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再起の誓い〜仲間と掴む栄光

ギルドの奥まった部屋で、ガーランド・ヴァンスは大きな溜め息をつきながら書類を眺めていた。

その資料には“白銀の山道”を再度踏破するための作戦案が記されており、豪雪地帯に巣食う魔獣たちの危険度が徹底的に報告されている。

奥地に潜む最強の魔物、“氷狼王”の脅威を放置すれば被害は拡大する一方だ。


扉が開き、アストリッド・ロウレンスが無言で入ってきた。

鋭い銀色の瞳は緊張の色を宿し、背丈の低い体躯ながら凛とした雰囲気を醸す。

ノア・ディアスとエヴリン・ローズウッドも続いて姿を見せるが、どこか気まずそうに視線を交わし合う。

そして、その三人の後ろからジュリウス・ラインフォードが入ってきた。


先にガーランドが口を開く。

「お前たちが並んでここに来るとは思わなかった。

あの“白銀の山道”で、あれほどの惨事が起きたというのに」

ノアは杖を握りつつ視線を落とす。

「正直、まだ彼を許せていない部分もあります。

でも……」

と口ごもる彼の言葉を継ぐように、エヴリンがそっぽを向きながら続けた。

「でも、またあの雪山に行くなら、一人よりはマシかなってだけ。

勝手に突っ走られたら今度こそ取り返しがつかないし」


アストリッドは居心地悪そうに少し下を向く。

「私も、あなたには散々振り回された。

それでも戻ってきたのなら、話を聞かないわけにはいかない」

鋭い銀色の瞳が、まるで真意を探るようにジュリウスを射抜く。


一方でジュリウスは、マントを握る手にわずかな力を込めていた。

「……俺が崖から落ちてから、どれだけ探してくれたのかは知らない。

だが、結果的に誰も来なかったのは事実だ」

ノアが申し訳なさそうに「あれは……」と呟くと、ジュリウスはそれを遮るように声を続けた。

「いい。

俺の過去の振る舞いを考えれば当然とも言える。

だからこそ、今度の再攻略に俺を加えてくれ。

手前勝手なのはわかっている」


エヴリンが苛立ちを隠せない顔で矢筒を握りしめる。

「また『手柄は全部俺のものだ』なんて言い出すんじゃないでしょうね」

ジュリウスはわずかに唇を曲げるが、以前のように鼻で笑ったりはしなかった。

「そこまで愚かじゃない。

ただ、誤解しないでくれ。

俺は別人になったつもりはないし、他人を頼ることに慣れたわけでもない。

でも、崖下で死にかけて、少しは俺なりに考えたんだ」


ノアが困惑した表情で言葉を返す。

「どう変わったかなんて、すぐわかることじゃないよ。

けれど……戻ってきたのは事実だし、僕たちも氷狼王を放ってはおけない」

エヴリンは一度ツインテールを揺らし、ジュリウスの深い青色の瞳をにらむように見る。

「あなたには痛い目に遭わされたこと、忘れたわけじゃないから。

失敗したら、次は本当に縁を切るわよ」


それでも、三人がこうして顔を合わせているのは、ガーランドの後押しも大きかった。

支部長は書類を閉じ、じろりとジュリウスを見下ろす。

「お前には“最後通牒”を突きつけた覚えがある。

ここで結果を出さなければ追放だと。

……それでもやるのか」

ジュリウスは真っすぐガーランドを見返す。

「今回の作戦、成功のためには俺の力が必要になる。

だが今度こそ、仲間を見捨てない形でやってみせる」


アストリッドが小さく息を吐く。

「あなたの傲慢さが消えたわけじゃないのはわかる。

でも、せめて私たちの意見にも耳を貸してほしい。

雪山は想像以上に厄介だし、あの氷狼王は並の魔物とは桁が違う」

ジュリウスは頷く。

「自分のやり方を捨てるつもりはない。

だが、全員が協力することが必要だと認めるくらいの頭はある」


エヴリンが軽く舌打ちしながらも、「本当にそうならいいけど」と呟く。

ノアは複雑そうに眉を下げ、「少しでも守り合える形にしないと、また誰かが犠牲になる」と続ける。


そして、アストリッドが静かに決意を示した。

「わかった。

なら、今度は私たちもあなたを守るし、あなたも私たちを守って。

それが本当の意味での“パーティ”の形だから」

ジュリウスは軽く息を吐き、マントの襟を直す。

「誰に指図されるのも好きじゃないが、今回は頭ごなしに否定はしない。

それが俺なりの答えだ」


こうして、四人は再び“白銀の山道”へ向かう準備を始めた。


ギルドの倉庫で物資を確認する際、ノアが控えめにジュリウスへ話しかける。

「本当に、向こうでは冷静に動ける?

