十一話.触れられる朝【レイ(セレスタ)視点】
失態を晒してしまった次の朝。
魔力の波がすっと引き、私は深く息を吐いた。
視界が少しだけ高くなる。
手足は大きく、声も低く。
けれどもう慣れた。これが“レイ”としての私。
手元にあったガウンを羽織り、姿見の前に立つ。
銀の髪は後ろに束ね直し、首元を軽く整える。
――少しでも、“騎士”に見えるように。
私はあの方の隣に立ちたい。ただの装飾ではなく、真に役立つ者として。
まずは迷いを断ち切ろう。
一つ一つ場を踏めばいずれは辿り着くはず。
鎧に手を伸ばそうとした時、部屋の扉が小さく音を立てた。
「失礼するよ、レイ」
振り返ると、そこには叔父様が立っていた。
片目だけでも鋭い視線に、一瞬だけ背筋が伸びる。
「すぐに任務ですから、準備を――」
「手伝おう」
そう言って、彼は静かに近づいてきた。
私が口を開く前に、肩当てを手に取って丁寧に位置を調整してくれる。
「……恐縮です」
鎧が重なっていく音だけが、静かな室内に響く。
不意に、頬に指が触れた。
撫でるというより、確かめるような動きだった。
「……やはり、似ている」
叔父様がぽつりと呟く。
「……母に、ですか?」
彼は頷いた。
「髪の色も、目元の骨格も。声は違うが……こうして見ると、本当に姉にそっくりだ」
私は何と返すべきか分からず、ただ軽く目を伏せた。
母のことはほとんど知らない。父の事も。
生まれてすぐになくなったらしい。
叔父様から聞かされたこととしては、両親は私にそっくりだということ。
彼がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。
頬に置かれた指は、すぐに離れた。
けれど、なぜかそのぬくもりだけが、妙に残った。
「ありがとう、ございます」
言葉にしてから、少しだけ喉が詰まった。
彼は恩人で、家族で、今の私を支えてくれている存在だ。
だから――触れられても、嫌ではなかった
いや、それどころか……どこか、安心すらしていたのかもしれない。




