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先駆者

ケービットの一元視点となります。

「魔物化の魔法。

 あれを解除した者はいるよ」


 神官の発言に、ケービットの思考は一瞬で塗りつぶされる。

 それこそ長く座って痺れた足や、衣服に着いた汚れが気にならない程に。


「……なんだと?」

 怒り、驚き、不信、様々な感情の篭った声が喉から漏れる。


「言いたいのはそれだけ」

 そう言った神官は隣の戦士の背を押し、勇者の方へと体を向ける。


 戦士はまだ未練がありそうに小さな抵抗を見せているが、神官の有無を言わさぬ様子に折れたようだ。


「待て」

 しかしケービットはそうはいかない。すぐに神官を呼び止める。


 声を掛けてなお、ケービットの思考は混乱から脱しない。

 神官の言葉は彼の心をかき乱すには十分過ぎるものだった。


 魔物化の魔法を解除した?

 あれの解析に成功した者がいる?


 ――いや、ありえない

 神官の言葉を頭の中で思い起こし、即座に首を振る。


 ケービットは複合魔法の仕組みを調べるため、少なくない時間を鍵となる魔物化の魔法の研究に費やしてきた。


 構成する魔法の組み合わせにヒントがあるのか。

 それとも構成する順番も影響するのか。


 今はその研究を保留にしているが、それでも既に五年を費やした。

 それだけの時間をかけてもなお、魔物化の魔法の解析は出来なかった。


 それを解除した者がいる?

 いるなら、なぜその者を頼らない?


 魔物化の魔法を掛けられた身内を救うためなら、解除できる者を訪ねるはずだ。

 神官の発言と行動の矛盾について考える。


 ――いや

 その答えはすぐに思い至る。


 解除できる者が居たとして、その者が行方知れずか、あるいはすでに故人か。

 神官が生きた年月を考えれば、おそらくは後者。


 神官の発言を嘘だと切り捨てる根拠にはならない。

 であれば――。


「……小娘、今の話は事実か?」

 ケービットは神官にではなく、戦士の背中に声を掛ける。


 戦士の魔法に対する熱意はケービットも認めている。

 やや狂気じみた言動はあれど、魔法に対する姿勢は誠実そのものだった。


 それを踏まえれば、戦士は魔法について嘘をつかない。

 同じ研究者として、その点には確信が持てる。


「モニカ……」

 戸惑う表情で神官を見上げる戦士は答えるべきか悩んでいるようだ。


 ケービットを横目で確認する神官はとても意地悪な表情を浮かべていた。

 それは戦士に対してではなく、話に食いついたケービットに対してだと分かる。


「いいよ、好きに話しておいで」

「……うん」


 神官の了解を得た戦士が改めてケービットと向き合う。

 彼にとっても、魔法議論の相手として戦士は不足しない。


 しかし戦士はどこか居心地の悪そうにモジモジしている。

 自信無さ気なその様子は、先程までとは別人のようでもある。


「……モニカの話は本当。

 直接見たわけじゃないけど、そうとしか考えられない状況だった」


 魔法に嘘をつけない戦士の口から、神官の話を肯定する言葉。

 しかし、ケービットは再度確認せずにはいられない。


「間違いはないか?」

 戦士をまっすぐに見つめる。


「間違いない、絶対に」

 返ってくる視線には動揺はない。


 語尾を強め、しっかりと断言する戦士にケービットも認めざるを得ない。

 あの複合魔法を解析、解除した者がいるという事実を。


 その事実に、ケービットは自身の胸に宿る熱を気付いた。

 そして同時に神官の狙いにも。


「っ、女狐……ッ!」

 ケービットは神官を怒りで睨み付ける。


 魔法を発動させなかっただけまだ理性は残っているが、それでもその落ち着き払った顔に一撃を食らわせたい激情に駆られる。


 今ケービットの胸に過ぎったのは悔しさだった。

 自分よりも先に、あの難解な魔法を解析し終えた者がいる、それが自分より格下に見ている者の中に存在した事実が、彼の自尊心に突き刺さる。


 この苦痛を少しでも和らげるには、同じように魔物化の魔法を解析し、その先の複合魔法の研究を成し得るしかない。


 つまるところ神官はケービットに魔物化の魔法を解析させ、あわよくば解除を試みさせようとしているのだ。


 しかも神官は彼の自尊心を刺激して、自発的に行わせようとしている。

 聞き流しそうな程さり気なく発した情報から、ケービットを操作しようとした。


 そして神官はその思惑を決して口にはしないだろう。

 問い返しても無言か、しらばっくれる。


 腹立たしいことこの上ない。

 だが、それはある意味ケービットにとって起爆剤となった。


 薄れかけていた難関な研究への熱意。

 かつての天才が残した問題への挑戦。


 ――そこまで焚きつけたのなら後悔させてやる

 ケービットが神官を睨む目が挑戦的なものへと変わる。


 魔物化の魔法の解析、複合魔法の研究を進めるという事は、この神官を含め勇者一行にとっても厄介な魔法が完成するという事。


 神官は今、とんでもなく厄介な敵を生み出したに他ならない。

 分かってやっているのかいないのか、神官の思考はやはり読み切れない。


 しかし目標を定めたケービットに、これ以上ここに長居する理由はない。

 早々に撤退し研究を再開する。


 魔力を抑え込み、戦意の無さを表しながら歩を進める。

 その先に見据えるのは未だ気を失ったままの魔王。


 この山を脱し、集落に戻る道中は決して安全ではない。

 この辺りにいた狼の魔獣などとは比較にならない魔物が跋扈している。


 人手も戦力も、不足することはあれども過ぎることは無い。

 既に二人しか残っていない人員では、無事に帰れる保証もない。


 しかし帰ってみせる。

 このまま終わってなるものか。


 明確な目標を前に、決意を固め――

「そうだ、最後に一つ……」


 悔しさから、確認しておきたいことが頭に浮かんだ。

「魔物化の魔法を解除した者は、どのくらいの時間をかけた?」


 あくまで目安の確認のつもりだった。

 妬ましき先達が費やした時間よりも短い時間で結果を出すために。


「……えっと、正確じゃないけど」

 また自信無さげな戦士は、さっきよりも俯き気味で顔色も悪い。


 ――なんだ、その反応は?

 もとより正確な期間を知っているとは思っていないが、戦士の様子にはケービットも怪訝な色を隠しきれない。


 そして同時に、背中を伝う汗に嫌な予感がした。

 魔法に関する事なのに弱々しい戦士の態度に、聞くべきではないと感じた。


「……たぶん、一日もかかってない。

 もしかしたら魔法を掛けられてすぐに解除したかも……」


 再び、ケービットの思考は真っ白に塗り潰された。

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