これからの関係
故郷の村に戻ったモニカとサーシャは、一年ほど怠ってしまった村中の手入れ、村周辺の見回り、そして修繕を始める
誰も住んでいない家を一年も放置してしまえば、その老朽化はかなりの速度で進行してしまい、繁茂した草木に支えられるように維持されていた。
生活道は見る影もなく雑草に覆われ、家の位置から割り出して整える。
もともと使っていなかった畑は、見苦しくない程度には耕す。
それでも、もう修繕のしようがないほどに傷みが進んでしまった家は、仕方がないので倒壊する前に解体する。
少しずつ減っていく家に、村はどんどん寂しくなっていくものの、こればかりは抗う事の出来ない現実で、いずれはすべてが森に飲まれてしまうだろう。
それでも、可能な限りはこの村を守り続ける。
そんな思いを胸に、モニカとサーシャは何日も村の手入れを続けた。
村に帰って来てから一週間ほどが経過した。
優先して手入れをした教会とルーウェンの実家は、寝食ができる域まで整った。
後は教会とルーウェンの実家を繋ぐ道、村近くを流れる川までの道を整備し、生活基盤を確保していく。
それができれば、その他の家の修繕や解体、道の整備を行う。
作業を進めながら、次の作業についても考えていく。
「ふぅ……」
キリのいい所で、少し休憩に入る。
人並み以上の体力を自負していても、無尽蔵ではない。
適度に体を休めなければ、疲れは溜まる一方だ。
「お疲れ様、モニカ」
「えぇ、サーシャもお疲れ様」
モニカが自然と返した言葉に、サーシャは嬉しそうに笑う。
笑顔のまま、倒木に腰を下ろすモニカの横に座る。
陽射しが少し強いものの、吹き付けてくる風が火照った体を冷ましてくれる。
会話がなくとも、こうして二人で静かな時間を過ごすのが心地よかった。
モニカも同じ気持ちだろうかと横を見上げれば、少し物憂げな表情が映る。
サーシャは何となくその理由を察してしまう。
「エステルちゃんとおじいちゃんのこと、考えてる?」
「……やっぱり分かる?」
「分かるよぉ」
むしろ気付かれないとでも思っていたのかと、サーシャはけらけらと笑う。
その反応に、モニカは不満げに少しだけ口を尖らせた。
モニカは感情を表に出さないだけで、無感情な訳ではない。
人並みの喜怒哀楽を備え、他者の感情の機微にも聡い。
逆に自身の変化や感情には鈍く、それで一度取り返しのつかない事態に陥りそうになり、あの穏やかなオリビアに強く叱責されたこともある。
そのオリビアもモニカの思索がエステルとウィルの事だと気づいてはいたが、サーシャはそれ以上に深いところまで、モニカの思考を汲み取っている。
モニカが苦慮しているのは、拗れているであろうエステルとの関係性ではない。
エステルに遠からず訪れる耐え難い苦痛な未来。
「サーシャ。普通の人族が何年くらい生きられるか、分かる?」
「八十年くらい。百年も生きれば大往生だよね」
モニカの問いかけに、サーシャは淀みなく答える。
次の質問すらも予想は出来ている。
「じゃあウィルは何歳くらい?」
「九十歳以上だと思う」
あの老齢になると、見た目から正確に年齢を推し量るのは難しい。
刻まれた皺の深さ、皮膚の張り、目の白濁具合などから判断するしかない。
エステルを抱き上げられる膂力はあるものの、そこを考慮した上での判断。
サーシャの答えに、モニカも静かに頷く。
つまるところ、もうウィルには時間が残されていない。
どんなに長く見積もっても、あと三年が健康でいられる限界だろう。
比べてエステルは魔族。
定かではないが、何百年という時を生きる存在。
そしてエステルにとってウィルは、この人族の領域で生きるための支えであり、彼女にとっての居場所であり、帰る場所。
しかし、エステルがどれだけウィルを大切に思おうと、時間が彼を奪う。
別れの時、彼女がどうするのか。
「心配?」
モニカの顔を覗き込むサーシャも、どこか落ち着かない表情を浮かべている。
「……そうだね。別れは……つらいから」
やはりこれは同情なのだろう。
かつてルーウェンを失った時に抱いた絶望。
特殊な環境にあるエステルには、あまりにも重い未来。
そこに考えが至った瞬間から、モニカの思考は先に進めなくなった。
過去の自分と、未来のエステルが重なり、頭が真っ白になる。
「そうだよね……」
同じ思いを共有するサーシャは、静かに同意する。
しかし、たとえ同じ思いを共有していたとしても、サーシャとモニカは違う。
考え方も、前への進み方も。
――暗い顔なんて、お父さんは喜ばない。
どんなにつらくても、大好きな養父を悲しませたくない。
「じゃあ、私たちが一緒にいてあげようよ」
サーシャはすくっと立ち上がり、モニカに提案を投げる。
突然のサーシャの言葉に、モニカは疑問符を浮かべた。
構わずサーシャは続ける。
「大切な人がいなくなった時のつらさは私たちだって知ってる。
だから寄り添うの!」
ルーウェンが死んだ時、モニカとオリビアがずっと近くにいてくれた。
三人一緒に居ることで養父の死のつらさを乗り越えることができた。
「…………」
人と人が関わり、支え合うことの大切さは、モニカも理解している。
「私たちもエステルちゃんと一緒、いつまで生きられるか分からない。
同じような境遇なんだし、支え合えばいいんだよ」
破顔一笑のサーシャに、迷いは感じられない。
この提案が最良のものであると信じている。
「……あの子が、それを望むか?」
こればかりは、モニカたちだけで判断は出来ない。
ウィルの死に直面したとしても、エステルがモニカたちと共にある事を望まなければ、支えることもできない。
第一、現状でエステルにどう認識されているのか。
出会いも、再会も、全てが敵対する間柄だった。
「これから仲良くなっていけば大丈夫だよ」
どこまでも前向きで笑顔を絶やさないサーシャ。
そんなサーシャに、モニカは自嘲気味に笑う。
「私……、結構警戒されているんだけどね」
その言葉に、サーシャは笑顔のまま固まった。
――そういえば、そうだった。
そんな言葉が聞こえてきそうな程、はっきりと分かる静止。
「……それは、まぁ……えっと……、うん、どうにかしよう!」
具体的な策はないが、それでも後ろは向かないサーシャ。
――そっか、そうだな、それがいい。
そんなサーシャに釣られるように、モニカも前を向く。
『腰を据えて、ゆっくり。しっかりと話し合いなさい』
国王アレクシスにも言ったばかりだ。
拗れてしまっているとはいえ、話し合いすらできないわけではない。
ここから少しずつ、関係を修復していけばいい。
――本当に、サーシャにも助けられてばかり。
決して挫けることのない愛娘に、モニカは静かに笑みを浮かべた。




