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アクシデント(想定外の悪夢)

忠国警備シリーズサイドストーリー。クラウンの話。


自サイトでも公開しています。

http://gambler.m78.com/hikaru/sakuhin/dream-dream.html

 カウントダウンライブの盛り上がりはいつも通りだった。いつも通り、微妙だった。今日の前説も、最前列で希少なファン達が、大阪レジスタンスの自作団扇(うちわ)などをひらひらさせている。他の客は相変わらず微妙なノリだ。

 クラウンはあれから、如何も他人(ひと)の頭部が透けて見える様で気持ちが悪い。考えていることとか思っていることが判る訳ではない。なんと云うか、認識の様子が見て取れる。――自分でも何を云っているのか判らない。でもこの最前列のファン達にしたって、脳内麻薬で自己発電的にラリっているだけで、決して自分達の楽曲には酔っていない。抑々(そもそも)余り聴いていない。と云うか聞こえていない。これだけの音量なのに、ちゃんと意識に届いていない。殆どは赤鬼の顔に夢中で、(たま)にサタンやクラウンを見ている者がいる。そのどれもが、顔や容姿に興奮しているだけで、音楽なんか一つも響いていない。

 なんだか厭になって来る。

 冷めた思いでベースを弾きながら、客席を何となし見渡していると、見たことのある顔があった。奥の方の柱の陰に半身を隠すようにして立っている女。あれは確か、花井みずほ、だったか。それも偽名らしいけど。なんだか怪しげな気配を纏って立っている。屹度またあの香水を付けているのだろう。そんな怪しげなモノを付けていて、自分は奇怪(おか)しくなったりしないのだろうか。慣れているのか耐性があるのか、あるいは最初からずっと譫妄状態なのか。如何でも好いか。――いやいや、如何でも好くないだろう。リーさん達に報告しなければ。

 そんなことを考えている所為(せい)か、何となく心此処に在らずでいつもよりも貧相な演奏をしていたのだが、ファンは余り気にしていない様だ。唯、メンバーには顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。

 「おゝいクラウン、お前今日変やぞ」

 ステージから()けて楽屋への道すがら、サタンに指摘された。

 「お前がヨタるから、凄い()りにくかったやんけ」

 「そうそう、俺もその所為で何度か噛んだわ」

 赤鬼迄が責めて来る。

 「あぁー、ご免、鳥渡集中切れてもて」

 「どないしたん。あ、ちなみに赤鬼が噛むのはいつものことやからな。クラウンの所為にすなよ」

 「なんでや、いつもより噛んだわ」

 「いつも噛んでること認めよったな」

 サタンが意地悪く笑った。何か矛先が変わった様なので、クラウンはほっとした。

 「わし鳥渡、ブルーエンペラーズの人達に云わなあかんことが……」

 「なんや、深刻な話か?」

 「いや、深刻……ではないか……いや深刻なのか?」

 「なんじゃそら。判然(はっきり)せい」

 「この前サタンにも話したろ、あの、香水女」

 「えっ!」赤鬼が過度に反応する。「お前あの女となんかあったん!?」

 「ちゃうわボケ!」クラウンが赤鬼のおでこを(はた)く。「客席に居ったんじゃ」

 「はあ? アイツまた来たん?」

 「せやから、リーさん達に報告せんな思って」

 「そら報告せなかんわ、行こ」

 「よぉ解らんけど、ついてこ」

 サタンは後から話を聞いただけなので、今一実感が伴っていないようだ。

 三人は楽屋に楽器を置くと、メイクも落とさず取り敢えずブルーエンペラーズの楽屋へと向かった。ブルーエンペラーズはメインのバンドなので、順番的には最後のトリを務める。その為未だ着替えも済んでおらず、メイクも半端な状態だった。

 「すんませーん、大阪レジスタンスですが」

 「おうクラっち、どないした」

 楽屋のドアを開けてくれたのはリーだった。この前の一件以来、リーとは何となく気心が知れている気がする。何しろ朝迄飲み明かした仲だ。奥にはジン、テツ、タローがメイクの最中である。

