ディスカッション(何が起きているのか)
忠国警備シリーズサイドストーリー。クラウンの話。
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二人は赤鬼の部屋で、座卓の上に置かれた赤鬼のスマートフォンに向かって正座をした儘、凝と無言で固まっていた。つい今しがたリーから電話があり、此処へ向かって来ると云われたのだ。而もブルーエンペラーズのリーダーも連れて来ると云う。直ぐに部屋の片づけでもす可きなのであるが、緊張の方が勝って仕舞って二人共身動き出来ずに固まって仕舞っているのだ。
「……な、なぁ?」
固まった儘クラウンが声を絞り出す。
「ナンやねん……イッ、今……考えとルねん」
赤鬼が裏返った声で答える。
「部屋……きたない……」
赤鬼がカッと目を見開く。
「おっ、おまおままえ、なんでハヨ云わんねん! こんなとこ呼べるかっ!!」
云い終わらぬ内に赤鬼はぴょんと立ち上がり、勢い余って足を滑らせて、壁にしこたま後頭部を打ち付けた。
「いっ!」
「おいおいおい、だんないか? ――だいじょぶか?」
「滋賀弁判らんー」
「せやから、大事無いかと」
「イッタいわい……」
そんな最悪のタイミングで、呼び鈴が鳴った。部屋の片付けは諦めて、二人でドタバタと玄関迄迎えに出る。
「はいっ! ハイハイはいー!」
「リーや」
「今、イマ開けます!」
玄関を開けると、リーと、リーダーのジンが立っていた。リーは咥えていた煙草を携帯灰皿で揉み消すと、ズボンのポケットへ仕舞った。
「汚い所ですが!」
リーはひょいと部屋の中を窺い、「なんや、うちより綺麗や」と云って靴を脱いだ。
「俺らリーとタローの部屋見てるからな、大体どんな部屋も綺麗や」
タローは、ブルーエンペラーズのベースだ。
「いやいや、わしとタロー一緒にせんといてぇな」
「どっこいどっこいや」
リーとジンが気さくに話しながら上がって来るので、二人の緊張も若干解れた。
「てっ、適当に座ってください、お、おちゃ、お茶出しますので」
「あー、お構いなく。つか酒持って来たわ」
リーがコンビニ袋を高々と掲げた。
「好きなもん取り。余りは冷蔵庫入れさして」
「いただきます!」
赤鬼が発泡酒、クラウンが酎ハイの缶を取り、リーはワンカップを手にした。ジンは自分の荷物からジョニーウォーカー黒ラベルの二百竓ボトルを取り出して、「コップと氷ある?」と赤鬼に訊いた。
「なんやジン、またそれか。名前スコッチに改名せいよ」
リーがジンを揶揄うように云う。赤鬼達にとっては畏れ多いことである。
赤鬼が余った酒を冷蔵庫に仕舞いがてら、コップに氷を入れてジンに手渡した。
「サンキュー! 俺はこれやないとアカンねん」
「気取り屋さんやねん」
「まあえゝやん」
二人には口など差し挟めないので、酒の栓も開けずに卓の上に乗せた儘、気を付けの姿勢で凝と待っている。
「二人困ってるやん。取り敢えず座ろか」
ジンの言葉でリーとジンが着座し、漸く赤鬼達も座ることが出来た。
「なあ、もっ回あの名刺見せてや」
リーが赤鬼に云うと、赤鬼は即座に尻のポケットから名刺を取り出した。心做し汗で湿気ってしんなりしている。その湿気た名刺をリーは鼻先迄持って行って、クンクンと嗅いだ。
「うゝん、やっぱりそうやな。なんやら赤鬼のケツの匂いも付いてるような気ぃするが、例の匂いも確り染み付いた儘や」
リーが名刺をジンに渡すと、ジンも臭いを確認し、「間違いない。アイツや」と首肯いた。
「まずはお前ら、よぉやった」
「あっ、有難うございます!」
「この――なんや、花井? とかゆう女な、毎度名前も会社名も変えてあちこちのライブハウス荒らしてんねん。――そやなぁ、最初に見たんは、三年ばかり前ンなるか?」
「俺らが卒業した年やから、そうやな」
「そうそう、最初はタローが引っ掛かりよってん」
「えゝっ、金取られたんですか!?」
「取られる金が無ぉて、道踏み外す前にうちらが気付いて何とかなったわ」
