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勇者の証明

「本当に勇者なのか?」

 魔族が口にした質問は、勇者一行の口を閉ざさせるには十分なものだった。


 先日の戦いから、この魔族はオリビアを勇者として認識していた。

 本当の勇者が現れない現状で、そう錯覚させるように仕向けてはいる。


 もしそれが看過されたとすれば、この魔族をすぐに始末しなければならない。

 魔族に対する切り札である勇者の不在は、決して魔族に知られてはいけない。


 だがこの質問に対して、是と即答してもいいのだろうか。

 この魔族は何か理由をもってこの質問をしている。


 なら、その疑問を抱いたことにも必ずきっかけがあるはずだ。

 オリビアが勇者ではないと疑う何かが。


 ――なにが、構える必要はない、だ

 表情を固めながらも、モニカは静かに奥歯を噛みしめる。


 この魔族が、何をもってオリビアが勇者ではないと疑ったか。

 それを確認する方法を考えなければならない。


 ――いや

 違う、とモニカは思考を切り替える。


 そもそも勇者だと証明することは出来るのか。

 魔族が勇者を勇者だと判断する方法はあるのか。


 モニカ自身も、勇者という存在と会ったことはない。

 昔話、言い伝え、過去の記録から情報を得たに過ぎない。


 かつて魔族からの侵略の危機に陥った人族に神々が力を与えたことで、勇者が誕生したと言われている。


 そして勇者は魔族に対する強い攻め、堅い守りを持っているとされた。

 同胞たる人族を鼓舞し、援護することもできるとも言われた。


 しかし、勇者を勇者だと示す明確なもの、例えば印、身体的特徴、魔力。

 そう言った視覚的、感覚的に判断できるようなものは伝承されていない。


 勇者はあくまでも、神に力を与えられただけの人族。

 力以外は人族の何も変わることは無い。


 であれば、勇者だと示す証拠を出すことは出来ない。

 ただ一つの方法を除いて。


「オリビアは勇者だ。どうしてそんな質問を?」

 答えの方向性が決まり、モニカは口を開く。


「一切攻撃に転じてこないからだ。

 そういう意味では、貴様らのどちらかが勇者だとした方が、まだ納得もできる」


 魔族がオリビアを勇者ではないと疑ったのは、彼女の戦い方にある。

 確かに守りは硬いが、魔族に対する絶大な攻撃力で戦いを展開しない彼女の存在に疑問を持ったのだ。


 勇者の不在を疑われたのではなく、オリビアを隠れ蓑にして勇者が別にいるのではないかと疑われただけの事に、静かに胸を撫で下ろす。


「そういうことなら、私たちの一番の目的は情報を集めることだ。

 彼女が攻撃に転じてしまえば、話を聞く前に終わってしまう」


 勇者の魔族に対する高い攻撃性の実演だけが、示すことのできる根拠。

 それを前に出す事はモニカたちの目的に反すると印象付ける。


「……まあいい。勇者以外にも警戒すべき者がいる事は覚えておこう」

 魔族も腑に落ちるとまではいかずとも、その答えを受け入れる。


 そのまま口を閉ざす魔族。

 もう質問はないのか、と確認するまでもない様子。


「じゃあ、魔物化の魔法を構成する魔法について話してくれるか?」

「……良いだろう。だが――」


 魔族はそこで言葉を区切り、モニカとサーシャを見る。

 そして口元を少し吊り上げた。


 ――罠か?

