里帰り
国王アレクシスたちとの会食の後、モニカたちは王城に用意されている私室でゆっくりと戦いの疲れを癒した。
戦いの疲れより、第二王子への対応や国王、宰相、近衛騎士団長への説教の方が心の負荷が大きかったように思えるほど、会食の後は三人とも熟睡した。
一番被害の少ないサーシャだったが、しばらく会えなくなるという理由でオリビアに私室に連れ込まれ、一緒に就寝することとなった。
その翌朝、サーシャが買い揃えた食料や生活用品と共に、オリビアの魔法で王城内の部屋から故郷の村に戻ることとなる。
「じゃあ、しばらくしたら私も行くからね」
「あぁ」
「オリビア、またね」
「えぇ、サーシャ。後は頼むわね」
しばしの別れに同調するように、挨拶も短く済ませる。
“空間転移”さえあれば、会おうと思えばすぐに会いに行ける。
それでも、各々がすべきことをしておかなければならない。
勇者一行としてではなく、個人としての立場と生活があるのだから。
「“空間転移”」
魔法の発動は一瞬。
光に包まれるように、モニカとサーシャ、そして荷物が消える。
残された魔力の残滓を名残惜しそうに眺めながら、オリビアは小さく息を吐く。
その表情には寂しさと同じくらい、安堵も含まれていた。
魔族侵攻が始まるという連絡を受けてから、モニカは村に帰れていない。
村に戻れば、モニカももう少し落ち着くだろう。
彼女の故郷にはルーウェンがいる。
彼の近くにいることが、モニカにとっての一番の安心なのだ。
本人は否定するだろうが、彼と離れて心が不安定になっているのは言葉遣いの不安定さでわかる。
ルーウェンから離れることの不安から、どこか彼を意識するように男勝りな言葉を使ってしまうのを聞いていると、オリビアも少し不安になる。
ともあれ、こうしてモニカたちを村の近くに転移させることができたので、オリビアはオリビアですべきことをして、切りのいい所で合流することにする。
「さ~て」
早く合流するためにも、やるべきことを整理しなければならない。
最後の最後にモニカが余計な仕事を増やしていったことには文句を言いたいが、不可抗力と言えなくもないので諦めるしかない。
まずは、王都にある屋敷に戻ろう。
「使用人のみんな、元気にしてるかしら?」
オリビアの魔法で転移したモニカとサーシャ、それと荷物。
転移先は村から少し離れた、森の外縁の外側。
昔は村も外縁の外側にあったが、廃村になって数百年が経ち、繁茂した森に飲まれるように地図からも存在が消えた。
とはいえ、森の中の飲まれたことで村は人目につくこともなく、平穏と静寂に包まれた慎ましさを得ることとなった。
そんな森だが、決して安全というわけではない。
この森は、奥深くに潜れば命の終着点と噂される魔境の森。
魔法が乱れるため、オリビアの“空間転移”では直接村まで移動できなかった。
後は徒歩で道なき道を進む。
モニカとサーシャは荷物を分け合って持ち、森の中へと足を踏み入れる。
整備された道はないが、帰巣本能なのか不思議と迷ったことがない。
迷いなく足を進め、陽が真上にくる頃、少し開けた場所にたどり着く。
モニカとサーシャ、そしてルーウェンの故郷の村である。
森に飲まれてもなお、村の中だけは木を伐採して守ってきた。
建物は老朽化しているが、それでもかつての生活の跡は残っている。
今でも誰か住んでいそう、とは言えないものの、廃村になってからそう長い時間は経っていないように見える程度には、定期的に手入れをしている。
そんな村の中の一角に、他の建物より少しだけ手の行き届いた場所がある。
多少の傷みは免れないものの、手入れがされた教会。
もちろん誰も祈りに来ることもない廃教会に足を運ぶモニカとサーシャ。
軋む扉を開け、祀られたままの神の像へと祈りを捧げる。
まだ村に人がいた頃は、この教会は孤児院を兼ねていた。
モニカもサーシャも、ここで育てられた。
ここが無ければ、モニカもサーシャも今とは違う人生を歩んでいただろう。
想像するに耐えない未来で、今では過去の話だ。
二人にとってここでの生活、ここから広がった出会いを無しにする可能性は考えられないし、考えたいとも思わない。
今につながる全ての出来事、出会いを与えたであろう神に感謝を告げる。
そして、これからの事にも同様に祈る。
祈りを済ませ、教会に併設された住居部分へ移る。
モニカたち孤児にとっては、そこが家だった。
家に入れば、しばらく帰っていなかったせいか埃が積もっている。
廊下を歩けば埃が舞い上がり、長く閉ざされていたことを教えてくれる。
咳き込みながら各部屋の扉や窓を開けていき、家中を換気していく。
後でしっかりと掃除をしなければならない。
しかし、今はこれだけでいい。
大まかな埃だけを風で飛ばし、落ち着いてから掃き出す。
それよりも優先すべきことがある。
荷物を置き、モニカはサーシャを見る。
「行こうか」
「うん」
言わずとも伝わる。
帰ってきて、神に祈りを捧げて、換気をして、次にすることはいつも同じ。
二人で向かうのは、村のかつての共同墓地から少し離れた場所。
一つだけポツンと建てられた墓石がある。
そこに刻まれたルーウェンの名前。
彼は今、この下で眠っている。
墓石に刻まれた文字を通してかつてのルーウェンの面影を追う二人の表情には、親愛と哀愁、それと少しだけ嬉しさが込められている。
どんな形であろうとも、また近くに居られるのなら、それで良い。
例え死んでしまったとしても、離れるよりも近くに居たい。
サーシャがモニカの手をギュッと握る。
反応するように、モニカを握り返す。
「ただいま、ルーウェン」
「ただいま、お父さん」
二人の大切な家族が眠る墓に、ただいまを告げる。
おかえりの返事は聞こえずとも、記憶の中のルーウェンが二人を迎えてくれた。




