勇者の凱旋
洞窟内を進む勇者一行。
その足取りに迷いはなく、往路同様まっすぐに出口へと進む。
“空間転移”という方法もあるが、北の山脈では転移先がずれる危険があるため、徒歩で進む。
道中、ロックウルフによる襲撃があったものの、概ね順調な復路となった。
洞窟から出ると、まだ陽は高く昇っている。
これなら陽が沈むよりも前に第一砦に到着できる。
辺りを見回しても特にそれらしい騒ぎは起きていない。
あの魔族と魔王はどこか別の出口から出たのだろうか。
「んん~」
サーシャが大きく伸びをする。
前回よりも短かったとはいえ、洞窟の中は息が詰まる。魔族の領域に近い北の山脈とはいえ、深呼吸で取り入れた空気は洞窟内よりも心地いい。
モニカもオリビアもそれに倣って身嗜みを整え、少し気分転換をしつつ、第一砦へと歩く。既に二度通った道だが、思えば復路は初めてだった。
草木の少ない荒れた岩場のような景色も、往路と復路が変わればまた違う。
行きで目印した物が、帰りに見れば印象も変わる。
新しくできた死角に注意を払いつつ、勇者一行は第一砦へと辿り着く。
予定通り、まだ陽は高い。
砦の前では焚火が煙を上げて燃えている。
ロックウルフのような鼻の利く獣が嫌がる香草を仕込んだ焚火だ。
砦の上にも警戒中の兵士の姿が確認できる。
どうやら特に被害はないようだ。
軽く手を上げながら近づくと兵士が気付いてくれたようで、門の落とし格子が上がり、中から数人の兵士が出迎えてくれた。
「勇者さま、ご無事で!」
彼らの表情は勇者の無事に安堵する一方、まだ緊張が残っている。
まだ魔王の撤退を知らない彼らにとって、勇者が砦に戻ってくる事は補給か一時退避を想像させる。
補給ならまだ良い。しかし一時退避なら、場合によっては第一砦を放棄する行動に移らねばならない。
そんな彼らの緊張を解すように、オリビアは兜を脱ぎ、穏やかな表情を見せる。
「魔王は撤退しました。私たちの勝利です」
そうオリビアが告げると、兵士たちは呆気にとられたような表情の後、頬を緩め、喜びを噛み締めながら雄叫びのような歓声を上げた。
魔王の撤退。
その知らせはすぐに第一砦から城塞都市へ、そして王都へと伝えられた。
ただし、国民への発表は見送りとなる。
それはまだ魔族侵攻の終結が確認されていないからである。
活性化した魔物や魔獣が平時まで落ち着いて初めて終結と判断できる。
砦の兵士と常駐の冒険者も、今しばらく警戒と周辺調査を継続することになる。
魔王が撤退しても異常行動の見られたロックウルフをはじめとする魔物や魔獣はすぐには沈静化しない。また、魔族の残党が潜んでいるかもしれない。
そういった調査を兵士や冒険者が行い、全ての憂いが取り除かれるまでは国民に発表しないようになっている。
とはいえ、勇者が魔王を撃退したという知らせが舞い込めば、最前線で防衛している第一砦は落ち着いていられない。
日夜、襲撃を警戒している彼らにとってその知らせは何より切望したもの。
それが舞い込んできたのだから―――
「勇者さまの勝利に、乾杯!!」
「「「かんぱーい!!」」」
第一砦で行われた勝利の祝杯は、夜が更けるまで続いた。
調査に出ていた冒険者はもちろん、警戒を続ける兵士も交代で参加した。
祝杯と言っても豪勢な宴ではない。
今ある食料を少し多めに放出したささやかな催しだ。
元々第一砦には備蓄は少なく、必要な物資は定期便で運び込まれている。
それは第一砦が、放棄される前提の上で運用されている拠点であるため。
第一砦は調査と警戒のための拠点であり、防衛のための施設ではない。
守りは堅牢であってもそこに迎撃の設備はない。
いつでも放棄できるよう、最低限の物資のみが備蓄されているため、祝杯も保存食を中心に、一人一杯の酒が振舞われた程度。
それでも誰も文句は言わなかった。祝杯の目的は勇者一行への感謝の場を設ける事であって、勝利に酔う事ではないから。
最初の乾杯に参加できなかった者もそれぞれ、勇者一行のもとを訪れては礼を述べて、少しの酒と食事を勇者と共に分かつ事に喜んでいた。
今は彼らの喜びと感謝の言葉に受け取りながら、賑やかな空気と多めに振舞われた酒と食事を楽しんだ。
翌日、兵士や冒険者たちに見送られながら、第一砦を出立する。
北の山脈の影響から“空間転移”を使うことは出来ず、また侵攻の足止めのために配置されている障害物があり、馬車の運行もない。
とはいえ、退屈な道中ではなかった。
知らない顔ではない冒険者たちが護衛として付いてきてくれた。
先日、無断で第一砦から先に進み、罰を受けた若き冒険者のパーティ。
ちょうど第一砦への物資輸送の護衛に来ていた彼らと帰りを共にした。
自分たちの実力を過信し、逸った行動を起こしてしまった彼らだが、与えられた罰に不貞腐れることもなく、反省し真摯に仕事に取り組んでいるようだ。
道中、あの時の謝罪と感謝、そしてこれからの抱負などに耳を傾けた。
リーダーと他の数人はこれからも冒険者としての活動は続けるらしい。
魔族侵攻が終えても、冒険者の仕事が無くなるわけではない。
未確認の洞窟や遺跡の調査、街道の巡回は彼らの領分となる。
とはいえ、決して安全ではないし、稼ぎも良くはない。
数人は冒険者を辞めて故郷に帰り、親兄弟の稼業に従事するらしい。
それも立派な選択だ。
求められる仕事は一つではないのだから。
自ら考え、進路を決めた若者たち。
助けた彼らが未来を語る様子を、退屈などとは思わない。
冒険者を辞めても、故郷で魔物が出た時のために肉体の鍛錬は続けるらしい。
いつか魔物を素手で撃退したいと語る彼らは、目を輝かせながらモニカを見ていた。
そんな彼らにモニカは珍しく優しい笑みを浮かべ、言葉を贈る。
「励みなさい」
声を揃え元気よく返事をする若き冒険者たち。
彼らの行く末に幸福があらんことを。




