十三話.言葉は焔になる【レイ(セレスタ)視点】
王城の謁見の間――
竜のために築かれたという、神話のような空間。
天井は人の背の何倍も高く、陽光が降り注ぐ。大窓には炎と竜の紋が刻まれている。
赤金の柱には、ルミナリアが巻き付いて炎を散らしていた。
足音さえ吸い込むほどに静かな大理石の床。
ひときわ高い段の上に置かれたのが、国花に囲まれた紅の王座。
そしてここは、先日私が婚約された場所。
陛下は、私に向かって――あの言葉を口にした。
『おまえ、私の伴侶にならないか?』
あの瞬間の重みが、まだこの空間に漂っているようで――
私は一歩、足を踏み入れるたび、鼓動が高鳴るのを止められなかった。
すべてが止まったように思えてしまう。
騎士としての私と、もうひとりの“私”とが、剣を交えるようにぶつかり合ったあの瞬間。今までは私の方を押し殺していたのに……。
決して忘れることのないあの感覚。
今もこの場に。私にも染みついている。
目を閉じれば、あの時の鼓動が甦る。
重圧でも緊張でもない、ただ一つの言葉に揺れた心。
(ッ――いやいや、今は集中しないと……!)
気を紛らわせるように、視線を流す。
ヴァルトライヒ帝国の従者たちが、手のひらほどの音を発する銀の装置を弄っているのが目に入った。
(これが、魔石を使った帝国の技術……)
でも、そんな音も、熱も、この場には届かない。
この空間を支配しているのは――イグニスの象徴。
皆が集まりその王座に座るヴェラノラ陛下が、すっと姿勢を正した。
「……よく戻られましたね。私に断られたことが恥ずかしくて貴方方はもう帰国されたものと」
その声は、柔らかい。
しかし、どこか冷たい。
まるで“こちらの出方を見ている”炎。
今から燃え盛る薪のようにさえ感じられる。
「いえ、陛下。私は貴国の資源と文化に深い敬意を抱いております。些細な行き違いがあったとしても、互いに利益ある交易が成されることを願っております」
「交易、か」
肩肘をついていた陛下は点火したように立ち上がる。
「私は国に益ある取引は歓迎しよう。しかしな、婚約は条件ではない。
我が“心に火を灯す相手”でなければ、私の伴侶には相応しくないのでな」
その一言で、空気が変わった。
外交官の隣の従者の方が目に見えるほどの苛立ちを見せた。
が、次には怒声もせずただ唇を噛みしめて頭を垂れた。
どうやら愚かではないらしい。
対する外交官は笑みを浮かべたまま。
「……畏まりました。では、本日は交易のみにて」
「はい。それで十分です」