 警戒を強め、奇襲に備える。


 正面の魔族か、背面の魔王か。

 だが今さらこの状況で戦闘を再開するとも考えにくい。


 この魔族も、そのことは十分に理解しているはずだ。

 ならこの余裕の笑みは一体なんだ。


「私とて、構成する魔法の全てを覚えているわけではない。

 研究室に戻れば資料で確認することが出来る」


 ――そう来たか

 情報をちらつかせて誘い込み、最も必要な情報に罠を仕掛ける。


 魔物化の魔法に関する上辺の情報で、モニカたちが目的とする“魔法解除”をするために必要な、魔物化の魔法を構成する魔法の重要性を引き上げる。


 その上で構成する魔法は憶えていない、戻れば手に入れることが出来る。

 そう言えば、情報を欲しがっているモニカたちは要求を呑むしかない。


 この場合、魔族が要求してきそうな条件は土地の明け渡しか、逃亡か。

 前者は条件として困難過ぎて、呑めるはずがないと分かりきっている。


 であれば、この魔族の要求は――

「私たちをこのまま見逃すのであれば、その資料を取って来てやろう」


 当然、この場からの離脱。

 そして情報の提供を約束することも忘れていない。


 してやったりと、魔族は余裕の笑みを浮かべている。

 この要求を、モニカなら呑むと確信しているようだ。


 ここで突っ撥ねることは簡単だ。

 力づくで言う事を聞かせることも、確実ではないが不可能でもないだろう。


 しかしこの機会を逃したくない。

 これまでとは違う魔族との繋がりを安易に断つ道は選べない。


「モニカ」

 思い悩むモニカに、後ろから諫めるような声が掛かる。


 その声にゆっくりと振り返ると、オリビアがまっすぐこちらを見つめていた。

 兜で表情は見えないが、隙間から確かに見えるその目を感じ取る。


 魔族の誘いに乗りそうなモニカを止めようとする声ではあったが、その根底にあるのはモニカを心配し、冷静さを取り戻させようとする声。


 モニカは兜の隙間に見えるオリビアの目を見返し、しっかりと頷く。

 息を吐き、のぼせた思考を冷やす。


 魔族の要求を呑むという事は、人族からすれば裏切りとも取られる行為。

 状況は違えど、かつて魔族の手先だと嫌疑を掛けられた事もある。


 それにこの要求を呑めば、近いうちにこの魔族が資料を持って再度やってくる。

 その時に、再び魔族侵攻に発展する可能性は低くはない。


 今回の魔族侵攻の脅威は高くなかったものの、次も同じとは限らない。

 同じだとしても、続けて起これば世情は暗く、疲弊する。


 自分の勝手な都合で、もう一度の魔族侵攻を容認することは出来ない。

 モニカは魔族を見つめ、その判断を告げる。


「分かった。だが、資料の受け渡しを急ぐつもりはない」

「なに?」


 モニカの言葉に、魔族は眉を顰める。

 彼女の決断は魔族にとって半分は納得、半分は不可解なものだった。


 彼女が要求を呑むことは魔族も予想していた。魔物化の魔法に固執するモニカが、その解除のために重要な情報をみすみす逃すはずがないと。


 しかし、その情報の入手を急がないというのは予想していなかった。固執具合から、少しでも早く“魔法解除”に漕ぎ着けたいのだろうと思い込んだ。


「たびたび来られると迷惑だ」

 魔族の表情に浮かんだ疑問に、モニカは答える。


 魔族の存在はそれだけで、人族の領域で魔物の活性化に繋がりかねない。

 それは魔族が敵意を持って侵略しているからと考えられている。


 もし資料の受け渡しのためだけとはいえ、人族に対して明確な敵意を持っているこの魔族が再び現れれば、また人族の世情に混乱が生じる。


 魔族が周期的に人族の領域を侵すことは止められないが、それをモニカたちの私情で招くわけにはいかない。


「いつもどおり四十年先でも五十年先でもいい。

 資料はその時で構わない」


 資料の受け渡しは次回の魔族侵攻の時。

 そう約束を取り交わすことで、不要な混乱を避けることが出来る。


 確かにモニカは少しでも早く魔物化の魔法を解除する方法を手に入れたい。

 しかしそのために人族の平穏を搔き乱したくはない。


「……分かった。だが、私には時期についての決定権はない。

 いつになっても、文句は言うなよ」

「それでいい」


 魔族側の事情など、モニカには知る由もない。

 知ろうとすればエステルと交流を深めるしか無いが、今のところ警戒しかされていない彼女とは、向き合うところから始めなければならない。


 ともあれ、話はまとまった。

 ここでの戦いはこれで終息となる。


 十分に気力を取り戻した魔族は、自然な動作でサーシャの“魔法阻害束縛”を取り払い、くたびれた様子で膝に手を突きながら立ち上がる。


 努めて冷静に応対したモニカだが、始めから話せる情報が中途半端でありながら勿体をつけていた魔族に対して思うところはある。


「そうだ。最後に一つ、伝えておく」

 なので、軽い意趣返しを仕掛ける。


「なんだ?」

 土埃を払いながら無関心に応じる魔族に、モニカは爆弾を落とす。


「魔物化の魔法。

 あれを解除した者はいるよ」


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