九話.触れることのない、誓い【レイ(セレスタ)視点】
「大丈夫か?!」
カイルが駆け寄ってくる。
その目が血に染まった私の脇腹に釘付けになり、手を伸ばしてきた。
「傷、見せ……――」
「やめろッ!」
反射的に、カイルの手を躱して拒絶する。
「大丈夫だって~」
カイルは優しく伝えてくる。
そうはいっても触れられる、その一瞬が怖い。
自分の手がどれだけの力を持っているか。自分自身が一番わかっている。
もし、この者を傷つけてしまったら――そう思っただけで、全身が強張った。
また、いつも通り近寄ってくるが、あしらってしまう。
私の方が凍りつく。
(……やってしまった)
距離を取ってしまうのは、恐れだ。
私のこの力が他人を壊してしまうことがあるかもしれないという、根深い恐怖。
「すまない。……傷は浅い、手当ては後で構わない」
震えそうになる声を押し殺して、かろうじて言葉を絞り出す。
やれやれと言った感じで、カイルが肩を竦める。
後ろから敵の拘束にあたるのを見届けて、息を整える。
(まただ……)
また拒んでしまった。
仲間の善意を――傷を見ようとする当然の行動を。
なのに私は、まるで自分が異物だと宣言するように、遮ってしまった。
(こんなんじゃ、守れるわけないだろ。こんなことで、乱されてどうする。私は……)
自分の力の加減すら、制御できない。
誰かの手にちゃんと触れることすらできない。
なのに、私は――“あの人の隣”に立とうとしている。
視線を上げた先、王都の空はよく晴れていた。
石畳の広場の噴水には、子どもたちが笑いながら駆け回っている。
その親たちは赤髪を風に揺らしながら目を細めて見守っていた。
イグニスの民――王国の象徴。
あの赤は、炎の色。
そしてその頂点に立つ者が、焔の女王――ヴェラノラ陛下。
(あの人は、こんな世界を守ってるのに)
誰よりも強く、誰よりも美しく、真っ直ぐで。
この国すべての象徴であり、誇りであり。
その背中を、私はずっと追い続けてきた。
(なのに、私は……)
目を伏せた。
手に滲む血が、やけに生々しい。
己の身体なのに、力の加減もできず。誰かに触れることも怖がって……。挙げ句の果てに――女王の言葉ひとつで心を乱して、足元をすくわれた。
(こんな私があの人の傍にいて、いいわけないだろ……)
咄嗟に陛下の名を呼んだ昨日の自分が、頭の中で何度も繰り返される。
たった一言で、心をめちゃくちゃにされるほど、私は脆い。
見上げた空は、青く澄んでいた。
それでも――
それでも、あの人の守るこの国を、私も守りたかった。
触れられなくても。
触れたら壊してしまうかもしれなくても。
その背中だけは、どうしても、追いかけたかったのだ。
(どうしたら、ちゃんと“私”のままで守れるんだ……)
押し殺した叫びが、喉の奥でくすぶる。
けれど誰にも、そんな想いを知られてはならない。
パチンと音がする。
思いと共に飲み込んで無くす。
私は、“騎士レイ”なのだから。