僕も回復に集中したいから、無理な攻撃はやめてほしいんだけど」

ジュリウスは明確な返事をせず、「状況を見て判断する」とだけ言い残す。

その曖昧さにノアは顔を曇らせるが、アストリッドが「あなたはあの時よりも落ち着いて」と声をかけ、場をやわらげた。


エヴリンは矢の点検をしながらも、ジュリウスの挙動を監視している。

「あなたがまた独断で突っ込んだら、今度は弓を射るのをためらわないかも」

ジュリウスはわずかに笑みを浮かべる。

「その時は、俺も振り返ってお前に狙いをつけるかもしれないぞ」

エヴリンは呆れたように「やっぱり性格は変わってないわね」と嘆息するが、その目にほんの少しだけ信頼の色が混じる。


そして、雪山の奥地へと足を進める日が来た。

アストリッドの陣形指揮、ノアの回復魔法、エヴリンの遠距離支援。

ジュリウスは以前なら一人で突き進むところを、今回は周囲の動きを注視しながら走る。

あくまで傲慢な口ぶりは捨てないが、魔物が襲いかかろうとすると「そっちに行ったぞ」と声をかけ、エヴリンの弓が通りやすい位置へ大ぶりの剣を振る。

ノアが回復魔法を詠唱しているときも、敵が近づけば素早く横から斬り捨てる。


アストリッドが小声で「少しは協調している」と驚いたように呟く。

ジュリウスは「あくまで効率を考えているだけだ」とそっけなく言うが、余計な独断は起こさない。

そこに、かつての彼にはなかった変化がある。


やがて、最大の敵である“氷狼王”が姿を現した。

鋭い爪と牙、冷気をまとった体毛からは圧倒的な威圧感がほとばしる。

ノアが唇を震わせる。

「間違いなく、前とは比べ物にならない強さだよ」

アストリッドが剣を構え、「私が防御を引き受ける。

ノアは後ろで回復準備を」と指示を出す。

エヴリンは矢を番えて一瞬の隙を狙う。

ジュリウスは二刀を握りしめ、冷たい光を帯びた氷狼王を睨んだ。


一斉に攻撃を仕掛けても、氷狼王は嘲笑うかのように軽やかに回避し、雪煙を舞い上げる。

分厚い氷の甲羅のような毛並みを持ち、通常の魔法攻撃では傷もつかない。

ノアの回復魔法とアストリッドの聖なる護りがあっても、このままでは圧されるかもしれない。


その時、ジュリウスが鋭く叫ぶ。

「エヴリン、右後方から牽制してろ。

ノアは後衛を固めろ。

アストリッドは俺と前に出る!」

エヴリンが「あんたに指示されるなんて嫌だけど」と言いながらも、それに従う。

ノアも「わかった。

回復のタイミングを合わせる」と集中する。

アストリッドは黙って頷き、ジュリウスと並び立つ。


氷狼王が吠えると、ジュリウスは軽く二刀を振りかざし、意外にも小さな声で言う。

「一度痛みを知ったからこそ、もう同じ失敗は繰り返さない。

そして……結果を出すのは俺たちだ」

アストリッドは鋭い銀色の瞳に微かな光を宿す。

「わかった。

私もあなたを信じる……今回はね」


二刀流と騎士の剣技が同時に襲いかかる。

氷狼王の冷気で刃が鈍るが、ノアが補助魔法をかけてサポートする。

エヴリンの矢が横合いから何本も射られ、氷狼王の動きを封じる。

アストリッドが前衛で防御陣形を展開し、ジュリウスがその隙に真正面へ飛び込む。


「行くぞ!」

彼は短く叫び、以前から得意としていた高速詠唱を使って、二刀それぞれに異なる魔力を込めた。

一本には烈火の魔法、もう一本には切り裂く風の魔法。

過去のように“火”だけに固執せず、場の状況に合わせて別の属性を組み合わせている。

氷狼王が鋭い牙を突き立てようとする瞬間、ジュリウスはその首元へ同時に剣を叩き込んだ。


