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転がるエイドリアン

エイドリアンの一元視点となります。

 教導騎士オリヴァー。

 神官モニカがその名前を口にした瞬間、誰もが口を閉ざし、息を呑んだ。


 教導騎士オリヴァーは近衛、第一から第三のいずれの騎士団にも属さず、その称号のとおり騎士の教導を務めている騎士である。


 全身を覆うフルプレートアーマーを纏い、巨大なタワーシールドとロングソードで戦う姿は騎士であると同時に動く城塞を思わせる。


 その実力は非常に高く、卓越した盾捌きと体術で、近衛騎士団長ですらその鎧に傷を負わせることが叶わない。


 常在戦場を表すように、王都内であっても決して鎧や兜を外すことはないが、その無機質な見た目に反して本人は至って親しみやすい人柄をしており、子どもたちからも懐かれている。


 王都においては勇者に並ぶ英雄とされ、住民に騎士の名を問えば、真っ先に挙げられる程の知名度と人気を誇る。


 魔族侵攻の始まりに合わせて王都を発ち、現在は各地で魔物の被害を食い止めているとされているが――


「近衛騎士団長。

 教導騎士はそろそろ王都に戻ってきますでしょうか?」


 モニカは近衛騎士団長ジェラルドへ振り返り、教導騎士の所在を確認する。

 騎士団に所属していなくても、組織上はジェラルドの部下に当たる。


「え……、あ、そ、そうですね。

 魔王が討ち取られたのであれば、近いうちに戻って来てくれると思います」


 モニカの問いに、戸惑いながら返答するジェラルド。

 遠方に出ている教導騎士からの連絡は少ないのか、曖昧な答えだ。


 しかし、その答えにモニカは満足げに頷く。

 そしてエイドリアンへと視線を戻すと、挑発めいた視線を彼に投げ掛けた。


 この後、口にしようとしている言葉をエイドリアンは察してしまう。

 ここまで言われて察せない程、愚かではない。


「待て。勇者でもないお前が、なにを勝手に決めている」

「ご不満ですか?」


 不満でないはずがない。

 すっとぼけるモニカに、エイドリアンは食って掛かる。

 

「当たり前だ。

 教導騎士に認められるなんて、並大抵のことではないぞ」


 相手は仮にも勇者に比肩するとされる実力者。

 長きに渡り、国の安全と騎士の訓練に尽力してきた英雄。


 ある程度、腕に自信があると言ってもエイドリアンは近衛騎士団長に勝てない。

 その近衛騎士団長ですら相手にならないほどの強者。


 それを分かった上で、モニカはそんな条件を口にしている。

 到底なせるはずのない難題を押し付けて、強引に断ろうとしている。


 魔族の族滅をなぜそこまで邪魔立てするのか、エイドリアンには分からない。

 何か理由があるのか。


 度重なる否定と妨害に、次第に焦燥感に駆られるエイドリアン。

 そんな彼に、モニカは口調を緩める。


「殿下。魔族を滅ぼすこともまた、そう簡単ではありません」

 それはまるで諭すように、彼の間違いを静かに指摘する。


「勇者と魔族、魔王の戦いは、いつも命の奪い合いです。

 気を抜けば勇者であっても無事では済みません」


 例えば四十年前の魔族侵攻。

 勇者もその仲間も瀕死の重傷を負い、長い間苦しみ続けた。


 エイドリアンも聞いたことはあるが、今回の魔族侵攻において、魔族の王が勇者にあっけなく敗走した事実から、今の魔族が相手なら勝機はあると考えた。


 ――それが、間違いだというのか


 魔族との戦いの場にいた神官モニカの口から語られる現実。

 勇者がいたとしても、決して安全などない。


「魔族と戦うために、勇者を伴う判断は理解しましょう。

 ですが、自分の身すらも守れないようでは勇者の足手まといです」


 魔族と命懸けで戦う勇者。そして、勇者に比肩する実力を持つ教導騎士。

 教導騎士の足元にも及ばない近衛騎士団長の、足元にも及ばないエイドリアン。


「なにも教導騎士に勝てと言っているわけではありません。

 教導騎士から、身を守る技術を学ぶのです」


 神官モニカがなぜ教導騎士に認められるように促したか。

 それは魔族の攻撃から自分を守るだけの力量を身に着けさせるため。


「……お前」

 エイドリアンは驚いたようにモニカを見る。


 さっきまで意地の悪い表情に見えていた彼女が、慈しみ深い優しい顔を見える。

 近頃、自分にそんな表情を見せた者がいただろうか。


 呆れるような、落胆するような目で見てくる父。

 自分を持ち上げて、媚びへつらうような第三騎士団。


 こんな、自分を心配するような表情は幼い記憶にしかない。

 かつて未来を期待されて笑顔を向けられた、あの頃にしか。


 この神官が反対するのは、エイドリアンの身を案じてこそ。

 そんな風に思った矢先。


「足手まといにならないよう、せいぜい腕を磨きなさい。でなければ、魔族を滅ぼすなんて夢のまた夢。殿下の思い描く理想も、妄想になりますよ。」


 やはりモニカの表情は間違いなく意地が悪い。

 下から見上げるようにみせて、挑発するように口元が少し吊り上がっている。


 優しく見えたあの表情の幻想か。

 それとも、たちの悪い魔法か。


 エイドリアンは歯を食いしばって羞恥に堪える。

 一瞬でも気を許しそうになった自分を殴りたい、と。


「今に見ていろっ!」

 エイドリアンは踵を返し、出口へと向かう。


 これ以上、あの神官と話していられない。

 話せば話すほど、感情が搔き乱される。


 悔しい。

 今はそんな感情が胸いっぱいに占めていた。


 穏やかな物腰から一転、こちらの威圧をものともしない強かな態度。

 挑発するような言動をしたと思えば、惑わせるような表情。


 思えばモニカが話し始めてから終始、場が支配されていた。

 すべてあの神官の掌の上であったかのように。


 ――認めさせてやる

 教導騎士にも、神官モニカにも。


 歩調に合わせて揺れる剣の柄尻を叩く。

 エイドリアンは決起して部屋を飛び出し、勢いよく扉を閉めた

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