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魔王制圧

 魔王との会話は不可能。

 そう判断したモニカは、魔王の意識を奪うことに専念する。


 魔王に攻撃を当てることはとても容易い。

 魔王の間合いに入り、迎撃に対して反撃する。


 攻撃一辺倒の魔王は防御行動を取ってこない。

 それが広間に誘うための行為だとしても、良策とは思えない。


 杖に魔力を込めなおしたことで、聖属性の杖が纏う光が強くなる。

 それは光の魔力の強さを表し、魔王は警戒するように僅かに体を丸めた。


 このまま魔王の間合いに足を踏み入れれば、これまでと同じように迎撃するだろうか。いや、恐らくはしてこない。


 初めの奇襲を迎撃して以降、モニカは杖に魔力を込めずに反撃していた。

 それは杖の光り方を見れば一目瞭然だった。


 だから魔王も、反撃されることを厭わなかった。

 しかし、杖に光の魔力が込められた今は状況が変わったと言っていい。


 光の魔力、魔法は、魔族にとっての弱点。

 長い寿命、高い生命力や身体能力、魔法に対する防御力を持つ魔族の痛点。


 それが今、杖にたっぷりと込められている。

 一度や二度は耐えられても、それ以上となると敗北の色が濃い。


 受けるわけにはいかない。

 そう決意するように、魔王は確かな変化を見せる。


 間合いに踏み込んでくるモニカに対して、魔王は腕を振るう。

 狙いは頭や胴ではなく、杖もしくは杖を握る手。


 フェイントも何もない真っ直ぐな狙いはあまりにも分かりやすく、モニカは後ろに退くことで魔王の間合いから逃れる。


 しかしそこに、魔王の蹴りが伸びてきた。

 今までに無かった魔王の新たな挙動に虚を突かれるが、冷静に杖を構える。


 その闇の魔力が篭められた蹴りを杖で受け、体ごと反らせて衝撃を逃がす。

 しかし魔王は追撃を重ねる。


 拳、蹴り、掴みと、容易く反撃を受けていた時とは打って変わっての攻勢。

 そのどれもが闇の魔力を纏っており、掠れば魔力障害を免れない。


 モニカはそれらを杖で受け流し、時に身を翻して回避するも、全てを捌ききることが出来ず、防戦の果てに杖を握る手の甲に魔王の爪が引っ掛かる。


 どんなに小さな傷であっても、そこから侵入するのは魔王の闇の魔力。

 それは強力な呪いとなって、モニカの体を蝕む。


 ――本来であれば。


 魔王は知らなかった。目の前の神官は、自分と同格として選出されたもう一人の魔王の闇の魔力を、一瞬のうちに治癒できるほどの回復魔法を使えることを。


「“属性治癒エレメントヒール”」

 症状が出るよりも先に、モニカは魔法で魔力障害を治癒する。


 それに気付かず、確かな一撃に勝利を確信していた魔王は攻撃の手を止めた。

 その隙を見逃すような甘いモニカではない。


「ッ!?」

 小さく動いたモニカの手に、魔王はかろうじて反応した。


 上体を後ろに反らし、下から振り上げられた杖をすれすれで躱すが、杖に込められた光の魔力の影響は免れない。


 熱した鉄に触れずともその熱を感じるように、杖に帯びた光の魔力は周囲に拡散し影響を及ぼす。


「ッッ!」

 急な眠気に襲われるように、魔王の思考が飛び掛ける。


 歯を食いしばってどうにか耐え、視線だけをモニカに合わせる。

 だが、その目に映ったのは杖を振りかぶるモニカの姿。


 迎撃と防御を諦め、後ろに飛び退こうとする魔王をモニカは逃さない。

 杖を右手だけで握り、左手で魔王の右腕を掴み取る。


 強い力で握り潰されそうになる腕を咄嗟に振り払おうと、魔王が意識を右腕に移した瞬間、その左頬に光の魔力を帯びた杖が叩き付けられる。


 光の魔力と物理的な衝撃が魔王の意識を激しく揺さぶり、膝から力が抜ける。

 すかさずモニカが魔王の足を払い、地面に転がした。


