傲慢なる才覚の光と影
濃紺の空を裂くように稲光が走る。
その瞬間、ジュリウス・ラインフォードは剣を握る手に力を込めた。
傲慢な自信は胸の奥でさらに燃え上がり、周囲を睥睨する空気を醸し出す。
あらゆるものが自分の下にあるべきだ――そんな奢りすら感じさせるほど、彼の視線には揺るぎがなかった。
「首席合格だと聞いたが、さほど驚きはないな」
ギルド本部の広間で、灰色の髪を短く刈った男が書類を確認しながら言った。
背筋を伸ばしたまま立つ青年は、当然すぎるという顔つきでわずかに笑う。
「他の受験者があまりに凡庸だっただけでしょう。
俺が少し本気を出せば、誰も歯が立ちませんからね」
ジュリウスの口ぶりには、他人を小馬鹿にする傲慢さが凝縮されている。
横にいた女騎士が小さく息を吐く。
アストリッド・ロウレンス。
長い金髪を編み込み、洗練された鎧を身につけている姿は気品を感じさせるが、その銀色の瞳はジュリウスの態度にわずかな苛立ちを含んでいた。
「才能を鼻にかけ、周囲を軽んじる人が首席とは、評判通りね」
鋭い声に、ジュリウスは薄笑いを浮かべる。
「お前には理解しがたいだろうが、俺は名家で特別に育てられてきた。
その価値がわからないなら黙っていろ」
まるで主人と家来のような物言いだった。
穏やかな青年が、居心地悪そうに二人の間に立った。
「ええと、試験の合格おめでとうございます。
僕はノア・ディアスといいます」
ローブの胸元をつまんで軽くお辞儀する仕草も、ジュリウスの傲慢な雰囲気の前では霞んでしまうようだった。
「治癒魔法の実技試験でご一緒でしたよね。
あまりにも早い詠唱だったので、驚かされました」
その言葉に、ジュリウスは「当然だ」とばかりに鼻を鳴らす。
「実技試験なら百人いたって敵じゃない。
だいたい、どいつもこいつも呪文が長すぎる。
俺から見れば怠慢にしか思えないね」
さらに奥で退屈そうに待っていた少女がツインテールを揺らして近づく。
エヴリン・ローズウッド。
ぱっちりした瞳でジュリウスを上から下まで値踏みするように眺めた。
「首席さんってどんな化け物かと思えば、意外と普通の体格ね。
本当に剣も魔法もできるの?」
挑発めいた問いかけにもジュリウスはすぐに応じる。
「疑うなら好きにすればいい。
今に証明してやるさ。
俺の力を目にすれば、ひれ伏すしかなくなるだろうが」
わざと大きくマントを翻す姿には、自信過剰という言葉では足りないほどの気迫が宿っていた。
そのやり取りを見届けた支部長、ガーランド・ヴァンスは静かに書類を机に置く。
「確かに、お前の腕は申し分ない。
だが性格には問題があるぞ」
重みのある声にも、ジュリウスはあからさまに退屈そうな目を向ける。
「あいにく俺の性格を変える必要なんて感じませんね。
名家ラインフォードのやり方を押し通せば、すべてうまくいくので」
その自信満々な物言いに、ガーランドは視線を鋭くさせた。
「仲間と連携してこそ成り立つのがギルドの仕事だ。
お前の態度では軋轢が生まれかねん」
「結果を出せば文句はないはずでしょう。
実力の劣る者が足手まといにならないよう管理するのも、俺の才能のうちです」
周囲の視線には戸惑いや反発が混じるが、ジュリウスは意に介さない。
エヴリンが投げやりに言った。
「まあ本人が強いならいいわ。
私には関係ないけど」
アストリッドがそれにかぶせる。
「関係ない、と目をそむけてはいけない。
ギルドに所属すれば互いに支え合わなければならない時が来る」
ノアは二人の間でおろおろと首を振る。
「ま、まあ落ち着いて。
ほら、せっかく試験に合格したばかりなんだし…」
そんなやり取りをどこ吹く風と眺めながら、ジュリウスはまるで自分が既に頂点に立ったかのような立ち居振る舞いを続ける。
首席合格者にはギルド側からも優先して仕事を選ぶ権限がある。
それを知っているからこそ、彼はさらに鼻が高い。
「早速だが、俺に相応しい依頼を出してくれないか。
雑魚相手の仕事などやりたくないが、まあ肩慣らしにはなるかもしれない」
彼の一言にガーランドは苦い顔をして、いくつかの依頼書を取り出した。