 「いきなり本題ですが、客席にあの女が来てます」

 「あの女?」

 「あの、詐欺師の香水女です」

 「なんやて!」

 奥に居るジンとテツも振り返る。タローだけは鼻歌交じりにメイクを続けている。

 「まだ()るかな?」

 「わしらが捌けるときには居てましたね」

 「新たな被害出る前に何とかしたいな……以前相談した刑事がおるんで、鳥渡連絡してみるわ。お前ら交代で好いから、どっか行かんよう見張っといてくれへん」

 「了解(わか)りました。――じゃあ取り敢えずわしが見とくから、お前ら着替えとかしとけや」

 三人が楽屋を退出しようとしたら、「おー、ちょい待ち」とジンが引き留めた。

 「お前らもカウントダウン出てくれるやろ?」

 「え、好いんすか?」赤鬼の顔がパッと華やぐ。

 「ったり前や。いつもオープニング頑張ってくれてるしな、感謝してんで」

 「ほなうちらの楽曲終わる頃に、袖にスタンバっといてくれや。大体十一時半位と思っといて」リーが補足する。

 「あざす!」

 三人で声を揃えて礼をすると、ウキウキしながら楽屋を出た。そしてクラウンは二人を楽屋へ帰し、独りステージの袖へと向かった。

 袖から客席を覗いてみると、先刻と同じ位置にその女はまだ立っていた。一寸(ちょっと)距離がある為か、頭の中は良く見えない。クラウンはスタッフ用の通路を通って客席の後方へと近付き、照明や音響の為のブースへ忍び込むと、スタッフ達の邪魔をしない様に忍び足で、女を見易い位置迄移動した。

 都合良く暗幕のカーテンが垂れており、その陰に隠れて可成(かなり)女に近付くことが出来た。ツンと鼻を突く匂い。香水の様だが、この前の匂いとは違うし、不穏な感じもない。まだ例の奴は付けていないのか。いざ詐欺に及ぼうと云う時迄付けないのかも知れない。矢張り自分にも影響があるのか、余計な所で影響が出ない様にしているのか。あるいは高価なので使い惜しみをしているのかも知れない。先刻ステージから見た時に感じた不穏な雰囲気は、彼女自身から染み出て来る性質の様なモノなのだろうか。

 頭の中を視てみた。認識の経路に異常や興奮などは見られない。五感から入力される情報は正しく脳に渡り、其処で正しく処理されている様に見える。ステージで演奏されている楽曲も、普通に音楽として認識されている。余り楽しんではいない様だが。時々腕時計を見たり、髪の毛を(いじく)ったりしている所を見ると、若干退屈しているのかも知れない。客としては最悪の部類だ。少しは楽しめば好いのに……と思っていたら、脳の反応が若干変わった。(やゝ)興奮度が上がった様に視える。

 「なんや?」

 クラウンは小さく呟き、思わず自分の口を押えるが、女の耳には入っていない様だ。先刻よりも楽曲に集中している様である。好いぞ、もっと聴き込め、もっと乗れ、もっとのめり込め。そう思う程に女の興奮度は高まって行き、足がリズムを刻み、肩が揺れて、眼が輝いてくる。クラウンはなんだか面白くなって来た。いっそジャンプしたら好いのに。そう思ったら飛び跳ね始めた。

 流石に吃驚した。

 いや、ちょっと、跳ねるなよ。そんな好い曲でもないやろ。そう思ったら急に女は興醒めした様になって、腕を組んで柱に凭れて仕舞った。

 「ええ、……なにこれ……どゆこと」

 口の中だけでクラウンは驚嘆の声を挙げた。()しかして自分の思い通りに感じているのだろうか。そんな馬鹿な。自分は神か? クラウンは混乱してその場から離れた。

 「()しそれが本統なら……」

 若しそれが本統なら、自分は大スターになれる。咄嗟(とっさ)にそう考え、直ぐに(かぶり)を振って否定した。それではあの女と同じだ。そんなことをしては不可(いけ)ない。

 その時ステージの袖に、メイクを落として素顔になった赤鬼の姿が見えた。目立たないように気遣いながら、客席の方をきょろきょろと窺っている。クラウンを探しているのだろうか。女を探しているのだろうか。わしは此処やぞ、と思ったらこっちを見た。目が合ったので、手振りで合図をすると赤鬼は引っ込み、暫くして照明ブースへと遣って来た。

