駆け引き
ケービット側の一元視点となります。
洞窟の奥から姿を見せた神官と勇者。
神官の手に掴まれているそれは、紛れもなく魔王。
腕を掴まれて引き摺られているその様は、完全な敗者。
体は完全に脱力し、機を窺っている気配すらない。
対する神官は、衣服がところどころ引き裂かれ、その下の皮膚が見えているが、それ以外に目立った外傷もなく、ほぼ無傷で魔王を制圧したものと取れる。
勇者が援護に入ったか、あるいは魔王を仕留めたのは勇者か。
順当な答えが頭に浮かんで、ケービットは否と自分の考えを否定した。
魔王の倒したのはこの神官だ。
勇者は何もしていない。
そう感じたことに、何か理由があったわけではない。
しかし、直感がそう告げている。
この神官がまともではない事を知っている。
戦い方も、その気配も、異質さを隠せてはいない。
魔王を一人で相手取った行動も、考えてみればおかしい。
そして、神官が一人で魔王を討ち取ることは異常と言える。
何食わぬ顔をしている神官が、ケービットには恐ろしいものに見えた。
自分を打ち倒した戦士と同様に、何か得体の知れないモノなのでは、と。
引き摺っていた魔王を手放すと、神官はケービットに跨る戦士に歩み寄る。
戦士もケービットから腰を上げて立ち上がり、神官に近寄った。
「サーシャ、やり過ぎてないか?」
「大丈夫、ちゃんと手加減したよ」
そう返す戦士の頭を、神官はよしよしと撫でる。
その様子はまるで母と娘のよう。
「じゃあ、あの仮面が取れるか試して。力づくは無理だった」
「分かった」
こくりと頷き戦士は魔王のもとへ近付く。
勇者は戦士に付き添う。
それを見送った神官は、“魔法阻害束縛”に捕らわれたケービットのもとへ。
「さて、話の続きを聞かせてもらう」
相変わらず神官はケービットに対して脅威を抱いていない目を向ける。
それがどこまでも彼を不快にさせる。
しかし、今のケービットには戦う力がない。
“魔法阻害束縛”を突破するだけの魔力すら放つことが出来ない。
「魔物化の魔法か……」
ケービットの言葉に、神官が頷く。
神官はずっとこの魔法について知りたがっていた。
魔法を掛けられた身内がいるというのも、あながち嘘ではないのかもしれない。
なら、魔法の情報を材料にすればこの場を切り抜け、命は繋がる。
そのための展望を頭の中で描き出す。
ケービットが知る魔物化の魔法に関する情報は多くない。
その少ない情報をどう活かすか。
現状、ケービットはこのままでは終われない。
たとえ命が繋がったとしても、帰る場所が、立場がない。
元老院の決定を無視し、半ば強引に動いたケービット。
彼の所属する派閥の人員、そして若者二人を使い潰してしまった。
ここでただ生き延びたとしても、元老院の一員としての立場どころか、罪人として処罰される可能性も高い。
戻るならせめて成果がいる。
生き延びることと成果を両立させなければならない。
有用と判断される成果。
過去の事例から考えれば、それは情報。
勇者の情報を持ち帰った者は、元老院に迎え入れられて来た。
勇者が神の御使いではない事、一人である事、不老不死ではない事など。
得られた情報を基に、これまでの侵攻は計画されてきた。
情報を持ち帰る事は、土地を取り戻す事の次に大きな成果。
そして今、ケービットは一つの情報に手が掛かっている。
元老院が欲しがる、勇者についての最新の情報。
勇者は不老不死ではない。
殺すことはできるし、老いることも確認できている。
過去に得られたこの情報を前提に、元老院は侵攻の周期を調整してきた。
勇者が老いた頃、あるいは誕生した頃を見計らうことで、優勢を保つために。
しかしもし、前提が間違っていた、あるいは変わっていたとしたら。
勇者は少なくとも、老いることがなくなっている、としたら。
元老院の方針を大きく変える一手になる。
その情報を確かなものとするため、神官を利用する。
神官が欲しがる情報を餌に、ケービットも必要な情報を集める。
劣勢である彼が交渉の余地を生むために、まず言っておくべきこと。
「話しでもいいが、条件がある」
束縛魔法で大きく体は動かせないが、どうにか上体を起こし座する。
決して弱気な態度は見せず、あくまで強気を装う。
従順な敗残者ではないと態度を示す。
ケービットの態度に、神官は傲慢に振舞うことはせず素直に頷いてみせた。
その頷きが受容か話しを促すものかは分からないが、ケービットは続ける。
「こちらも聞きたいことがある。それに応じるのなら、話してもいい」
「……分かった。でも先にこちらから聞かせてもらう」
神官の言葉に、ケービットは素直に首肯する。
強気な態度は別として、下手な反発は状況を拗らせる危険がある。
ケービットにとって、確認すべきことはただ一つ。
勇者が不老であるかどうか。
それ以外は、余裕があれば確認しておきたいという程度。
焦る必要はない、この場を脱する策も既に思いついている。
「魔物化の魔法についてだ」
神官の望みは情報を得て、その魔法を解除すること。
ケービットが知っている情報は多くない。
かつての開発者が書き残した資料を読んだだけの知識。
持っている情報すべてを話すわけにはいかない。
しかし、話す情報があまりに少なすぎてもいけない。
ケービットが持つ情報の有用性、正確性を神官に理解させつつ、神官が満足しきらない程度に情報の流出を抑える。
その匙加減を、ケービットは神官の反応から見定めなければならない。
神官が満足してしまえば、彼の価値がなくなってしまうのだから。
ケービットは自身が持つ情報を頭の中ですばやく整理し、少しずつその情報を開示し始めた。




