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アウェイクニング(自覚のない救済)

忠国警備シリーズサイドストーリー。クラウンの話。


自サイトでも公開しています。

http://gambler.m78.com/hikaru/sakuhin/dream-dream.html

 鉄道を乗り継いでテツの自宅へと向かう。大阪市内から出て東大阪市へ入ると、近畿大学の近くで電車を降りた。テツはブルーエンペラーズのドラムを担当しているメンバーで、親の稼ぎが良いのかそこそこの住居に一人で住んで居た。

 「ボンボンやろ? 普通こんな家独りで住まんわい」

 リーが評する通り、其処(そこ)は一家族が不自由なく住めそうな普通の一戸建てで、築年数こそ経っているものの手入れは確り行き届いていて、(とて)もインディーズのバンドマンが独りで住んで居るとは思えない。

 「まあ、厳密には独りではない様やけどな」

 ジンが軽く訂正すると、リーが物凄い勢いで振り向いた。

 「あれ、リー知らんかった? アイツ内縁おるやんか」

 「はぁ? マジか、聞いてへん!」

 「そうか、ゆうてへんかったかなぁ……」

 如何やら女と二人住まいの様だ。内縁と云われる位なのだから、それなりに長いのだろう。

 「ま、外からテツの家眺めてたってしゃあないから、取り敢えず上がらせてもらおか」

 ジンが呼び鈴を押すと、中から「はーい」と女性の声がした。

 「うわうわ、ほんまに居った。怖い怖い」

 リーがお道化た口調で、怯えた振りをしている。

 玄関のドアが開くと、スッピンだが身綺麗にした大人しそうな女性が顔を出した。

 「ジンさんと、リーさんどすな。ええと、そちらはんは……」

 「赤鬼です!」

 「クラウンです!」

 「あら、ハイカラなお名前。どうぞ、お入りやす」

 彼女は上品にそう云うと、四人を家に上げた。

 ハイカラな名前だなんて、クラウンは初めて云われた。ハイカラなんやろか。ハイカラってなんやっけ。赤鬼もハイカラやろか。自分だけが云われた?

 クラウンは愚にも付かないことをぐるぐる考えながら、案内される儘リビングへと通った。其処には五人のバンドマンが、ステージ衣装を解きもせず床に乱雑に座っていた。一見して目付きが奇怪(おか)しかった。

 「やっと来たか。遅いわ」

 振り返ると、五人と対峙するようにしてテツがソファに構えていた。

 「テツさんや」

 「おう――え、何が?」

 赤鬼が見たまんま言葉にするので、テツは少し戸惑いを見せた。

 「あ、いや、すんません。ちょっと感動して……」

 赤鬼の気持ちも判らないでもない。ブルーエンペラーズの中でも、テツは最もメジャーデビューに近いと噂されている。()わば下っ端バンドマンから見れば神様の様な存在なのだ。ライブ会場で何度も見掛けているのに今更感動もないもんだとも思うが、素のテツを彼自身の自宅で見ると云うのは矢張り、多少の特別感がある気もする。

 「まあなんか解らんけど、取り敢えず座りや」

 テツに促されて、銘々に空いている所へ座った。被害に遭った五人を取り囲むように、ジン、赤鬼、クラウンが適当な間隔を空けてソファに座り、リーは独り、何故か食卓の椅子に座って、二本目のワンカップを飲み始めた。

 「さて、二人は此奴(こいつ)等知ってるか?」

 赤鬼とクラウンは、改めて床の五人を見る。

 「ジャンピングフォックスの二人と、なにわ<ruby>死泥戻<rp>(</rp><rt>し 

どろもど</rt><rp>)</rp></ruby>ろの三人ですやろか」

 赤鬼はそう云うが、クラウンには誰が誰やらさっぱり判らない。基本的に他のバンドに興味が無いのだ。

 「赤っち正解」食卓からリーの声が飛んで来た。「云い分聞いてみて」

  云い分と云う程の理性が彼らにある様には見えなかったが、リーの一言で五人は一斉に話し出した。

 「プロデビューするんです! 邪魔しんといて!」

 「金が、金が要るんやて!」

 「俺らにもようやく陽の目が!」

 「解ってくれる人はちゃんといてたんや!」

 「みずほさん好き!」

 なんか一人変なこと云ってるが、状態的には皆同様に、催眠状態と云うか、洗脳状態と云うか。

 「事務所に金入れなアカンので、解放してください!」

 「もうすぐ俺らもプロやねん! あんたらより先行くから!」

 「いい曲書くってゆうてくれてんて!」

 「はよ、はよ行かな! 金借りに行かな!」

 「みずほさん愛してる!」

 クラウンは五人を凝と見た。視える。此奴等に纏わり付く不穏なモノが見える。白い霧の様な物が五人それぞれの頭の周りをモヤモヤと覆っており、彼らの知覚を混乱させているのが判る。目から入った映像、耳から入った音声、肌の感覚等、五感が脳へと到達する前にそのモヤモヤに捕まり、歪められたり掏り替えられたりしているのが判る。更にはモヤモヤから偽の情報が脳へと伝わり、記憶や感情が意図的に操作されているのも判る。――判る判るって、一体全体如何云うことや。クラウンは自分が何を視ているのか理解出来ない。いや、視ている物自体理解は出来ているのだ。理解出来ているこの状況が理解出来ない。

