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規格外の存在

ケービットの一元視点となります。

 ケービットが五年を費やしてなおも、その仕組みを解明できなかった複合魔法、魔物化の魔法を、一日足らずで解析し終えた者がいる。


 その情報はケービットの思考を一瞬のうちに塗り潰した後、憎悪にも近い怒りの念に駆り立てた。


 それは決して理不尽な怒りではない。

 戦士の言葉はあまりにも信じ難く、到底受け入れられるものでは無いのだから。


 魔法を解除する魔法“魔法解除”。

 その発動には、解除する魔法を知ることから始まる。


 広く知られているような魔法なら解除することは容易。

 少し高度な魔法でも、多少の時間をかければ不可能ではない。


 しかし魔物化の魔法はその範疇には収まらない。

 何故ならその魔法はいくつもの魔法を複雑に絡め合わせた埒外の魔法だから。


 “魔法解除”に必要な解析すらも妨害すべく編み込まれた複合魔法は、構成する一つ一つの魔法を割り出すことすら困難を極め、解除を阻む。


 ケービットはこの魔法の開発者が残した資料から、構成する魔法は知っている。

 しかし構成する魔法が既知であっても、魔物化の魔法の再現には至れなかった。


 構成する魔法を知ったうえでなお、五年という歳月が無に帰す魔法。

 それが複合魔法であり、魔物化の魔法である。


 それを、構成する魔法すら知らない者がたった一日で解除に至るなど、ケービットは認めることが出来ない。たとえそれが、魔法について嘘を吐けない戦士の口から発せられたとしても。


「ふざけるなっ!」

 洞窟内を、ケービットの怒声が響く。


 戦士は肩をびくつかせて驚き、勇者と神官も警戒するように鋭い目をする。

 しかしケービットは激情のままに声を荒げる。


「貴様なら分かっているはずだ、あの魔法の複雑さを!

