プラクティス(警備会社の人と)
忠国警備シリーズサイドストーリー。クラウンの話。
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結局サタンは、腕の他に脚と肋の骨を折っていた。当分ドラムが叩ける様な状態ではない上に、如何やら膝に違和感が残って仕舞い、バスドラが踏めなくなるかも知れないと、相当に落ち込んでいた。
「わいバンド辞めるわ。田舎で畑耕す。晴耕雨読で悠々自適に暮らす」
「なんじゃそれ。セイコウ毒ってナニやねん。大体お前の実家ってめっちゃ梅田のど真ん中のタワマン低層階やん。どこに耕す畑があんねん」
「ほっといてんか。低層階だけ余計や」
見舞いに来る度に、サタンはそんなことばかり云って拗ねている。構って欲しいのが丸判りなので無視して遣りたくもなるが、基本的に人が好いクラウンは付き合って仕舞う。
「お前がそんなんじゃ、大阪レジスタンスも終わりやな。町上の名前も泣くど。神様ポンタ村上に申し訳ないと思え」
「ポンタさんが見舞いに来たら、考えないでもない」
「来る訳なかろうが。お前の存在さえ知らんわ」
「じゃあ……解散しよ」
テレビのお悩み解決番組にでも葉書を出そうか、と迄思ったが、まあこんな依頼は採用されないだろう。どれだけテレビ局に力があるか知らんが、流石にバラエティ番組でポンタ村上は動かせまい。未だ安倍総理大臣の方が動かし易そうだ。否、それも無茶だろうけど。
「もぉえゝわい、こんなアホほっといて帰ろうや」
横で遣り取りを聞いていた赤鬼が、見切りを付けて立ち上がる。これが毎回のパターンだ。サタンの見舞いではいつもクラウン、赤鬼の力は及ばず、しょんぼりしながら病室を出る羽目になる。もう少し如何にか出来ないモノだろうかと、病院近くの喫茶店で作戦を練るが、特に大した案も出ず、コーヒーを数杯お替りするだけで解散になる。ここ迄が定型の流れになって仕舞っている。
駅のホームで赤鬼と別れて、電車を乗り継ぎ高槻迄帰って来ると、改札を出た所で見知らぬ男に声を掛けられた。
「田中昌夫さんですか」
不意を突かれて思わず飛び退き、声を掛けた男を見る。スーツ姿で髪を七三に分けた、如何にもサラリーマン然とした男だが、如何も異様な雰囲気を醸している。
「ええと、クラウン吉川さん、とお呼びした方が良かったでしょうか」
「誰ですか」
やっとそれだけ返した。
「失礼。私、神田と云うものです」
そうして恭しく名刺を差し出す。警戒しながら受け取ったが、特に変な匂いはしなかった。忠国警備、と書いてある。警備会社が何の用か。
神田はクラウンの額の辺りを凝と見詰めて、「なかなか面白い能力をお持ちですよね」と云った。
「は? 能力? ベースはそんなに珍しくないですが」
「否、楽器の話ではなく……幻覚能力とでも云いましょうか、それとも認識制御と云った方が当たってますかね」
「え、何ですかあんた……」
一歩、二歩と、クラウンは後退った。なんだか物凄く怪しい。怖い。何かの催眠や洗脳を仕掛けて来ている気配は無いが、それにしても何故クラウンの変な能力のことを知っているのか。
「不審ですよね、すみません。私、他人の能力を分析出来る能力があるんです。――なんて云っても解り難いですかね。そうですね――超能力のサーチ能力、なんて表現の方が伝わるでしょうか」
「ち、超能力? あんた何云って……」
「あれ、自覚してますよね? 使ったこともあるはずなんですが……聞いた話だと……」
「だ、誰に何聞いたんか知らんですけど、わし関係ないんで! 失礼します!」
「あ、鳥渡!」
立ち去ろうとしたが足が動かない。なんだこれは。
「ごめんなさい、私、念動力も使えるんです」
「はぁあ!?」
「申し訳ないとは思うのですが、ほんの数分で好いので、お時間ください。詐欺とかそういうものではないです。あなたに危害も加えません」
「信用でけるかぁ!」
「そ……そうですか、失礼しました」
急に動けるようになった。
「本日の所は失礼します。またいずれ……」
そう云って立ち去ろうとする神田を、今度はクラウンが押し止めた。
「ちょいまちぃ! このまま去られたんじゃ気になり過ぎて夜も熟睡しかでけん、説明だけはしてもらおか!」
「あ、有難うございます!」
神田はにっこり笑い「ではこちらへ」と云うと、駅前の軽食レストランへと導いた。
そこで漸くクラウンは、自分の能力のことを客観的かつ正確に知ることとなった。