 「此処に居ったんか」

 クラウンは人差し指を口に当て、静かにとサインを送る。照明と音響のスタッフがこちらを見ている。二人はスタッフ達に対してぺこりと頭を下げると、暗幕の陰迄静かに移動した。

 「よう見付けたな」

 赤鬼だけに聞こえる小さな声で、クラウンは云った。

 「偶々(たまたま)や。俺もよう見付けたと思うわ」

 赤鬼も負けじと小さな声で答える。

 「直ぐ其処や」

 クラウンはそちらを見ずに手だけで女を示した。赤鬼は首を動かさず眼だけで確認する。

 「取り敢えずわしは楽屋へ戻る。見張り宜しくな」

 「おう」

 立ち去る間際、クラウンは鳥渡した仕掛けを女にした。それが如何効いて来るかの確信は無かったが。

 楽屋に戻ると素顔のサタンが中途半端に衣装を脱いで、もこもこのダウンジャケットを羽織っていた。なんだか非常にアンバランスな格好である。未だカウントダウン迄は相当間があるので、肌が疲弊しないようにメイクは落とすのが当然だろう。どの途今からキメたところで本番時には崩れて仕舞う。衣装にしてもごてごてした装飾の類は肩が凝るので、外しておく方が楽だ。かと云ってインナー迄替えることは無いので、その上から私服を羽織ると、当然このようなみっともない姿になる。まあ楽屋から出なければ問題ないだろう。みっともないサタン町上は、背中を丸めて缶コーヒーを飲んでいる。

 「よぉう、どんな感じ?」

 「特に動きはないな。凝とステージ見てるよ。品定めしてるんかな。今は赤鬼が見張ってるわ」

 「そか。――ちなみにそいつが行動起こしたらどないすんの?」

 「何とか足止めしたいところやけど、うちら面が割れてるしなぁ。面倒なことになりそうやから動かんで欲しいわ」

 「わいは割れてへんぞ」

 「ちゃんとリサーチしてるなら、お前がうちらの身内だってことぐらい知れてるやろ。なら当然話も通ってると思うやろな」

 「そうかぁ、わいなんも関わらんうちからマークされてるんか。心外やなぁ」

 「気に入られるよりえゝやんけ」

 「お前らは色々ごちゃごちゃと体験したから面白(おもろ)かったやろ。わいなんも経験してへんのや。詰まらんやんけ」

 「おまえなぁ……」

 そんなことを話しながら、クラウンはすっかりメイクを洗い落としていた。衣装も元々軽装だったし、チェーンやら(なん)やらは最初に楽屋にベースを置いた際に一緒に外していたので、着替えると云う程のこともなく、上から薄手のダウンジャケットを羽織り、更に革ジャンを重ね着した。

 「そんな着込んで暑ないの?」

 「ダウンも革ジャンもピンでは寒いねん。重ねて丁度ぐらいやわ」

 「さよか」

 クラウンは一旦楽屋を出て、廊下にある自販機で温かいミルクティーを買うと、楽屋へ戻った。

 「ほなそろそろ交代に行って来るわ」

 「赤鬼、照明ブースの奥でカーテンに(くる)まってるわ」

 「なんそれ。まあえゝわ、了解(わか)った」

 クラウンと入れ替わりにサタンがみっともない恰好の儘出て行って、暫くして赤鬼が戻って来た。

 「変な女、変な女!」

 開口一番赤鬼がそう喚いた。

 「なんやなんや、何があった」

 「なんもないわ。ないけどあいつ、頭がアレなんちゃう?」

 「なにやねん」

 クラウンは鳥渡だけ心当たりが無いことも()かったが、()(とぼ)けておいた。

 「いやあ、変な奴やでぇ。何か壊れた人形みたいでな。最初興味無さそうに見えてゝんけど、なんや少しずつ曲に乗って来て、そんな大層な曲かいや思って見てると、どんどんノリノリで肩なんか揺らしたりして、急にジャンプしたかと思ったら、その後いきなりスンってしちゃって。柱に寄り掛かって退屈そうにすんの。でまた暫くしたらノリノリになって来て――って繰り返し。奇怪しいのは、曲に合ってないっちゅうか、曲が終わってもお構いなしにノリノリやし。イヤホンでもして違う曲聴いてんのかとも思ったけどそうでもない様やし、なんなんあれ。お前見てた時からそんなんやった?」