 それを一日も掛けずに解析し、解除しただと!?」


 魔法に精通している戦士にだからこそ感情のままに怒りをぶつける。

 魔物化の魔法を研究したのなら、戦士も同じ気持ちになったはず。


 だからこそ戦士がその情報を受け入れたことが不可解で、不愉快でならない。

 同じ魔法研究者として、そんなふざけた話を信じるなどあってはならない。


「戯言にも程があるだろうッ!」

「分かってるよッ私だって!!」


 そんなケービットの怒りに、戦士は果敢に立ち向かう。

 拳を固く握りしめ、涙を浮かべた目でキッとケービットを睨み、叫び返す。


 戦士の叫びに、怒り心頭だったケービットも驚き口を噤む。

 彼女の感情の発露を感じたのは、これで二度目だ。


 一度目は人を操る魔法を、理解した上で使ったと言った時。

 その時の感情は、そんな魔法を使ったケービットに対する明確な怒りだった。


 しかし今は違う。

 声を荒げてはいるが、それは怒りではない。


「魔法を研究すればするほど、それがどれだけ荒唐無稽なことか思い知ってる」

 戦士の口から零れる声は震え、今にも泣きだしそうな程弱い。


「でも……魔物化の魔法に、自然に解除される魔法が仕組まれでもしない限り、おと……あの人が解除したとしか考えられない……」


 この感情は悔しさだ。

 自分の無力感に打ちのめされ、それでも諦めることも逃げることもせずに向き合い続け、それでもなお及ばない。


 ケービットは戦士の、魔法に対する姿勢を認めている。

 魔力を感じ取る、魔法を解除するという点に関しては高みに居る存在だとも。


 その彼女にこれほど悔しさを感じさせる存在がいる事は、にわかに信じがたい。

 しかし、信じるしかない。


 戦士は魔法に関して嘘を吐かない。

 この悔しさにまみれた表情が、感情が嘘だとは思えない。


「……貴様はそれを、信じられるのか?」

 すっかり怒りは静まり、力の抜けた声で問いかける。


 事実なら、それこそ戦士の悔しさには頷ける。

 誰かが容易く成し遂げた事に、いつまで経っても手が届かないのだから。


「……あの人ならやりかねないとは思ってる」

 返ってくる言葉にも力はない。


 その様子に、やはり嘘ではないと感じる。

 ――それ程の者が、存在したのか


 もはや侮ることも、下に見ることもできない。

 そしてこれ以上の会話は心を乱すだけだ。


「分かった」

 ケービットは一言呟き、歩を進める。


 俯いた戦士と、警戒を解かない勇者と神官をよそに、ケービットは勇者に見張られた魔王のもとへと辿り着く。


 そして魔王が着けている髑髏の仮面をおもむろに掴むと、その仮面はあっさりと魔王から外れ、魔王の素顔を顕わにする。


 もう一人の魔王とそう年も変わらない青年の顔立ち。

 同年代より魔力が多いだけの若者だが、まだ使える。


 ケービットは仮面を戦士に向かって投げ放つ。

 回転しながら飛ぶ仮面を戦士は受け止める。


「餞別だ。精々励め」

「あ、ありがとう……」


 内側にはびっしりと魔法文字が刻まれている。

 その中には戦士も知らない魔法が含まれているだろう。


 それをどう使うかは戦士次第。

 だが彼女がこれからも研究するうえで、一つの資料となることは間違いない。


 当然、その文字が意味するところを解析する必要はあるが、この戦士ならその作業も苦も無くやり遂げるだろう。


「……この魔法文字って、他の魔族の人も読めるかな?」


 その時、戦士が何気なく抱いた疑問を口にする。

 その言葉を聞いた瞬間、ケービットの中で冷めたはずの熱が一気に沸き立った。


 全身の血が頭に集中するように、頭が熱くなる。

 胸の鼓動が大きくなり、耳が遠くなるように感じる。


 ――いま、なんと言った?


 唐突な殺意に、魔力が抑え切れない。

 “炎撃(ブレイズ)


 轟音とともに洞窟の壁が大きく崩れる。

 土煙を巻き上げ、ケービットと勇者一行に隔たりが生まれた。


 “炎撃”の魔法は、火の魔力に明確な形を与えないまま放つ魔法。

 怒りに任せた暴発のような魔法を、本来であればケービットは使用しない。


 しかし槍を形成する間も惜しいほど、この怒りを早急にぶつけるしかなかった。

 幸い壁を狙ったことが牽制となり、勇者一行は攻めてはこない。


 振り返れば、神官と戦士は突然のケービットの豹変に混乱している。

 戦士お得意の“魔法解除”も発動できないほど。


 ――反応したのは勇者だけか

 勇者だけは、見た事のない模様の防御魔法を展開している。


 ケービットの魔法を受けるために使っていた“魔法防御壁”とは異なる模様。

 ――やはり、まだ隠していたか


 一時は勇者の力量を疑ったが、最終的に障害となるのはやはり勇者だ。

 神官と戦士を上回る状況判断と反応速度で対応してくる。


 その厄介な勇者も含めて、ケービットは嫌悪の視線で睨み付ける。

 そこには、魔法の才を認めた戦士への容赦はない。


 むしろ、戦士に対する明確な殺意を隠さず、血走りそうな眼で戦士を睨む。

「…………」


 今にも罵声が飛び出しそうな口を、唇を噛み締めることで押さえ付ける。

 ゆっくりと呼吸をし、どうにか気分を抑え込む。


(戦いは無意味だ。これ以上の消耗は危険だ)

 そう自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返す。


 いまだ暢気に気絶した魔王に内心で苛立ちながら、貴重な戦力としては手放せないと、その腕を掴む。


 しかし、これだけは看過できない。

 どうせそんな事だろうとは思っていたが、聞かなかった事には出来ない。


「貴様らが我らをそう呼ぶな……」


 その言葉だけを残し、ケービットは今度こそ姿を消した。

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