インフレーション(再び警備会社の人と)
忠国警備シリーズサイドストーリー。クラウンの話。
自サイトでも公開しています。
http://gambler.m78.com/hikaru/sakuhin/dream-dream.html
サタンが順調にリハビリを熟している間に、神田からの連絡があった。準備が出来たので何時でも迎えに行けると云う。迎えが来たら何処かへ連れてかれて、一週間程の合宿になるとか云うので、今鳥渡友人の正念場なので留守に出来ないと答えたら、それに就いては提案があると云う。提案とは何かと訊くと、会って話すと云うので、取り敢えず高槻駅前で会う約束をした。
当日、神田は改札とは反対の方角からやって来た。矢張り今回も空を飛んで来たのだろうか。スーパーマンの様だと思った。
「この前空飛んではりましたよね」
「あ、見付かってましたか。ええ、交通費の節約です」
「予算付かないんですか」
「実績らしい実績が未だ無いですからね」
そうなのか。この前の話しぶりだと、既に何件か依頼を熟してそうな口振りだったが。あれはハッタリか?
「貧乏序でに、今日はお金の掛からない場所でお話ししましょうか」
「どこです?」
神田は上を指さした。
「空?」
「此処は目立つので、鳥渡移動してから」
そう云うと神田は人通りの少ない裏路地へと入って行った。クラウンはこれからカツアゲでもされるのではないかと云う気分になった。ビルとビルの谷間を奥へ奥へと進み、突き当たった所で「ではこの辺で」と云うなり、クラウンは突然体の均衡を失った気がした。
気付いたら地上が遥か遠くに去っていた。
「おゝ、人がまるで……」
昔見たアニメの台詞を云い掛けたら、神田の言葉に遮られた。
「此処なら誰にも聞かれることも見られることも無いので、思う存分話し合えます」
「如何も足元が不安で……」
そう云うと何か見えない床が発生した気がした。急に足元が安定する。
「自分を持ち上げるのと、他人を持ち上げるのは、若干勝手が違うんですよね。不快感を感じたらご免なさい。こんな感じで如何でしょうか」
「あゝ、なんや安心感が生まれました」
「それは良かったです」
神田はほっとしたように笑った。
「さて本題ですが――」
クラウンはすっかり、本日の会合の目的を忘れていた。
「あなたは留守中も、各関係者達に留守でないと認識させることが出来るのではないでしょうか」
「なんですか?」
「存在しないあなたを彼らの認識の中に滑り込ませて、恰も存在し続けている様に思わせられるのではないかと云うことですよ」
「そんな大層なこと……」
「そうなんでしょうか? あなたの認識操作では、相手の記憶や知識を利用して、相手が望む通りの認識を励起させることが出来ると思うのですが」
なんだか大分言葉が難解になって来た。記憶や知識を利用? 望む通りの認識を励起? そんなこと考えたことも無かった。一から十迄お膳立てした上で認識の隙間に差し挟むことしか考えていなかった。若し神田の云う様なことが出来るのだとしたら、ポンタも実は上手く作れていたかも? サタンの知っているポンタを出すだけなのであれば……
否然し、
「抑々一週間も」
「無理ですか?」
「判らんですが……」
「それでは少しずつ行きましょうか。先ずは一日――二十四時間から。明日のこの時間迄のあなたが出会うはずの人達に、仕掛けをしてみてください」
「サタンの見舞い以外特には……あゝ、明日は赤鬼と一緒に行く心算でしたが」
「ではサタンさんと赤鬼さんですよね。二人に術を掛けて、明日一日は家に居てください」
「いや、でも……」
「不安なら様子を見に行っても好いんですが、呉々も二人に見つからない様に。クラウンさんが二人居るってことになり兼ねないので。――ではお二人の所へ案内してください」
「はぁ……」
クラウンは渋々、サタンの入院している病院の位置を教えると、神田は其処へ向けて雲上を移動した。
「この高さからも可能ですか?」
「まあ一応、見えるので……あれ、そう云えば前はこんな遠くからは見えんかったんですが」
「私の所為かも知れませんね」神田はそう云って何故か含羞んだ。
あのライブハウスでの朝顔姫……ステージからは良く見えなかった記憶がある。あんなもの精々数米、あっても十米凸凹と云うところではないだろうか。それでもよく見えなかったのに。この上空からの距離は如何程か。数十数百では済まないのではないだろうか。何しろ雲の上に居るのだ。それなのにサタンの認識状況が嫌に判然と手に取る様に視える。丸で目の前に居るかの様だ。
「私は、自覚は略無いんですが、如何も近くに居る能力者の能力を強化して仕舞う様なんです。こればかりは私自身にも制御出来なくて……」
「なんてこった」
神田と行動していたら勝手に強くなると云うのか。なんだそのご都合主義的な展開は。然し現にクラウンの力は強化されている様だ。クラウンは不図、赤鬼の文化住宅の方向へ目を向けてみた。
「うそやん」
赤鬼が視える。正確には赤鬼の認識が視える。その途中に居る全ての人の認識が見えるし手が届く。その中から赤鬼を識別することも出来る。なんだこの感覚。クラウンは人酔いの様な気分になって眩暈を覚えた。
「大丈夫ですか。酔われているようですが。矢張り上空は気持ち悪いでしょうか」
「いや――上空と云うより、人に酔いました……地上の人が皆視えるんです。その気になればみんなの認識を操作出来そうです……でもその前に……」
うっぷ、と云ってクラウンは口に手を当てた。
「アカン……汚い雨……降らせて仕舞いそう……」
神田は急に場所を移動し、如何やら大阪湾の上空に来た。航路からも外れているようで眼下には船一つ見えない。そして潮の香りを感じる位には海面に近い。嘔吐を警戒して高度を落としているのだろう。
「一旦落ち着きましょうか。急に力が強くなっているようですね。私の波長と共鳴し過ぎたようです。今日は一旦休憩にして、また改めてこのテストをしに来た方が良さそうですね」
「そうしてもらえると助かります……鳥渡今、余裕無いです……明日普通に、見舞いキャンセルして家で休みたい位です」
クラウンが落ち着くのを待ってから、神田は高槻上空へと戻り、人気のない所でクラウンを下ろした。
「私が離れゝれば一旦能力も低下する筈です。全く元通りにはならないと思いますが。取り敢えず私は退散しますね。また連絡します」
そう云って神田は空へ飛んで行った。
「うう、酷い目に遭うた……」
クラウンは蹌踉々々しながら自宅であるワンルームマンションへと帰って行った。