リーがわははと笑った。笑い事ではない気がするが、彼らにとっては既に過去の笑い話なのだろう。
「タローは頭弱いからな、金無かったらどうすれば好いか全く思いつかず、ジンに泣き付いたんや。アホを嵌めたのがあの女の敗因やな。後から聞いたら、女に街金やら闇金やら連れて行かれ掛けてたみたいやねんけど、あいつアホやからなんか勘違いして、無理矢理ホテル連れ込もうとして女にボコられよって逃げられて、そんで有耶無耶ンなってたらしいねん」
「はぁ……え、ええー……」
「引くやろ?」
そしてリーは、またケタケタと笑った。
「この匂いな」ジンが名刺をひらひらさせながら話を継ぐ。「あいつの常套手段やねん。何の匂いか判るか?」
赤鬼が首を横に振る。クラウンは、「それ……なんかヤバい奴です」と云う。
「クラっちお前、勘がえゝな。これな、麻薬の一種やねんて。匂いで幻惑させる奴らしいわ」
「マジすか」
「なんや、気違いカボチャだか」
「なすびな」
「そや、リーありがと、気違いなすびとかゆうヤツを、如何斯うして、香水仕立てにしたもんなんやて。この匂いで譫妄状態にすると、暗示に掛け易ぅなるらしいねん」
「せんもう……?」
「あー……どう云うたらえゝのかな」
「なんかぽわーんと、せんかったか?」リーが説明を引き継ぐ。
「なりました、なりました。気持ちよぉなりました」
「そんで、考える力とか意欲とかなくならへんかったか?」
「うーん、そう云われゝばそうかも知れんです」
「わしは唯々不快やったんと、鳥渡意識が飛び掛けてました。とにかく『ヤバイ』と感じました」
「ほうか、クラっちはなんか耐性でもあんのかな。大抵あの匂いで遣られて云い成りになるねんけどな。とにかく赤っちがなったんが、譫妄状態や、恐らくな」
「恐らくっすか」
「そらそや、わしはその場に居らんかったし、居ったところでワシは赤っちではないねんから、恐らく、でしかないわ」
「でも屹度、そうや思います」クラウンはその時のことを思い出しながら云い添えた。
「クラっちが云うなら、そうなんかな」
リーは信用してくれている様だが、クラウンは稍戸惑っていた。何を根拠に今自分は断言したのか、己の判断がよく理解出来ない。然しその結論自体に疑問はない。何しろ「視た」のだから。――未だにこの「視た」と云う感覚が、自分の中で決着していない。
「ほんでこっから本題やねん。お前らは逃げて助かった訳やけどな、調べたところ助からんかったヤツが何人かおるねん」
「えっ、あの女、他の楽屋にも行ったですか?」
「そら行くやろな。お前ら嵌めそこなっただけで大人しく帰るかいや」
「そんで、そいつらは」
「既に手持ちからなんぼか出してもうた奴もおるねんけどな、まあ殆どは今のところ被害なしや。出した奴も数千とか、精々諭吉さん一人程度や」
諭吉さん一人、即ち一万円か。
「んで今、テツんところで足止めしてんねん」
「タローの所は無理やもんな」そう云ってジンとリーは笑った。
「足止めって、ほっといたら金策に走ってまうんですか?」クラウンが心配そうに尋ねると、リーは大きく頷いた。
「なんやもぉ、目の色が違うっちゅうの? 自分はデビューすんねん、金渡さなかんねんって、そればっかりゆうてゝな。ほっとかれへんやん」
「非道い……」
「お前ら同じ体験者としてな、何とか説得でけへんかな思て」
「いやぁ、それは如何なんでしょ……俺ら結局術に堕ちんかった訳ですし、話通じるかな……」
赤鬼がグズグズ云っている途中で、クラウンは立ち上がった。
「行きましょ。話してみます」
相変らずクラウンは自分の自信の出所が判らない。判らないが、放っても置けず、また何とか出来そうな気もしている。考えても詮方ないので、兎に角行動しようと思っていた。
「来てくれるか。ありがとうな。ほな」
リーとジンも立ち上がった。赤鬼も成り行き上、立ち上がるしかなかった。
「あ、酒」
「飲んでまえ!」
クラウンと赤鬼は、缶に残った酒を一気に呷った。