 暫く凝とそのモヤモヤを見ていると、如何やらそれが自分の意思を反映するかの様な動きをすることに気付いた。クラウンがそのモヤモヤとした何かを、彼らから引き剥がす様にイメージすると、その通りにそれらは剥がれて行き、そして消えて行った。後にはぽかんとした表情の五人が残った。

 「あ……あれ?」

 「テツさんや……」

 「ここどこですか?」

 「えっ、今何時です?」

 「み……ずほさん? て、誰やっけ?」

 テツもジンも唖然としている。赤鬼は何が起きたのか判らずおろおろしている。そしてリーは、凝とクラウンを見詰めていた。

 何が起こったのか理解出来ていないのは、クラウンも同じだった。

 「クラっち、お前大したもんやわ」

 リーが感心した様に云う。

 「心理学かなんか専攻してたん?」

 「いや、わし……工業高校からの専門学校なんで……旋盤とか使うのがちょっと人より上手いだけですわ」

 「ほぅか? でもお前、此奴等の洗脳解いたやん」

 「いや、でも……特に何も……」

 「見てたで、お前一人一人と眼を合わせてから、すっと視線()らせて。そしたらそいつらの憑き物落ちたみたいなって」

 「えゝ……やっぱりそうなんスかね」

 「なんや、催眠療法とか、そんな奴なんちゃうん?」

 「いや()く判らんのですわ」

 「そんなん天然で出来る奴おるか?」

 「ゆわれても……」

 他の者達は二人の遣り取りを唯ぽかんと見ているよりなかった。口を差し挟む隙が判らないのだ。

 「まあえゝわ」

 リーはそう云って椅子から立ち上がった。

 「なんしかこれで取り敢えずは解決や。お前ら、二度とあの女に近付きなや」

 一気に五人が色めき立つ。

 「いやちょっと待ってくださいよ、なんなんすか?」

 「説明してください、説明!」

 「そもそもこのアゴ介、誰なん!?」

 「わしら何で此処に集められてるんですか!」

 「みずほって誰! あの女って何! この胸の虚しさは恋!?」

 「なぁー、もぉ、めんどくさい! ジン! 説明したって! リーダーやから!」

 ジンは凄く嫌な顔をした。

 「ええー、そんな時ばかりリーダーって……」

 ジンが狼狽(うろた)えていたら、テツの女房が紅茶のセットを持って台所から出て来た。

 「あらあら、皆さんどないされはったん? お紅茶でも飲んで落ち着きよし」

 この人が出て来ると如何も調子が狂う。(いき)り立っていた五人も自然と正座などして、(うやうや)しくお紅茶のカップを押し頂いている。

 「ハーブティーどすけどなぁ、お口に合いますやろか」

 「おっ、美味しいです!」

 「自分は大好きな味です!」

 「気持ちがすっとなります!」

 「口の中、さわやかの塊です!」

 「奥さん! 毎日飲みたいです!」

 「あら」彼女は鳥渡驚いて眼を(みは)ると、(かす)かにテツへ視線を飛ばした(のち)、おほほと上品に笑いながら台所へと消えて行った。

 テツが最後のアホを睨んでいた。

 「お前調子乗んなや。余計なこと云いなボケ」

 稍凄みを利かせた云い方だったので、その場に居た全員が凍り付いた。

 「スッ……すびばしぇん……」

 手にしたカップをカタカタと震わせながら、叱られたアホは体ごとテツから視線を逸らせた。

 紅茶を飲み終えると、クラウンは立ち上がった。

 「ごちそうさまでした。もうわしら、居てゝも余り意味ないんで、帰ります」

 赤鬼も慌てゝ紅茶を飲み干して、立ち上がった。

 「役に立ったんか何なんか解らんですけど、取り敢えず解決してよかったです!」

 「おおそうか。気ぃ付けてな」

 テツがそう云うと、リーも紅茶カップを食卓に置いて、「わしがこいつら送ってくわ。ジンは説明よろしゅうに、な」

 ジンは再び渋い顔をした。

 三人でテツ宅を出ると、リーは大きく伸びをした。

 「いやぁ、大儀やったな」

 「俺なんもしてへん」

 赤鬼が不満そうに呟く。

 「えゝねん、来ただけでも。賑やかしや」

 リーは煙草に火を点けて、深く吸った。

 「せやろか」

 「ほんでもあの奥さん、ちょっと怖かったな」

 「綺麗な方でしたやん、京ことばで」

 「京都の女は怖いで。そんなんと上手く遣れてるテツは大したもんや」

 「リーさん京女と何か、過去にありましたん?」

 「まあな、今度聞かしたるわ」

 赤鬼とリーが雑談に興じている間、クラウンは自分のしたことを反芻(はんすう)していた。然し何度思い返しても、よく判らなかった。

 「わし、どないかなってもぅたんやろか」

 「何ゆうてんねん! 呑み直すど!」

 「ええ、これから?」

 「赤っちの冷蔵庫に未だ酒あるやろ」

 「うちですかい!」

 結局三人で赤鬼の家に戻って、朝迄呑む羽目になった。

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