった。
そのまま白銀の目で見つめていると、陛下と目が合ってしまった。
……それだけでも、心臓が跳ねあがるほど。
陛下は柔らかな笑みとともに――片目をつぶり、ほほ笑みかけた。
「――っ?!」
……えっ、という音が出かけて、必死に呑み込む。
え、え、まさか。い、今のは……っ?
どうにか唇を嚙みしめる。
(わ、私に……だよな?)
顔が、熱い。
頭の奥で何かがパチンと弾けるような感覚。
(な、何を考えているのですか……)
胸の奥がぐわっと熱くなる。
何も言われていないはずなのに、全身が反応してしまう。
それくらい、そのしぐさは――とんでもない威力を持っていた。
(守りたい。だけじゃない……何か、もっと……)
言葉にできないその想いが、喉奥で火花のように散った。
怒りとも、羞恥とも違う。まるで、急に心臓に火がついたようだった。これは……?
まっすぐ、揺るぎなく、見据えられた気がした。
それだけで、背筋が伸びる。
たとえ何も言われなくても、託されたような気がしてしまう。
たとえ何も言われなくても、「おまえを見ている」と伝わってしまう。
(……私は、私で、ちゃんと“選ばなくちゃいけない”)
与えられた立場に甘えるのではなく。
過去や力に囚われるのでもなく。
“セレスタ”として、自分の意思で。
それがどれほど怖くても、誰かに否定されることがあっても――
この気持ちだけは、決して偽らない。
いずれ必ず。
陛下の横に自信をもって立てられるような自分に――
――私は、あの背を守るために。
終わりを告げられざわざわと謁見の間が雑音で一杯になる。
我に返り、陛下に形だけの礼をして後を追った。
その背中に温かく刺す視線を感じながら。