 クラウンは可笑(おか)しくってついつい顔が緩んで仕舞った。全く想定していた通りのことになっている。クラウンは彼女の知覚パターンをループさせて、エンドレスに同じ感情が巡る様にしてみたのだ。ほんの遊び心で、そんなんなったら面白いのになと思ってしただけで、そこ迄意図通りに効いてくれるなんて思っていなかった。自分のこの能力が何なのかさっぱり理解は出来ていないが、少しずつ使い(こな)せる様になって来ている。余り判然とした自覚はないが、クラウンは着実にその能力の方向性を見極めつゝあるのだ。

 「あぁ、まあなぁ、そんなやったわ、確かに」

 懸命に笑いを堪えながら、やっとそれだけ答えた。

 このループが効いている限り、あの女は恐らくあの場所から動かないだろうし、悪さも出来ないだろう。これがいつ迄効いてくれるものかは判らないが、取り敢えず懸念の一つは回避、或いは時間稼ぎ出来たことになる。

 その後は赤鬼と下らない雑談などしながら、只管(ひたすら)に時間を潰した。好いだけ楽屋で過ごして、(さて)そろそろ交代の時間かなと思い、腰を浮かし掛けたところへ、リーが入って来た。

 「刑事来たで。お前らも来いや」

 二人は取る物も取り敢えず、リーに続いて客席へと向かった。刑事はエントランスを入って来たところだった。女はエントランスからは死角になっている辺りで、相変らずルーチンを繰り返している。この儘だと色々面倒臭そうなので、クラウンは知覚のループを解除して遣った。女は急に感情を閉ざして、静かになる。

 刑事とリーが何やらコソコソと話してから、二人でクラウンを見た。

 「どこに()る?」

 リーが()くので、クラウンは顎で示した。

 「おゝ、お前のアゴ判り易いわ」

 そんな悪態を突きながら、リーは刑事に女を指し示し、それに従って刑事は女に近付いて行った。

 「すみません、私のこと覚えてますか? 朝顔姫」

 刑事が手帳を示しながら女に声を掛けた途端、女は発条(ばね)仕掛けの様に勢いよく跳ね上がり、刑事を押し退()けて逃げようとした。

 「そうはイカの……」

 刑事の癖に何か下品なことを云い掛けて、然し最後迄云う前に女を組み伏せた。

 「えゝと、被害届け出てますね。任意同行願えますか」

 組み伏せておいて任意同行も無いもんだと思う。

 「ふっざけんな! 未だなんもしてへんわ!」

 「『未だ』とは聞き捨てならへんなぁ。何かする心算(つもり)やったん?」

 「『する心算』では立件でけへんやろ!」

 「被害届が出ている以上、何かされたんか思いますけどなぁ」

 「あたしやない!」

 「その辺りは署で確認を」

 手錠を掛けないのは任意同行しか出来ないからなのか。その割には相変わらず組み伏せた儘なのだが、こう云うのは問題になったりしないのだろうか。他人(ひと)事ながら気になって仕舞う。それにしても一番気になったのは――

 「朝顔姫?」

 クラウンが問うと、リーの隣に控えていたもう一人の若い刑事が説明してくれた。

 「朝顔姫、またはプリンセス・トランペット。朝鮮朝顔を精製した毒で香水作って、それを武器に洗脳する(たち)の悪い詐欺師です。逮捕歴、服役歴もようさんあります。朝鮮朝顔、英語ではダチュラ、別名エンジェルストランペットとか、気違いなすびとも云いますな。結構ありふれた植物で、野生のものも在ったりする位なんで、比較的簡単に入手出来ますね。栽培しても違法性はないです。唯そこから狙った成分を精製するのには、知識や技術が居ると思いますが」

 「ひえぇ、そんな怖い女やったんか」

 赤鬼が己の両肩を抱き締めて、ぶるっと震えた。

 「過去の被害者の中には、精神に変調(きた)してその儘帰って来なくなっちゃった人もいます。最近はそこ迄非道い被害者は出ていないですが。分量とか少しずつ調整してるんでしょうね」