烈火の熱と、切り裂く風が重なり合い、氷の甲羅が砕けて氷狼王の背に深い傷が刻まれる。

咆哮があたりを震わせ、エヴリンの矢が連続で突き刺さる。

アストリッドの防御陣形が破られる寸前、ノアの回復魔法がタイミングよく届き、踏みとどまる。


そこでジュリウスは再び剣を構え直す。

「一気に決める。

アストリッド、体勢を立て直してくれ。

ノアは援護を。

エヴリン、矢を惜しむな!」

苛立ちを見せながらも、三人は彼の言葉に行動を合わせる。

これが以前との大きな違いだった。

ジュリウスにとっても、生まれて初めて“他人を動かす”という形で戦局を見ているのだ。


最後の斬撃を放つ刹那、氷狼王の冷たい眼光がジュリウスの青い瞳と交わる。

互いに一歩も引かない意地のぶつかり合い。

その直後、二刀が空を切り裂き、氷狼王の吼え声が急に途切れる。

エヴリンの矢が確実に急所を貫き、アストリッドの剣が守りを削いだ。

ジュリウスはとどめの一撃を躊躇なく叩き込む。


巨大な魔物が崩れ落ち、深い息の音が消えた。

ノアが安堵の表情で膝をつき、エヴリンが矢筒を下ろして荒い呼吸を整える。

アストリッドは剣を地面に突き刺して上体を支えながら、そっとジュリウスを見上げた。

「あなた……本当に、ここまで戦えるんだね。

一人じゃなくて、みんなと一緒に」


ジュリウスは汗を拭い、無言で二刀を鞘に収める。

しかし、その横顔にはわずかな達成感が宿っていた。

エヴリンが「あんた……」と声をかけようとして言葉を飲み込む。

ノアは微笑みながら、けれど少しだけ警戒を解かずにジュリウスを見つめる。


そんな中、氷狼王の討伐を成し遂げた四人は、ギルドへと凱旋する。

ガーランドが無骨な笑みを浮かべ、「お前たち、やり遂げたか」と一言だけ呟く。

ジュリウスはマントの土埃を払って言う。

「結果を出せば、文句はないんだったな」

ガーランドはニヤリとして、彼の肩を軽く叩く。

「たしかにそう言った。

よくやったな、ジュリウス」


アストリッドが苦笑を浮かべながら、「でも、あなたの態度はまだまだ油断できない」と呟くと、ジュリウスは小さく笑みを返す。

「お前らだって俺の指示が気に入らなかったはずだ。

次はもう少し上手くやれるかもな」

エヴリンがツインテールを揺らし、「ま、あんたが調子に乗りすぎないならいいけど」と肩をすくめる。

ノアは、そんな二人を見てほっとした様子で、「みんな、少しずつ歩み寄れそうだね」と安堵の息をつく。


そして、ガーランドが大きく頷く。

「これからも依頼は山ほどある。

だが、ひとまず今は休め。

それから……ジュリウス、もう二度と崖から落ちるんじゃないぞ」

ジュリウスは口元を歪めつつ、「そんな事態は自分で防ぐさ」と言い放つ。


エヴリンがニヤリと笑って言う。

「ったく、あなたって本当に素直じゃないんだから。

でも、今度は私を見下さないでよね」

ジュリウスは「知らん」と軽く応じて踵を返すが、その背中には以前とは違う落ち着きがある。


アストリッドやノアが目を見合わせ、小さく頷く。

そして、彼らはそれぞれの足でギルドの廊下を歩き出す。

何かが変わり始めたと感じながら。

傲岸不遜で憎まれ口の絶えないジュリウスは、完全に“いい人”になったわけではない。

だが、自分ひとりだけが強いのではなく、仲間を認め合うことで辿り着く“本当の強さ”を掴みかけている。


その気配を感じたからこそ、アストリッドもノアもエヴリンも、いま一度共に並ぶ道を選んだのだ。

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