 受け身も取れずに仰向きに倒れ、頭と背中を地面に打ち付けた魔王にモニカは追撃とばかりに、光の魔力を込めた杖を魔王の額にそっと触れさせる。


 叩き付ける必要もない。

 確信があった。


 魔王の体が一瞬ビクッと震え、そして脱力する。

 光の魔力による魔力障害が魔王の意識を完全に刈り取る。


「ふぅ……」

 魔王の制圧を見届けたモニカは、安堵したように一息吐く。


 戦闘技術が拙くとも、魔王の闇の力自体はモニカを十分に戦闘不能に追いやるだけの威力を持っていた。


 “属性治癒”が無ければ、あるいは“属性治癒”が追いつけないほどの連撃を受けていれば、魔王はモニカを制圧できていた。


 モニカに一撃を入れるだけで満足してしまった事が、魔王の敗因である。

 そしてモニカも魔王の戦い振りから、そうなることを予想はしていた。


 しかし魔王が油断せずに猛攻を続けていたらと思うと、少しでも早いオリビアの合流を願わずにはいられなかった。


「あら、もう終わったの?」

 静かに肝を冷やしていたモニカに、そんな声が投げかけられる。


 振り返れば、オリビアが兜越しに頬に手を当てながらこちらを見ていた。

 それほど消耗した様子はなく、魔族の攻撃も余裕をもって対処できたのだろう。


 オリビアが余裕という事は、サーシャにも被害はないだろう。

 この聖騎士が本気で防御態勢に入ってしまえば、そうそう抜ける攻撃はない。


 そしてこちらにオリビアが来たという事は、サーシャもすでに準備を整え、あの魔族の制圧に掛かっている、あるいはもう制圧しているかもしれない。


 あの魔法ばかりの魔族は、おそらく魔王のように近接戦闘はしてこない。

 であれば、魔法の癖をサーシャに看破された時点で勝ち目はない。


「終わった。戻ろう」

 心配する必要はないのだろうが、早めに戻ることにする。


 魔王の腕を掴み、引き摺りながらオリビアの方へと歩みを進めるモニカ。

 そんなモニカの状態を、オリビアはすばやく確認する。


(闇の魔力の侵入はなし、あるいは治癒済み。問題はなさそうね)

 モニカの無事を確認し、兜の下で安堵に口元を緩める。


 心配する必要がないと分かっていても、心配してしまう。

 それは信頼していない事とは直結しない、親愛の情ゆえの行為。


 モニカがサーシャを心配するように、オリビアもモニカを心配している。

 ただ、モニカがあまり自分を心配してくれていないような態度をとるので……。


「私の心配はしてくれないの?」

 つい試すような事を言ってしまった。


 それに対する答えはきっと冷めたものだろうと予感する。

 あるいは無言で拳骨が飛んでくるか。


「いつもしてる。

 あと、いつもありがとう」


 そう言って、さっさとオリビアの横を素通りしていくモニカ。

 それをオリビアは呆然と見送る。


 態度こそ淡白だが、モニカは気持ちを偽ったりしない。

 少なくとも言葉にした気持ちに嘘はない。


 つまるところ、さっきの言葉は紛れもないモニカの本心であり、モニカもオリビアのことを大切に思っているという事。


 その事を本心で疑っていたわけではないが、はぐらかされずに直接言葉で伝えられると、込み上げてくる感情もある。


「~~~~……」

 声にならない声が、兜の中に響いた。


 自分で訊いておいて、今その返しが来るのは反則だと思ってしまう。

 この動揺が悟られないように慌てて呼吸を整えてから、モニカの横に追い付く。


 珍しく聞けたモニカの素直な気持ちに、戦いの最中だというのに嬉しくて頬が緩んでしまっているが、兜のおかげでばれていないだろう。

モニカ 「(サーシャ)の前だとなかなか言えない……」

オリビア「言ってよ」

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