魔物化の情報 一つ目
モニカ側の一元視点となります。
魔族との交渉。
魔物化の魔法についての情報を聞く代わりに、こちらからも情報を提供する。
さっきまで会話をするのも億劫という態度が一変した魔族に、モニカは自分たちの優位を感じ取る。
魔族はサーシャに敗れ、魔王はモニカに敗れた。
戦況は既に決着と言って良いくらいに傾いている。
この状況下で魔族が提示した条件を飲む必要は無いとも考えたが、物知り気なこの魔族から得られる情報は軽視すべきではない。
少なくとも、これだけ会話ができる魔族との出会いは、特殊な状況のエステルを除けば他にはない千載一遇の機会。
モニカが欲する魔物化の魔法について。
魔族が口を開く。
「まず、前提を擦り合わせる。
貴様の言う魔物化の魔法は、約三百年前に使われたもので間違いはないか?」
三百年前、モニカの認識とも一致する年数。
コクリと頷き、肯定を示す。
「分かった。
まず、私が知っているのは当時に書き記された資料を読んだからだ。
私の知る限り、現在この魔法を使える者はいない筈だ」
魔族の言葉が確かなら、新たな犠牲者が出ることは無い。
しかし魔法に優れた魔族でも使える者がいないという事実を訝しむ。
「使える者がいない、と言うのは?」
「言葉通りだ。魔法構築の難しさもあるが、有用ではなかった」
“有用ではなかった”
その言葉に、モニカは顔を顰める。
彼女にとって魔物化の魔法は、かけがえの無い大切な人を奪った魔法だ。
それが有用かどうかの尺度で語られる事は、決して気持ちのよいものではない。
「有用ではない、とは?」
それでも、この機会を逃すわけにはいかない。魔物化の魔法が何であるか、そもそも何故作られた魔法なのかすら分かっていないのだから。
「この魔法は元々、勇者を魔物にすることで使役か隔離、あるいは貴様らを混乱させることを目的に作られたものだ。
しかし、この魔法ではその目的を果たせなかった」
魔族は淡々と語る。
そこに目的を果たせなかった悔しさは感じられない。
「勇者を魔物に変えることには成功した。
しかしそれで勇者は止められなかった。
“念話”で話していた者が最後に聞いたのは同胞の叫び声だ」
“念話”はそこで途切れ、そして誰も戻らなかった。
それが示す結論は敗北と失敗。
「魔物化の魔法を開発した者も戦いに赴いていた。
彼は戻らず、彼が残した資料だけが残された」
魔族はそこで一拍置く。
ここまで話せば分かるだろう、とモニカを見据える。
口を閉ざした魔族を見て、モニカは情報を整理する。
今まで得られなかった情報を、一片たりとも溢すわけにはいかない。
「……現状、魔物化の魔法が使える者、あるいは正確に理解している者はいない、という事か?」
「そうだ。有用でないという理由もあるが、その構成が再現できない。魔物化の魔法の構成――」
「――ちょっと待って」
話を続けようとする魔族を、モニカが制止する。
口元に手と当て、少し思案する。
一人で聞き続けてもいいが、理解が追いつかない可能性が出てきた。
特に魔法についての考察までするとなると、自分だけでは心許ない。
「サーシャ、ちょっと来て。オリビアはそっちを見張ってて」
「はーい」
魔王の仮面の調査をしていたサーシャを呼ぶ。
魔法に関しては彼女の方が鋭い。
それに対して、魔族も声を上げる。
「なら、こっちの質問にも答えろ」
そういえば、魔族も聞きたいことがあると言っていた。
始めは話をするのも嫌がっていたのに、どういう心境の変化だろうか。
今はまだ、と突っ撥ねてもいいが、ここで話を切り上げられても困る。
かといって質問に答えすぎて、逃げられても困る。
「……なに?」
ひとまずは質問の内容を確認し、すぐに答えるかどうかは考える。
「貴様らはいつから生きている?」
「…………」
思わぬ魔族の問いに、モニカは沈黙する。
その質問の意味するところ、そしてそこから派生する情報に思いを巡らす。
『いつから生きている?』という質問は、この魔族がモニカたちを普通の人族ではないと疑っている事になる。
兜で素顔が見えないオリビアを除けば、モニカは二十代前半、サーシャは十代中頃と判るが、それでも魔族は敢えてそう問うてきた。
何か確信をもって、モニカたちの異常に気付いている。
恐らくは先程サーシャと何かがあった。
魔族に馬乗りになっていたサーシャ。
モニカの呼び掛けで振り返ったとき、その顔に喜色を浮かべ少し紅潮していた。
魔法頼りの魔族を相手に、サーシャが顔を赤らめるほど激しい戦いがあったとは思えない。また、戦いを楽しむ性格でもない。
考えられるとすれば魔法に関する事。
人族よりも遥かに高い魔法技術を持つ魔族と、魔法について一悶着あったか。
その時に魔族に年齢を疑われる発言をしてしまった可能性はある。
この魔族は戦闘においては脅威でないが、対話においては油断ならない。
一の情報から十の可能性を導き出すように、あらゆる推論を立て考察してくる研究者のような目をしている。
この手の相手に下手に嘘をつけば、嘘を見抜かれ逆にその嘘から真実に辿り着かれる恐れもある。
であるなら嘘はつかず、しかし最低限の答えでやり過ごす。
「……大体、三百年前」
「魔物化の魔法と同時期か……」
この答えから新しく得られる情報は少ないだろう。
魔物化の魔法を掛けられた身内がいると、すでに答えているのだから。
この魔族は恐らくその話を信じていなかった。
だが今の答えで確信を得て、そこからさらに推論を広げていくのだろう。
「モニカ」
サーシャが傍に来た。
どうやら仮面を外すことは出来なかったようで、手には先程から握っている短剣だけがある。
「話の続きを。
魔物化の魔法の構成が再現できないところから」
魔族から次の質問が飛んでくる前に話を戻す。
魔法の構成と聞いて、サーシャも心なしか表情を引き締めた。
対する魔族は諦めた様に溜息を吐いた。
少ししか質問に答えてもらっていない不満があるのだろう。
「……まぁいいだろう。
魔物化の魔法の構成について、私が知っている事を話す」