「近隣の村で魔物が暴れている。
すでに他の冒険者が派遣されたが、まだ解決していない案件だ。
ここに行ってみるといい」
ジュリウスは書類をちらりと見て鼻を鳴らす。
「村の魔物だろうと何だろうと同じことだ。
俺が動けば一掃できる。
それで周りも黙るだろうさ」
その横でエヴリンは「あーあ」と呆れたように眉を下げる。
「逆に私たちが黙らされる展開にならなきゃいいけど」
ジュリウスは彼女を見向きもせず、判を押し終えた用紙を乱雑に机に置いた。
「俺の強さが理解できないなら、それはお前の不勉強というだけだ」
ノアが横から慌てて声をかける。
「ぼ、僕も一緒に行きます。
回復役がいないと危険かもしれないし…」
ジュリウスは鼻で笑うように言う。
「当然だ。
俺が傷を負う場面など想像できないが、一応備えはしておいたほうがいいだろうからな」
ノアは困惑気味に笑うしかなかった。
アストリッドは腕を組んでジュリウスをじっと見据える。
「私も行く。
行かずに放っておけない」
ジュリウスはわざとらしくため息をつきながら、その金髪の女騎士を一瞥した。
「まあいい。
誰がいようと、俺の足を引っ張らなければ構わない」
「お前も同行だ」
ガーランドがエヴリンを呼び止める。
「弓の腕は相当だと聞く。
後衛が多いほうがいいだろう」
エヴリンは肩をすくめて渋々頷いた。
「仕方ないわね。
この鼻持ちならない首席様に付き合うとしますか」
こうして、ジュリウスを中心とした妙に温度差のあるパーティが結成された。
だが本人は他人の不満や懸念をまるで聞いていない。
「明朝出発だ。
村に着いたら住民の話をちゃんと――」
ガーランドの言葉を最後まで聞かずに、ジュリウスは踵を返す。
「俺がどう動こうと勝手だろう。
明日には村の魔物も片付いているさ」
その勝手極まりない発言にアストリッドが一瞬眉をひそめるが、無視して出ていくジュリウスを止められなかった。
翌朝の馬車の中でも、ジュリウスの独壇場は続く。
ノアが「村に着いたらまず状況を…」と提案しようとすると、
「魔物など叩き潰せば済む話だ。
弱い連中は黙ってついてこい」
と言い放ち、再び会話を強制的に打ち切った。
アストリッドは険しい顔で前を向き、「思い上がりが過ぎる」と低く言う。
だがジュリウスは満足げにマントを揺らし、「お前らが凡人なのは仕方ない」とまで口走った。
エヴリンは荷台で弓を抱えながら「やれやれ…」とため息をつく。
「少しは聞く耳を持てないのかしら。
もし本気で困る状況になったら知らないわよ」
ジュリウスは鼻で笑う。
「俺が困る状況などあり得ない。
せいぜい後ろで見てろ」
やがて村に着くと、荒れた畑や崩れた柵が散乱していた。
住民たちは厳しい表情でパーティを迎えるが、ジュリウスは「時間の無駄だ」と言わんばかりに挨拶すら省略する。
アストリッドは住民から詳しい被害を聞こうとするが、ジュリウスはまるで耳を貸さない。
「森に巣食っている連中を全部引きずり出し、一網打尽にするだけだ。
ほら、行くぞ」
ノアが慌てて杖を握り、エヴリンが「勝手すぎるわね」と漏らしながら後を追う。
鬱蒼と茂る森の入り口付近で風が不穏にざわめき、鳥の鳴き声が途切れた。
遠くで重苦しい咆哮がこだますると、アストリッドは険しい顔になる。
「ただの魔物ではなさそうだ」
ジュリウスは逆に笑みを深める。
「好都合だ。
さらに俺の名が轟くというものだろう」
森の暗い樹間から再び響く轟音は、獣の威圧感を肌で感じさせる。
ノアとエヴリンの視線に不安が広がるが、ジュリウスは落ち着き払った足取りで先へ進む。
どんな魔物であれ、自分が最強であることに変わりはない――という確信が、彼の瞳に燃え盛っていた。
地面を揺らす新たな震動が走る。
「ここまでくれば、奴らも逃げ道はないだろう」
ジュリウスは剣を握り締め、どこか獰猛な笑みを浮かべる。
周囲に漂う殺気をむしろ歓喜に変えるように、金の装飾が施されたマントを誇示するように翻した。
自分こそが絶対、まるでそう言わんばかりの王者の姿で――彼は森の奥へと歩みを進めていく。