モニカの変化
勇者一行から話を聞き終え、少し緊張感があった空気も緩んだ。緩んだことにより、国王は先程から少し気になっていることへの意識が強くなってしまった。
気になる、と言うには少し大袈裟になるかもしれないが、拭いきれない違和感のようなものが、ずっと脳裏と視界に過り続ける。
ずっと俯いたまま、まだ一言も喋らない神官モニカ。
もともと彼女は饒舌な方でない。
多くは語らないし、長考し口を閉ざすことも多い。
しかし、勇者のいない勇者一行の中ではリーダーの立ち位置にあり、国王への謁見の際には真ん中にいることが常であった。
それが、今回に関しては聖騎士オリビアに任せ、国王の呼びかけで一度は顔を上げたものの、それ以降は言葉も発さず、ずっと床を見ている。
――気になる
そんな彼女の様子が、国王は気になって仕方がない。
長い付き合いというわけではない。
昔から知ってはいるが、詳しい事情を知ったのは随分あとの事だ。
しかし、王国の有事の際に限らず、助力を乞えば手を貸してくれる。
国王に限らず、宰相も近衛騎士団長も、物心付く前から世話になっている。
「……ところでモニカ。
さっきから喋らないが、何かあったのか?」
国王の問いかけに、モニカは少しだけ顔を上げた。
相変わらずの無表情で感情が読み取りにくい。
「……いえ。お気遣い感謝します」
それだけ口にすると、モニカはまた俯く。
――……本当に何があった!?
国王はより大きな混乱に陥る。
見れば宰相と近衛騎士団長も、驚きに顔を見合わせている。
普段のモニカなら「何もない」とだけ返しただろう。
たとえ胸に抱いていても、気遣いを感謝する言葉までは添えてくれない。
彼女は礼儀知らずな訳ではない。
社交の場でも通ずるだけの礼儀作法を身に着けている。
国王に対して敬語を用いないのは、その場に事情を知らぬ者が居ない場合に限り、国王がそうするように求めているからだ。
早くに母を亡くした国王にとって、幼少時に面倒を見てくれていたモニカは母代わりと言っても過言ではない。
彼女たちが特異な事情を抱えている事を知った後も、関係は変われどその感情を忘れるはずもなく、力になりたいと思い続けてきた。
しかし、モニカがそう簡単に事情を明かしてくれるとは思っていない。
それを咎めたり、ましてや失望したりすることもあり得ない。
「……オリビア、モニカに何があった?」
ここは手っ取り早く、知っていそうな人物に話を振る。
「えぇ……っと」
モニカと違い、オリビアは分かりやすく動揺している。
眉間にしわを寄せ、どう説明しようかと悩むその様子は、まるで言い繕おうとしているようにも見えてしまう。
モニカが今の状態になった理由を、オリビアも知らない。
知らないが、察することは出来てしまう。
あえて国王たちへの報告にあげていない二人の存在。
死の気配が漂う何かを持っている老人ウィルと、魔王エステルの生存。
今後、彼らとの交流が不可欠だと判明したものの、特にモニカとエステルの関係が少し拗れている可能性がある。
あらゆる魔法を無効化できる神の加護を持つウィルの協力を得るためには、彼が大事な家族として保護しているエステルとの関係改善が必須。
それに気付いたモニカは今おそらく、どうすればいいのか必死に考えているのだろうが、それをそのまま国王に伝えるわけにはいかない。
「その……信じられないかもしれませんが――」
信じられないような出来事がモニカの身に起こったのか。
オリビアが紡ぎ出す言葉に、国王も宰相も騎士団長も固唾を呑み――
「――少し、怖い目に……そう、怖い目に遭いましてっ」
彼女の言葉に、呆気に取られた。
俯いたままのモニカと、困り顔のオリビアを交互に見る。
「……えっ……、モニカが……怖い目?」
「……そ、そうです」
嘘は言っていない。
モニカ同様、オリビアも嘘は好まない。
モニカが遭った怖い目とは、ウィルが持つ死の気配のこと。
普段気丈な彼女が感情剥き出しで泣くほどの事態を、他に何と言うのか。
しかし、感情的になったモニカを知らない国王たちにとっては受け入れがたい情報であり、オリビアを疑うわけではないが想像できずに動揺が隠せない。
「あの人に怖いものなんてあると思うか?」
「……いや、想像もつかん」
宰相と近衛騎士団長も声を潜めて大変に失礼な会話をしている。
彼らにとっても、モニカとはそういう人物である。
「……そ、そうなのか?」
それ故あまりにも気の抜けた、威厳も何もない返しが国王の口から零れる。
「……そ、そうなのです。
それで陛下、少しお願いがありまして……」
あまり深く探られるとぼろを出しかねない。
モニカと違って素早く細部まで上手く話をまとめられない。
オリビアは話題の差し替えを図る。
元々計画していた要望に、今ならそう違和感なく繋げられる。
「分かっている。しっかりと休養を取るとよい」
オリビアの言葉の真偽はともかく、勇者一行には休息が必要だと判断した国王。
「ありがとうございます。それでなんですが、
今しばらく勇者としての肩書を使わせていただきたいのです」
オリビアの願いに、国王は一瞬言葉を失う。
その願いは、かつて彼女たちに起こった不幸を思い起こさせる。
「……其方らはそれで大丈夫なのか?」
国王はそれを心配せずにはいられない。
魔王を退けた勇者の、人を超えた力を恐れ、妬み、排除しようとした騒動。
人族を救ったにも拘らず、その命を狙われるに至った悲劇。
そんな事が二度と起こらないように、彼女たちの存在を隠し、噂を広めた。
『勇者は神の遣いであり、役目を終えればこの地を去る』と。
勇者の肩書を持ち続ける事は、彼女たちにとって危険なものである。
その事は、彼女たちが誰よりも理解しているはずなのに。
国王の心配そうな表情から、危惧している事をオリビアは感じ取った。
自分たちを心の底から心配してくれる慈悲深い王に笑みで答える。
「はい。旅の道中、良い縁がありました。
魔族侵攻の終結発表後、しばらくそちらで過ごせないかと思っています」
それを聞いても、国王はすぐには安心できない。
眉間の皺が僅かに深くなりながら思案する。
魔族侵攻中や終結直後なら、誰だって英雄たる勇者にいい顔をする。
自分たちを脅威から守る者を、悪しざまに扱うことは誰もしない。
かつてもそうであった。
丁重にもてなし、へりくだった態度で接し機嫌を取ろうとした。
そして魔王討伐からしばらく経った後、掌を返した。
勇者の力は危険だ、と。
それがまた起こらないかと、国王は心配でならない。
しかし彼女たちの願いを、意思を遮ることもまた出来ない。
それにオリビアは「良い縁」と言った。
彼女にそこまで言わせるのなら、信じてみる価値はある。
「そうか、それは良いことだ。
勇者の肩書は好きに使うとよい」
国王は固く閉ざした口元を緩め、柔和な笑みを浮かべる。
彼女たちの未来が明るく穏やかなものになることを願って。




