過ちの記録
第二王子エイドリアンが考える平和への道。
過去、同じように魔族を族滅することで実現しようとした記録がある。
千年を超える魔族侵攻の歴史の中で、それを考える者が居ても不思議ではない。
そして実際に計画は進み、実行にも移されている。
誰だって一方的に攻められることを良しとはしない。
ましてや敵を撃退した後なら、なおのこと攻撃的な思考もやむを得ない。
「始めは、魔族の領域への調査隊が編成された。
北の山脈は当時から、われわれ人族にとっては未知の領域なのだ」
魔族の領域に至る手前でさえも、ろくに足を踏み入れることのない場所である。
生態も、環境も、全てが脅威となり得ることが想定された。
その調査はエイドリアンの計画と同じく、勇者が魔王を打ち倒した直後に実施され、勇者により多くの魔物が討伐されていたため、調査の道程は容易だった。
しかし、問題が生じたのはその先だった。
魔族により造られた魔王城を越えた先から、調査隊に異変が起き始める。
「物資も休息も警戒も、全てが万全を期していた。
しかし、やはりそこは危険な場所だった」
先を進む中、体調不良を訴える者が続出した。
魔王城を越えたあたりから、明らかに空気が変わったと記録されている。
呼吸をすればするほど、喉が詰まるような息苦しさに襲われる。
息苦しさから深く息を吸おうとした者は激しく咳き込み、吐血した。
空気の汚染を考え、布で口と鼻を押さえての呼吸に努めたが改善は見られず、回復魔法による治療を施しながら、撤退を余儀なくされた。
「それが一度目だ」
初めての試みは、魔族の領域に辿り着くことすらできずに失敗に終わった。
残されたのは治療の甲斐なく苦しみ続けた調査隊だけ。
その時に症状が出ていなかった者も、後を追うように臥した。
調査隊の犠牲を無駄にしないために、次の計画が立てられる。
調査隊を襲った不調の原因究明と対策が進められた。
魔王城を越えた先で感じた異なる空気感。
それは決して緊張や重圧からくる錯覚ではなかった。
濃密な毒の瘴気の中に、無防備に足を踏み入れてしまったのだ。
おそらくは魔族の領域全体が、そのような瘴気に覆われている。
魔族の領域に立ち入るなら、その瘴気を防ぐための手段が必要となる。
それを完成させるために、時間と人員、そして犠牲を費やした。
そうして月日が流れ、二度目の出陣。
対瘴気の防御魔法により、調査隊は魔族の領域を進むことができた。
山道を進み、開けた先に見えたのは雲海のような瘴気に包まれた大地。
山からでは麓の地形が見えないほど、毒々しい空気。
恐らく麓は瘴気がもっと濃い。
今の防御魔法で果たして不足はないのだろうか。
この現状だけでも一度報告に戻るべきと判断した調査隊は帰路につく。
しかし、無事に帰ることはできなかった。
今いる場所は、たしかに麓に比べれば瘴気は薄いのだろう。
それでも魔族の領域には違いない。
行く手を阻むように現れたのは、形容しがたい異形の魔物。知能があるのかすら疑わしい見た目は、ここが魔境であることを実感させてくれる。
現れた魔物一体に対し、調査隊は戦える者が三十人以上。
何とか撃退できるだろうと誰もが思った。
しかし、その強さは人族の領域に現れるものとは格が違った。
応戦も虚しく、生きて人族の領域までたどり着けたのは、たった三人。
その三人も瘴気の毒に侵されており、報告の後に死亡。
またしても多くの犠牲を出してしまった。
「そして三度目は――」
「もういいです、父上」
話を続けようとする国王を、第二王子は阻む。
国王の口振りと現在に至る状況から、話の先は読めてしまう。
「結局失敗に終わったのでしょう。
そのくらい言われなくとも分かりますよ」
呆れるように息を吐きながら冷めた視線を国王に向ける。
どこか挑発めいた表情を浮かべる第二王子。
「当時に者たちでは実力が足りなかった。
ならば相応の実力を持つ者で挑めばよいだけでしょう」
腰に携えた長剣の柄頭に手を掛ける。
抜くつもりではなく、武器ひいては剣術を主張するように。
第二王子エイドリアン。
懇意にしているのは王国の騎士団。
