エステルの決断
今日は手籠を持って町に来た。
ウィルフレドから、町長に納めるように渡された薬草が入っている。
昼間、エステルが町で仕事をしている間に、ウィルフレドが森で採集したものだ。
町に住んでいないエステルに仕事を任せてくれたり、自由に出入りをさせてもらっている謝礼である。
以前聞いた話では、貴重な薬の材料になる薬草とのことで、薬草のまま煎じて飲んでも、潰して塗っても良いらしい。
町にその蓄えがあるだけで、町の代表としての格が高くなる。
エステルに薬草の目利きは出来ないので、今度目利きや採取方法を教えてもらおうと決意する。
町の入り口を守っているいつもの衛兵に話をすると、すぐに町長に話を通してくれた。
町長とは何度か会っているが、町の代表とだけあって貫禄があり、それでいて柔和な表情を作れる人だ。
「うちの家主から預かってきました。お世話になっている御礼です。いつもありがとうございます」
秘書に手籠に入った薬草を渡し、町長オースティンへお辞儀する。
「いやいや。森でもなかなか見つからない貴重な薬草を定期的に納めてもらえて、こちらも助かっていますよ」
手籠の中を確認した秘書から手籠を受け取り、満足気に微笑むオースティン。
冒険者に採集を依頼してもなかなか見つからず、運よく見つかり納品されても、特徴の似た別物である事が多い。
また、しっかりと目利きのできる冒険者であっても、納品して報酬を得るより自分で使うために持っている方が必要と判断することもある。
危険と隣り合わせの仕事を続ける冒険者のその判断を、危険な仕事を依頼する側として咎めることはできないし、その判断を間違っているとも思わない。
それだけに、定期的にその薬草を納品してくれるウィルフレドには礼を尽くしたくなる。
だからこそ。
「エステルさん。やはりウィル殿と共に町に住みませんか? 森の近くより安全ですし、我々はあなた方を歓迎しますよ」
以前よりエステルは、オースティンから町への移住を提案されている。
もともと余所者であったが、町への貢献が非常に大きい2人に、オースティンは住居も用意すると言ってくれている。
エステルは一度話を持ち帰り、ウィルフレドと相談はしたものの、ウィルフレドは元々旅人、エステルを保護してからは一時的に森の近くに空き家に仮住まいしているが、いずれはまた旅に出る。
町に住んでも、遠くない未来に去ることが決まっていることから、この提案を辞退している。
「申し訳ありません。せっかくのご提案ですが、やはり辞退させてください。ウィル様は旅人、いずれはここを離れてしまいます。私は、あの人について行きたいのです」
ウィルフレドがここを去る時、エステルもまたここを去るだろう。その決定は既に揺るぎないものになっている。
本音を言えば、エステルもこの町に居続けたいと思っている。
ウィルフレドもかなりの高齢、旅の目的は明かされていないが、できれば安全なところで余生を過ごしてほしいとも思っている。
それでも、ウィルフレドはいつか旅を再開すること、決して止めることはないと断言した。
その決定を、エステルは覆すことが出来ない。
「いつも良くしていただいて、こんなご厚意も頂いているところで大変心苦しいのですが、どうしても、私はあの人と共に生きたいのです」
かつて、行く場所も帰る場所もなかった自分を拾って、いろいろ教えてくれた恩人ウィルフレド。
見知らぬ自分に良くして、仕事をくれた町の人やオースティン。
天秤に掛けたとき、大きく揺れながらも、やはりウィルフレドに傾いてしまう。
それでも決して、この町を、町の人を蔑ろにしているわけではない。
悩んで、悩んで、出した結論に、エステルは後悔しないという自信がない。
既に決めてはいるものの、ウィルフレドと共にこの町を離れたとき、町の人との別れを悲しまずにはいられない。
今もこうして、いずれ来る別れを想像するだけも、堪え切れない感情に目頭が熱くなる。
「あぁ、すまない。君を困らせたいわけではないんだ」
エステルが泣き出してしまいそうな雰囲気を察して、オースティンは慌てて止めに入る。
時すでに遅し。目を潤ませたエステルに、秘書がそっとハンカチを渡す。
「す、すみません」
想像だけで思わず泣いてしまったことと、ハンカチを出してくれた秘書への言葉。
「ウィル殿の事情と君の気持ちは分かっているつもりではあるんだ。だがやはり……」
「はい、町長様のお心遣いは理解しております」
町に大きな貢献をしてくれる2人をいつまでも危険な町の外に住まわせたくはない、安全な町の中に招き入れたいというオースティンの気持ちを、エステルも理解している。
「いつかここを離れる時は、必ず教えてくださいよ。黙って居なくなるのは無しですからね」
オースティンから差し出される手を、エステルは握り返す。
「勿論です。必ずご挨拶に伺いますので、その時までどうぞよろしくお願いします」