 「こえぇ」

 照明ブースのカーテンの陰から、サタンがこちら側へ出て来た。刑事に組み伏せられた女を気にしながら、少し距離を取りつゝ大きく回り込んで、こちらへ向かってくる。

 「おゝ、サタン、こっちやこっち!」

 「なんや変な女やったわぁ」

 「それはもうえゝねん。捕まえてもうて、(しま)いや」

 いつの間にか一部の客達も、捕り物騒動に気付いて周りをパラパラと取り囲んでいる。

 刑事に組み伏せられた女は相変わらずじたばたと暴れている。好い加減何とか大人しく出来ないかなとクラウンが目を遣った時、女が手近にあったケーブルにしがみ付いて、ぐっと引いた。

 「あぶっ!」

 ケーブルの先には人の背丈程のスタンドスピーカーがあり、それがぐらりと揺れた。重さにすれば数十キロはあるだろう。

 「おわっ!」

 丁度その脇を、こちらへ向かっていたサタンが通り掛かったところだった。サタンはピンと張ったケーブルに脚を取られて体勢を崩しながら、倒れ掛けて来る重量物から自身を(かば)う様に腕を出す。スピーカーは其処へ真っ直ぐに倒れ込んで来た。

 「サタン!」

 皆一斉に駆け寄ろうとするが、倒れる方が早く、サタンはスピーカーに薙ぎ倒される様にして、床に沈んだ。

 「んがぁああ!」

 サタンの絶叫が響く。

 舞台上のバンドも流石に気付いて演奏を止めた。

 観客達も一斉に振り向く。

 「過失傷害、現行犯」

 遂に刑事が女に手錠を掛けた。

 女は自分のしたことの想定外の結果に、呆然としている。

 「サタン! 無事か!」

 クラウンとリーが二人掛かりでスピーカーを持ち上げ、赤鬼がサタンを引きずり出す。

 「腕やられた! チクショウ!」

 サタンが絶叫する。右腕が真っ赤に腫れ上がり、奇怪しな方向に曲がっている。

 「うぉお、マジか! どないしょ!」

 赤鬼が狼狽えている。如何したら好い。救急車か。

 「救急車!」

 クラウンが云うより先に、若い方の刑事が既に掛けていた。

 「お願いします! 場所は……」

 クラウンは悔しさを滲ませながら、「リーさん、すんません。俺らカウントダウン辞退します……」と云うと、サタンの(そば)に屈みこんだ。

 「あほか、辞退すんな、折角のチャンスが」

 苦痛に顔を歪めながらもサタンは気丈に振る舞おうとする。

 「無茶云いな。お前のそんな腕でどうせいちゅうねん!」

 「お前ら二人で出とけ! どうせバンド入り乱れてのお祭りや、俺おらんでも成り立つやろ」

 「そんなん心情的に無理じゃ!」赤鬼が吼える。

 「病院付き添うし」クラウンも抑えたトーンで云い添える。

 「付き添いなんかいらん! っつつ……」無理に立ち上がろうとして、サタンは苦痛に顔を歪めた。腕以外にもどこか痛めているのかも知れない。

 クラウンは迷っていた。自分なら、痛覚を誤魔化してやることが出来るかも知れない。多分確実に出来るだろう。然しそれをしたら、サタンは病院に行かずにカウントダウンに参加すると云い出し兼ねない。クラウンは知覚を誤魔化すだけであって骨折を治せる訳ではない。そんな誤魔化しが原因で治療が遅れて、より非道い結果になって仕舞っては本末転倒である。痛みは必要な知覚なのだ。

 「えゝから。わしら一蓮托生じゃ。お前が欠けた状態でステージなんか立てるか」

 救急車が着くとサタンがストレッチャーで運ばれ、クラウンが付き添いで同乗した。付き添いは一人しか認められない為、赤鬼は取り残されて仕舞った。リーが赤鬼の肩をポンと叩く。

 「赤っち、タクシー呼んだるから乗ってけ。クラっち、どこの病院行くか後でメールして」

 「はい」

 クラウンが答えると同時に救急車のドアが閉まり、サイレンと共に出発した。

 「クラウン……俺の腕治るかな」

 救急車に乗った途端、サタンが弱気なことを云う。

 「あほか、治せ、意地でも治せ。休み長引くと腕(なま)るぞ」

 「そやな……」

 サタンはそれだけ云うと眼を閉じて、苦痛に顔を歪めた。

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