東側ルートの旧魔王城
第二砦、第一砦を通過し、前回の魔王城へと辿り着いた。
様子は相変わらずで、外壁が崩れて外からでも中が丸見えになっている。見張り塔も一部は倒壊し、屋根にも穴が開いている。
もぬけの殻となった魔王城はすでに解体が始められているが、進み具合は全体一割にも満たない。
現状ではモニカたちが魔族や魔物と戦った際に破壊された壁や床の瓦礫が撤去された程度。
もともと魔力で造られた魔王城はその強度も高く、壁を砕くだけでもかなりの労力が必要になる。
魔王城が完全に解体されるには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
外から見るだけでも、とても魔族が拠点として再利用しているとは思えない。
今回は東側のルートではないのかもしれない。
「モニカぁ、中から気配がするよ」
しかし、探知魔法を得意とするサーシャは敏感に気配を察知する。しかし、その声は非常に弱々しい。
「種類は?」
「……アンデッド系が多数」
アンデッド系――、スケルトンならまだ良い。死霊も許せる。しかしグールは……。
「分かった。殲滅する」
モニカは聖属性の杖を構える。アンデッド系の魔物に対して有効な攻撃手段である。
また、神官であるモニカは回復魔法が使え、こちらもアンデッドには有効な攻撃手段になる。
オリビアは光の魔法を習得しており、剣に聖属性を付与したり、光の攻撃魔法が使える。
また、オリビアもモニカに及ばないとはいえ回復魔法が使えるため、アンデッドに対する攻撃手段を多く持つ。
この二人は武器や魔法により、グールとはある程度の距離を保ちながら戦うことが出来るのだが。
「見たくないっ! 近づきたくないっ!」
光の攻撃魔法を習得しておらず、長柄の武器を使わないサーシャがグールと戦う場合、聖属性の籠手を装備しての近接戦闘になる。
そのため、必然的に間近で見ることになり、グロテスクな見た目と腐臭漂うグールとの戦いを、サーシャは非常に嫌う。
「仕方ない」
モニカは慈愛の笑みを浮かべながらサーシャの肩を叩く。
もしかして、戦わなくてもいいと言ってくれるのでは、と期待を胸にサーシャは半泣きからの笑顔で顔を上げる。
しかし、現実は無常である。
「諦めなさい」
モニカの笑顔が悪魔のように見えたサーシャは再び涙を流し、縋るようにオリビアに視線をやるが、苦笑するだけで助け舟はなかった。
元々三人のパーティでは人員を遊ばせておく余裕などない。
まして壊滅しているとはいえ、魔王城のアンデッドを相手に油断はできない。好き嫌いで戦力を減らすことはできない。
こうして、サーシャの悲鳴が木霊する中、魔王城のアンデッドとの戦闘が繰り広げられた。
案の定、スケルトンや死霊はもちろん、グールも多く群れており、サーシャはグールを避けるようにスケルトンや死霊をターゲットにしていた。
しかし、ごった返すように襲い来るアンデッドに対して、いつまでもターゲットを選ぶ余裕はない。
襲い来るグールに対してサーシャは徒手格闘で挑むも、拳を当てれば弾けた肉から腐敗した血のような液体が飛び散り、それを避け切ることはできなかった。
「いやあああ!」
予想していても、液体を被ったサーシャは絶叫し軽くパニックを起こす。
この液体には毒も魔法的な効果も何もない。しかし、見た目から拒否反応を起こす相手から噴き出た液体を掛かれば、落ち着いてはいられない。
パニックを起こしたサーシャは何を思ったのか、自らグールの群れの中に突撃し、拳や足を振り回していく。
どれだけ嫌がっていても、こうなれば後はなるようにしかならない、とモニカもオリビアもサーシャを気にせず目の前のアンデッドに集中する。
魔王を撃退する力があっても、数の暴力の前には時間をかけて対処していくしかない。
魔王城のアンデッドが殲滅されたのは一週間後の事である。
第一砦で三人の帰還を心待ちにしていた兵士が見たのは、装備に多少の傷や汚れを付いているだけの二人と、恐らく魔物の返り血と思しき液体で全身を汚し、表情が死んでしまった一人の姿であった。
魔王城にはアンデッド系の魔物が発生していたものの、魔族の拠点としては使われておらず、魔族の存在を確認できなかった。
現時点では東側のルートに魔族侵攻の兆候はないことを確認、市長へと報告を済ませると、中央の城塞都市へと転移する。