学問に精を出せなかった第二王子が興味を抱いた剣術。
以来、剣術の稽古に傾倒し、勉学も作法もやや不出来になってしまった。
「……ふぅ」
そんな愚息に対する怒りを抑えるように、国王はゆっくりと息を吐く。
第二王子だけが悪いわけではない。
道を示すことも諫めることもできなかった自分自身も悪いのだと分かっている。
「国民の安全を願い、そのために行動してこそ王族でしょう。
魔王を討ち取れる戦力を使いもせずに放つのは惜しいではないですか」
しかし、もうじき三十になるというのにこの落ち着きの無さ。
そして勇者たちに対する無礼の数々。
国の、国民の未来を願うその姿勢は確かに認めるべきではある。
しかしどうにもその理想に対して、第二王子の言葉は軽い。
――まるで誰かに言わされているような……
拭いきれない違和感に、国王は焦りと怒りを隠しきれない。
「おじいさま。おじさまも国の未来を思ってのことです。
あまり怒らないであげてください」
そんな国王を宥めるように、膝の上のクリストファーが口を開く。まだ十にもなっていない子どもにとっては、祖父が叔父を叱る状況は喧嘩と変わりない。
身内が怒りに駆られて言い合う姿は見たくないものである。
そんな孫の少し空気を読めていない言葉に、国王は気持ちを切り替える。
――今この場で論ずるべきではないか
お互い少し昂った気を静める必要がある。
気付かせてくれた孫の頭を撫で、努めて穏やかな笑みを浮かべて見せる。
応えてクリストファーも無邪気な笑みを浮かべた。
「エイドリアンよ。剣の腕を鍛えるのも良いが、やはり歴史は学べ。
痛い失敗を繰り返さぬためにもな」
少なくとも第二王子の主張は、先人の手酷い失敗を繰り返そうとするものだ。
同じ失敗を繰り返して無駄な犠牲を出すなど、決してあってはならない。
「お言葉ですが、力で攻めてくる魔族に対抗するなら、やはり力は必要です」
国王の声が届いていないのか、交わらない論点で返す第二王子。
「おじさま、今度ボクにも剣術を教えてください!」
そこに乗りかかるクリストファー。
国王は数える事すら諦めた溜息を吐く。
無垢で無邪気な孫の発言にすら頭を抱えたくなる。
「俺は忙しいのだ。……まぁ、時間が合えばな」
「はいっ!」
過激で無礼な態度をとる横柄な第二王子も、自分を敬ってくれる甥の前ではやはり叔父。お願いとあれば何とか叶えてやりたくなる程度には愛着もある。
クリストファーの元気の良い声を聞き、エイドリアンは踵を返す。
これ以上話していても埒が明かないと思ったのは国王と同じであった。
無断で謁見の間に立ち入ったことなど素知らぬ顔で、堂々と退出する。
開け放った扉を閉める事すらしない。
「まったく、あやつは……」
玉座にどっしりと背を預け、国王はひどい疲れを感じる。
ひとまず難は去ったかのように思えるが、まだ油断はできない。
あの様子では、また勇者に接触しようとするかもしれない。
あれだけ言ったのだから、しばらくは大人しくしてくれることを願うばかりだ。
そう思っていると、膝の重みがすっと消える。
「ではおじいさま、ボクも失礼します」
そう言って国王に一礼するクリストファー。
「もうどこかに行くのか?」
一触即発な場を和らげてくれた癒しの孫が離れるのは少しばかり寂しい。
「書庫室に戻ります!」
「? 今日の勉強は終わったのではないのかね?」
先ほど「勉強が終わった」と謁見の間に飛び込んできたばかりだ。
書庫室で遊ぶような教育は受けていないはずだが。
「今からは勉強ではなく、趣味の時間です」
遊びではなく趣味と言ってのける孫は、それだけ言って背を向けて走り出す。
まだ小さいのだから、外に出たがりそうなものを。
書庫室で好きに本でも読むのだろうか。
国王と近衛騎士団長に見送られ、クリストファーも退出していく。
元気いっぱい、愛嬌いっぱい、知識欲もいっぱいの孫に、国王は目尻を下げる。
「うむ。
息子たちも、もう少し孫を見習ってほしいところだな……」
番外「たまさか ~追憶~」も一話だけ更新しておりますので、
お時間ございましたら、そちらもよろしくお願いいたします。




