エイドリアンの覚悟
謁見の間と同様、けたたましい音を立てて扉を開け放つ第二王子。
その突然の乱入に、誰もが動きを止め、息を飲んだ。
「ここにいたか、勇者」
そして不遜にも国王を無視し、オリビアを歩み寄る。
この状況で最初に行動したのは近衛騎士団長だった。
急いで席を立ち、第二王子の進行を阻むようにオリビアの前に立つ。
その内心、近衛騎士団長は焦っていた。
同じ失敗を二度も繰り返してしまった事に。
謁見の間での出来事は、見張りの兵を立てなかったことが少なからず起因する。
たとえ立てていたとしても、この第二王子はかまわず乱入したかもしれない。
そのことについては宰相とも話し合い、この食事会の会場への見張りの要否を議論し、国王への許可も得て、見張りは不要とした。
謁見の間のような公務の場ならともかく、このなんでもない部屋の前に見張りを立ててしまえば、そこに国王、そして勇者がいると教えるようなものだと。
したがって、厳密には近衛騎士団長だけの失敗ではない。
第二王子エイドリアンの執念と行動力を侮っていた者全員の失敗だ。
その罰は後で受けるとして、今は第二王子を止めなければならない。
たとえ丸腰であっても、武装した第二王子を制止することは出来る。
「エイドリアン様、お止めください」
「そこを退け、ジェラルド近衛騎士団長。これは命令だ」
近衛騎士団長を前に、足を止めるエイドリアン。
しかし気圧されたわけではなく、毅然とした態度を崩さない。
「エイドリアン、いい加減にしないか!」
遅れて国王も腰を浮かせつつ、エイドリアンへ怒号を飛ばす。
謁見の間で言い聞かせたつもりであったが、まるで効き目がない。
あろうことか非公式のこの場を暴き、乱入してくるなど看過できない。
しかしエイドリアンは止まらない。
近衛騎士団長に隠されている勇者は置いておき、国王に向き直る。
彼には非公式な慰労会などより優先すべきと断言できる事案がある。
それは謁見の間でも問うた論点だ。
「父上、これは人族の未来に関わる話です」
激昂する国王に対し、努めて冷静に、諭すように言葉を紡ぐ。
「この者が本当に勇者であるなら……人族の守り手であるなら、脅威となる魔族を滅ぼすことが役割のはず。それを阻む理由がどこにあるのですか?」
エイドリアンの主張は謁見の間の時と変わらない。
人族の恒久的な平和のため、勇者を使って魔族を滅ぼすべきである、と。
「勇者の役割は人族を守る事であって、他の種族を攻める事ではない」
対する国王は、勇者の伝承に基づく反論を試みる。
伝承に基づく勇者は、魔王の襲来に合わせて誕生し、人族に脅威を振りまく魔の者たちを撃退する役割を担っている。ただしそこに族滅の記述はない。
勇者はあくまで人族を守るための存在であり、平和のためとは言え、魔族の領域に攻め込み滅すべきと言うのは拡大解釈が過ぎる。
オリビアが伝承にある勇者ではないとしても、そのように都合よく解釈された勇者像に準じる理由も必要もなく、国王も決して賛同しない。
「それに先ほど伝えたであろう。
北の山を越えた先、魔族の領域に踏み入れれば、充満した毒により命はないと」
そしてなにより最大の問題が残っている。
人の身では北の山脈を越えることが出来ない。
「勇者の力で払い除ければ良いのです。勇者の力が魔族に有効であるなら、奴らの住む場所に満ちた穢れた毒もまた勇者なら払えるはず」
エイドリアンはオリビアに不躾な指を向ける。
その表情からは、自分の発言に対する自信が窺えた。
伝承にあるように、勇者は魔族に対する絶大な力を秘めている。
攻撃面と防御面ともに、ただの人族とは比肩しようもないほどの力を。
魔族の領域に暮らす魔族にとってあの瘴気は毒ではなく、むしろ人族にとっての空気と同じもの、あるいは魔力の源と同じもの。
そうであるなら、勇者の力を使えば毒も払うことができるはず。
毒を払ってしまえば、魔族の族滅まであと一息だと。
しかし、そんなエイドリアンの考えに対して、国王は溜息で返す。
あまりにも浅慮で、無学だと。
「その確証がはどこにある?
そんな不確かな情報で、勇者たちを向かわせることはできない」
エイドリアンの主張はすべて可能性の話でしかない。
そこに現在確認されているような事実は何一つない。
かつての調査隊が命懸けで持ち帰った情報すら、この第二王子は当てにしない。
あくまで自分で考え、導いた情報が全てであると。
そんな自己陶酔気味のエイドリアンは自信過剰でもあった。
そしてその自信から、国王も想定しなかった言葉を発する。
「別に勇者だけに向かわせるつもりはありません。
俺と第三騎士団も同行しましょう」
息子である第二王子エイドリアンの発言に、父親である国王アレクシスは言葉を失い、ぽかんと口を開いたまま彼を見つめる。
そして唖然としたのは国王だけではない。
その場にいた誰もが信じられないという視線をエイドリアンへ向けた。
そんな視線を一身に受けながら、エイドリアンは拳を胸の前で硬く握る。
その胸に秘めた決意の動機を口にする。
「父上、俺は本気ですよ。
人族の未来のため、この身を危険にさらすことも厭いません。
ですので、魔族の族滅が成功した暁には、俺を父上の後継にしていただきたい」