「あなたの能力では、人の認識を狂わせたり正常化させたりすることが出来ます。これは攻撃にも治癒にもなります。使い方次第で善にも悪にもなるものです。まあ大抵の能力はそうなんですが。例えば聞いた話では、あなたはダチュラによる譫妄状態から催眠を掛けられた人達を、正気に立ち返らせたと聞きます。それもこの能力に因るもので、彼らの混乱した認識経路を正常化させたのでしょう。あなたがどの程度自覚的にそれをされたのかは判らないですが、少なくとも一定の意思を持ってされたのではないかと思っています」
「待ってください、そんな話、一体誰から」
「ブルー何とかって云うバンドの方から聞きましたよ。元々は被害に遭われた方々の体験談なんかが噂話のように広がっていたのを聞きつけたので、その出元を手繰って辿り着いた感じです。ジンと云う名前を名乗られている方から聞きました」
「ジンさんか……いや、ジンさんがわしの能力を?」
「能力と迄は云っていませんでしたが。なんだか催眠療法の様な、と云ってましたかね」
それはリーが云った言葉だ。リーとの会話を聞いて鵜呑みにしていただけか。
「何れにしても状況的には田中さんの能力だろうなとは思いました。それ以前の段階で、あなたの能力は私のアンテナに引っかかっていましたから」
「はぁ……ええと、神田、さんは、そういう能力を持った人達が何処に居るかとか、判るんですか」
「えゝ。まあ、せいぜい二、三百粁圏内程度ですが。今回は偶々関西地方に来ていて、あなたの能力を感じたので、それに就いての事前調査をしていた感じです」
「参ったな……」
クラウンは頭を掻いた。
「この能力、正しく開発してみませんか?」
「はぁ?」
「私達と特殊なチームを組んでみる気は無いですか?」
「特殊なチームってなんですか。それ警備会社の仕事なんですか。――てか私達って、他にも超能力者が?」
「えゝまぁ……私昔、公安に居たんですよ、警察庁の」
「はぁあ!?」
神田が口に人差し指を当てたので、前のめりになって声を潜めた。
「刑事やったんですか。辞めたゆうことは、なんか問題でも」
「いやまぁ……問題と云えばそうなんですが……まあ鳥渡、警察の中だと限界があるなと思って」
「否逆でしょう、民間の方が限界あるでしょ」
「時と場合に依りますかね」
神田は少し表情を緩めた。
「で、何人ぐらいおるんです」
「まだ私とあなただけです。まあ上司はいますが、これは能力無いので」
「云いますね」
「あ、無能な上司と云っているのではなく。超能力が無い、と云うことです」
「あゝ」
「もう一人心当たりが無いではないんですが、家庭持っちゃって今それどころではなさそうなんで……」
「ふうん、で、野良の能力者を狩ってて、わしがその第一号ですか」
「云い方がアレですが、まあそんな感じです。未だ未だ在野の能力者はいると思うんですが、大抵未開発で、中々即戦力と云うのは難しいですね。まあ育成から手掛けても好いんですが」
「わしは即戦力ですか」
「トントンですね。もう少し伸ばしませんかと、ご提案に来ました」
「抑々わしに何が出来ますか、こんな能力で」
「可能性は無限ですよ」
怪しい妖しいと思いつゝ、どんどん話に釣り込まれて行く自分がいる。決して催眠やなんかが使われている訳ではない。その点は全く心配ない。純粋に自分の興味が尽きないのだ。
「一つの可能性として、我々の活動を一般の目に晒させない、詰まりこの能力の活動を秘密裏で行うためにあなたの力が役に立ちます」
「秘密なんですか」
「田中さんも、ご自身の能力を他人に悟られるのは嫌ではないですか?」
「あゝ、まあ……」
「大抵の能力者はそう考えます。なので、我々の活動は秘密裏に行われる必要があるのです」
「色々訊きたいことだらけやな……」
「訊いてください」
「民間の警備活動ですよね」
「まあそうです」
「依頼者、出資者が居てるんですよね。そうした人達は能力のことは」
「知っていたり、知らなかったりですが、基本的には説明を試みます」
「では秘密というのは」
「公にしないということです。例えばこの砂糖壺」
そう云って神田は、卓上の角砂糖が入った壺を指した。壺がふわりと浮いた。クラウンは内心可成驚いていたが、余り表には出さない様にした。なんだか先刻から超能力が当たり前のものかの様に話しているので。
「これは一例ですが、このように任務遂行にあたって能力を使ったとします。でもこれが人目につくと、まあ一騒ぎ起きますよね」
「でしょうね」
「然しそうした騒ぎは警備活動の妨げになりますし、能力者の望みにも反しますので、可能な限り避けたい」
「はい」
