実力を証明する手段
遅くなりました。
魔族の領域に攻め込んだ勇者がどのような結末を迎えたのかは分かっていない。
攻め込んだところを魔族に討たれたのか、それとも原生の魔物に襲われたか。
魔族の領域に満ちている毒の空気の対策として考案された魔法にも問題がある。
魔法性能の問題ではなく、現在の魔法体系の技術の問題である。
現在普及している魔法は昔、賢者と呼ばれた魔法使いによって考案された暴発の起きない魔法詠唱、それによって行使できる魔法に限られている。
その賢者は元々、人々の生活に利便性を付与するために魔法詠唱を研究した。
考案された魔法のほとんどは、攻撃性の低い生活魔法となっている。
モニカたちや冒険者が使う“身体強化”や“火の槍”などの魔法は、壮年となった賢者が気持ちを切り替えて研究を始めたもので、種類は少ない。
それでも十分な威力、最低限必要な魔法の詠唱は網羅されていたため、今になって新しい魔法詠唱が求められることはなかった。
これによって、はるか昔の時代に使われていた多くの種類の魔法が現在には受け継がれておらず、そこには魔族の領域の瘴気を防ぐ魔法も含まれている。
養父の影響で魔法に精通しているサーシャであれば、いずれ再現することも可能であろうが、問題はそれだけではない。
同行すると言っている第二王子と第三騎士団の実力に対する懸念。
足手まといと断言したが、おそらく外れてはいない。
王国騎士団の中の選りすぐりの近衛騎士団でさえ、魔力がほぼ万全で、仮面で多少強化されていた魔王エステルを前に、いとも容易く戦意喪失した。
魔法による強制力があったとはいえ、近衛騎士団よりも実力の劣る第三騎士団と、その第三騎士団の実力を見誤っているエイドリアンでは、結果は目に見えている。
そんな足手まといを連れた状態で勝てるほど、魔族は弱くない。
今回が特別なだけで、前回はまさしく死闘だった。
魔族の領域に踏み込むという事は、前回の死闘を超える戦いすらも覚悟しなければならず、第二王子の身の安全など確保のしようもない。
「お前……いま……なんと言った?」
ようやく言葉を絞り出したエイドリアンだが、モニカの言葉に理解が追いつかなかったのか、唖然としたまま繰り返しを要求する。
しかし、ただその要求に従うほど、モニカの心境は穏やかではない。
今の言葉で理解できないなら、はっきりと言うしかない。
「弱いのです、殿下。
あなたも第三騎士団も、勇者の戦いの邪魔にしかなりません」
モニカの断言に、エイドリアンは眉を顰めて強い不快感を露わにする。
腰に携えた剣を抜かないだけ、まだ冷静さは残っているのかもしれない。
恐らくエイドリアンにとって強さとは、絶対的な指標なのだろう。
こんな場所にさえ帯剣したまま乗り込んでくる事から、そう読み取れる。
武器は力の象徴。
それを常に手放さないのは、そこに対して自信か信頼があるから。
そこを刺激すれば、近々の目的からは逸らせる。
魔族の領域に行こうなどという自殺願望はこの際、忘れてもらいたい。
「お前……言うに事欠いて、この俺が弱いだと?」
案の定、エイドリアンは蒔いた餌に誘い込まれる。
モニカは深く頷き、怒りの表情のエイドリアンを見つめ返す。
今の発言に虚言はないと、自信を示すように。
そんなモニカの態度に苛立ちを募らせたエイドリアンの手が剣に伸びる。
抜かずとも、強い威圧感と緊迫感を与えることができる。
慌てる周囲に、手を向けるだけで落ち着かせるモニカ。
何も危険はないと、余裕のある微笑を浮かべて。
「撤回するなら今の内だ」
「事実ですので」
モニカを見るエイドリアンに、僅かな迷いが生まれる。
臨戦態勢の相手を前にして揺らぐことのないモニカの態度が、彼女の言葉の信憑性を高めている。
しかし、たとえモニカの言葉がある程度正しいとしても、こんな一方的に弱いと決めつけられて納得できるはずもない。
「こちらとて、勇者の実力には疑問があるところだ。
分かりやすく、決闘でもしてやろうか」
足手まとい、邪魔などと悪し様に言われるほど、勇者との実力差はあるか。
逆に勇者を下し、手っ取り早く手駒にしてしまえないだろうか。
オリビアに向こうとするエイドリアンの視線を、モニカは素早く手で遮る。
穏やかな表情は保ちつつ、決して譲るつもりはない。
「殿下。勇者の力は人族を守るためのものです。
守るべき人族に向けるものではありません」
勇者であるオリビアの実力を明らかにするつもりはない。
未知数であればあるほど、警戒して手は出しづらくなるだろう。
「ですが、勇者の実力については、そうですね……近衛騎士団長が保証してくれるでしょう」
未知数の実力をさらに高く認識させるために、モニカは近衛騎士団長に視線を送る。釣られてエイドリアンの視線も向かう。
「は、はい。勇者さまの実力は間違いなく本物です」
突然の投げ掛けに、どうにか反応して肯定する近衛騎士団長。
彼はその身を以て、オリビアの実力を体験している。
王国騎士の頂点に立ってもなお、決して届かぬ高みを知っている。
「ならば、ジェラルド近衛騎士団長よ。
俺や第三騎士団の実力はどうだろうか?」
エイドリアンの言葉に、近衛騎士団長は口を噤む。
はっきり言ってしまって良いものか、と。
「申し訳ありませんが、殿下。
殿下にとって近衛騎士団長の言葉は無視できないでしょうけど、私は出来ます。
近衛騎士団長が殿下の実力を保証しても、意味はありませんよ」
言い淀む近衛騎士団長を庇うように、食い気味にモニカが挟み込む。
「お前……、俺をおちょくっているのか?」
そんなモニカの態度と行動に、エイドリアンはどんどん怒りを溜めこむ。
勇者との決闘を阻まれ、近衛騎士団長の保証も無視される。
これでどうやって実力を示せというのか。
「近衛騎士団長といえども、殿下を蔑ろにできない立場です。
殿下を色眼鏡で見てしまう可能性もあるでしょう。
だからこそ、そういった心配が要らない者の保証なら認めましょう」
八方塞がりで、証明の機会すら与えられないと不満げなエイドリアンに、モニカは一つ提案を投げかける。
エイドリアンが振りかざす王族の権威すらも跳ね除ける者の保証。
純粋に実力だけで相手を評価できる、と信頼のおける者。
「……誰だ、それは?」
エイドリアンの視線が一瞬、国王を捉える。
王族の権威を跳ね除けられるのは、同じ王族であり国王である父だけ。
そう考えたが、そんな不公平な人選をこの神官がするとは思えなかった。
「――ッ!?」
視線をモニカに戻した瞬間、彼女の口元が少しだけ意地悪く吊り上がったように見え、エイドリアンは背筋にうすら寒いものを感じた。
その直感に誤りがなかったことを、この後エイドリアンは痛感する。
「教導騎士オリヴァー。
あの者が認めるなら、勇者も私も殿下のお力を認めましょう」
神官モニカが口にした名前は、勇者とは別に、この国の英雄と称えられる一人の騎士の名前だった。