「そこであなたに活躍して頂きたい」
「はあ」
今一ピンと来ていない。結局何を求められているのか。
「この砂糖壺が浮いていると、誰にも悟られないようにお願いします」
「はっ?」
云われて周囲を気にしてみたが、今の所誰もこの砂糖壺を見ている者は居ない。認識以前に知覚していない。
「大丈夫です、誰も――」
「この先も決して、誰にも感づかれない様に」
そう云うことか。でもどうすれば。他人がこれを見たら視覚情報として脳に伝わる。脳はその視覚情報を処理して、砂糖壺を認識し、次にそれが机から浮いていることを認識するだろう。神田を見た。将に神田はそうして認識をしている。ではこの認識の流れのどこをどうすればよいのか。視覚情報を改竄するのは厄介そうだった。出来なくもないけど難しい。では伝達経路か、脳の認識か。経路を閉ざせば真っ暗闇になるだけだし、流れている情報を弄るのはもっと難しい。脳の方で認識している箇所……壺の形、その状態、それらは別々の所で認識している。偽の情報を紛れ込ませるか。ツボを持つ手があることにする。誰かが手で持っているなら問題は無かろう。
「なるほど、手で持っていますね。私は持っていないが。――クラウンさんの手でもないですね。でも手が持っているようですね」
「不自然でしょうかね」
「このケースでは十分でしょう。誰が持っているか迄気にする人はいないでしょうから。ただ、不十分な場合もあるでしょうね。同席している友人が居て、その人に気付かれたくない場合などは」
「そうですねぇ、では……」
浮いている、と思わせなければ好い。壺は机の上にある。
「机の上にあるようですね。凝と見ているとなんだか違和感を感じますが、違和感の正体は判らない様です」
ゴトンと壺が机に落ちた。
「あゝ、認識が歪んだ所為で、私の念動力の制御が狂いましたね。何しろ浮かしている心算なのに、認識では浮いていないので……」
「あ、ご免なさい」
クラウンは零れた砂糖をお手拭きで拭った。幸い零れたのは少量で、壺も無事だった。
「好いんですよ。この方向性でよいと思います。ただ、私ではなく、私以外の全員にこれをして欲しいのですが、可能ですか?」
「遣ってみましょう。もう一回浮かせて下さい」
壺が浮く。クラウンは神田を除く周りの客凡てと、店員達に対して、今と同じような仕掛けをしてみた。客と云っても疎らで、せいぜい五、六人、店員もフロアを回っているのは二人位だ。
「掛けてみましたけど――」
「あーっ!」
突然神田が叫んで、周りの客や店員達が一斉に振り返った。
「否、鳥渡、神田さん?」
神田は水のコップを倒していた。
「お客様どうされましたか?」
店員が席迄来る。壺は浮いた儘だ。
「すみません、水を零して仕舞いました」
「布巾お持ちしますね」
そう云って店員は急ぎ足で厨房へと下がった。周りの客は何事かと凝と見ている者や、大したことではないと思って直ぐに興味を失った者など様々だが、誰一人として、クラウンの目の前迄浮かび上がってくるくる舞っている砂糖壺に気付いている者は居なかった。
「流石ですね」
「いや、こんなんしたの初めてですが、上手く行って良かったです――ってか、上手く行ってなかったら如何してたんですか」
「その時は手品と云うことにします」
程なく店員が遣って来て、神田にタオルを渡すと共に、机上に零れた水を台布巾で拭き始めた。水は机の上に零れただけで、下迄滴ってはいなかったので、神田もクラウンも濡れてはいなかったのだが、神田は申し訳程度にズボンを拭う振りをして、序でに机をさっと拭くと、「有難う御座いました」と云ってタオルを店員に返した。
店員がタオルと台布巾を持って下がると、クラウンは神田に訊いた。
「水、下迄垂れてませんでしたやんね?」
「ああ、垂れないように押さえていたんですが、量的にそれは不自然な気がしたので、拭く振りしてみました」
そう云いながら、神田は静かに砂糖壺を元の位置へと戻した。
「今のは『在る筈の事物を認識させない』と云う使い方ですね」
神田が説明の続きを始める。
「逆に『無い筈の事物を認識させる』と云うことも出来ると思うのですが。――そうですね、例えば先程の壺を持つ手、あれなんかは無い物を見せた訳です。場合に依ってはそうした方法が有用な場合もあるでしょうね」
「無い物を見せる……か……」
突然机の上が水浸しになり、下迄滴って神田のズボンをしとどに濡らす。
「ああ、そうそう、そう云うことです。今更ですが」
そう云って神田は微笑んだ。
「驚かんのですね」
「あなたの能力を知ってますからね、この程度に驚きはしませんよ。まあ水に濡れた様な不快感はありますが」
「あっ、すんません」
一瞬で水が消える。
「視覚だけでなく、ちゃんと濡れた感触迄再現している辺りに、センスを感じますね。流石です。――まあ兎に角、こんな様なことをして頂きたいのです。若し我々への協力が乗り気でないのだとしても、能力の開発だけでもお手伝いすることは可能です」
「何故です?」
「何故とは?」
「いや……協力しないかも知れんのに、訓練だけはしてくれるって。誰得ですの?」
「正しく能力開発することは、正しい能力者を育てることと同義です。あなたが能力の使い方を誤って、何かしらの事故や、例えが悪いかも知れませんが犯罪などに繋がったとしたら、結局私達の仕事も増えますのでね。――まあ仕事がとかは本当は構わないのです、収入源ですから。だけど要らぬ事故の可能性をむざむざ見過ごしたくはないです」
「あーなるほど、わしは犯罪者予備軍ですか」
「悪く取らないでください。ただ、実際悪の道に堕ちて仕舞った人もいるのです」
「まあ解らんでもないですけどね。ただ、わしはこの能力を悪用したくはないですね」
「そうだろうと思ってましたよ。あの様な経験をされたのではね」
「その気になればあの女より上手く遣れると思うのです。だけど遣りたかないのです。それで苦しんだ奴らが居ると知っているから……」
「そう、あなたは決して自ら悪の道には堕ちないでしょうね。然し正しく制御出来ないと、望まぬ事故を起こして仕舞う危険性はあります。能力を封じた心算でも不図した弾みに、無意識に使って仕舞うことだってあります」
何かあったな、と思った。クラウンは神田の中に、幽かな動揺を感じていた。然しその正体迄は掴めない。クラウンに判るのは飽く迄生体の反応のみである。
「また、逆に、良かれと思って使った結果が好ましくない場合もあります。例えばあなたが新興宗教の教祖になったとして、衆生を救いたいという崇高な志から道行く人々を強制的に改宗させたとしたら如何です。それは正しい行いでしょうか。――あなたは十分に客観的な目を持っているから、それが行き過ぎた行為であることはお解り頂けるかと思います。然しそこ迄極端でなかったとしても、善意の行為が悪しき結果を招く、所謂『大きなお世話』な場合も多々あります。そう云った様な、悪意善意を問わず好ましくない能力の濫用を防ぐお手伝いが出来るなら、我々としても願ったりなんです」
「色々、難しいのですね」
「制御が出来るようになればなる程、使い時と云うのも肌感覚で段々判って来ると思いますよ。道を究めるとは、単に技術力を上げるだけではないのです。その道の達人となって頂けることを願います」
達人と云われて、鳥渡むず痒かった。そんな大層な望みは持っていない。唯安穏に生活出来れば好い。
「まあ……はい、判りました。それでは宜しくお願いします」
「では」
「協力とかは正直判らないです。未だ未だ判断付かないです。そこは保留とさせて下さい。能力の訓練については、承諾します。よろしくお願いします」
「そうですか。そうですね。判りました。こちらこそ、よろしくお願いします」
神田が右手を差し出すので、これは握れば好いのかと思い、ぎこちなく握り返した。握手なんて習慣はクラウンにはない。神田と云うのは随分とバタ臭い奴なんだな、と思った。
「今日の所は一旦失礼します。準備などもありますので、また後日連絡させて頂きたいのですが、連絡先など頂けますでしょうか」
「もちろん。携帯の番号、若しくはメアドか、チャットのアカウントでも好いですけど」
「番号とメールアドレスをお聞きしておきますね」
神田がメモ帳のページを一枚千切って渡して来たので、クラウンは其処に、電話番号とメールアドレスと、序でに名前を記入した。クラウン吉川、と書いた。
「あ、やはり、田中さんより、クラウンさんと呼んだ方が宜しいですか?」
「えゝまあ……まあどっちゃでも好いんですが、クラウンの方が最近は呼ばれ慣れてるんで」
「諒解です、クラウンさん。ではまた連絡差し上げますので」
「はい、お待ちしてます」
神田はさっさと裏路地の方へと去って行った。電車に乗ると思っていたので面食らったが、まあ他に何か用事でもあるのかも知れない。そう思って帰ろうと思った時、視界の隅に変なモノが映った。ハッと振り返ったが余りに速すぎて確認し切れなかった。それでも自分の見た通り信じるなら、神田は空を飛んで雲の上へと消えて行った。――あゝそうか、念動力。
クラウンは納得して帰途に就いた。




