魔法の刻印
引き続きケービット側の焦点です
ケービットに馬乗りになり、勝利を収めた戦士。
しかし束縛魔法をかけた後も、どこか不満げな表情を浮かべている。
ケービットに目立った外傷はなく、“治癒”で回復できている。
しかし自慢の魔法は通用せず、一方的に受けた暴力で意気消沈してしまった。
「これ……」
そんなケービットに、戦士が何かを見せてくる。
彼の目に映ったそれは、彼が持っていた短剣。
刀身には魔法文字を刻まれており、魔力を流しながら切りつければ火の魔力障害を引き起こす威力があり、なおかつ魔法の発動を阻害する付与もある。
落としたと思っていたが、戦士に回収されていたようだ。
いまさら魔法文字が気になるのか。
「魔法文字を使う戦い方、一般的なの?」
戦士の質問に、ケービットは首を横に振る。
もう抵抗することも、不遜に振舞う気力もない。
ただ問われたことに大人しく答える。
「それは勇者への対抗手段として、私が四十年前に考案したものだ……。
本来は闇の魔法の汎用性を高めるためのものだが、他の魔法でも使える」
ケービットの答えに、戦士は目を見開いて驚く。
「あなたが……これを……」
四十年前と聞けば、まだ二十にもなっていない小娘でも思い当たるのだろう。
前回の侵攻、勇者を大きな痛手を与えた戦いのことを。
ケービットは参加することが出来なかった過去の戦い。
優秀な研究者であったケービットは後世のために残るべきとの判断が下った。
当時の戦いではケービットが考案した魔法文字を刻んだ武具の使用が予定され、彼も戦いに勇んでいた手前、その決定には殴られたような衝撃を受けた。
その戦いにおいて、ケービットが作り上げた魔法文字を使った戦術は、勇者一行に対して大きな痛手を与えることが出来たと連絡が届いた。
「勇者の負傷は、貴様でも知っているようだな……」
最大戦力である勇者に大きな傷を負わせた戦いの話は、そう簡単には立ち消えない筈だ。
例えその戦いが敗北に終わろうとも、攻めてくる相手がいかに強大で恐ろしい存在であるか、それを知らしめることは次世代の戦いで必ず優位に働く。
今回は完膚なきまでの敗北と言える終わり方でも、爪痕は残す。
――ここで終わるつもりはない
こうして情報を話しているのも、恐怖の種を残すためと時間稼ぎだ。
今も姿を見せない魔王は、おそらくまだ勇者と神官を相手取っている。
魔法が主体のケービットと違い、魔王は魔獣の特性を生かした近接戦が主体。
勇者の防御魔法すらあっさり破壊する攻撃力と俊敏性は、必ず勇者か神官のいずれかを捉えるだろう。
そうなれば、その傷口から闇の魔力が入り込み、闇の魔力障害を起こす。
四十年前の戦いで、勇者を瀕死に追いやった闇の呪いを。
「……そっか」
呟く戦士の表情は、どこか虚ろだった。
――恐ろしいか?
その短剣も、戦士を瀕死に追いやるには十分な代物だ。
しかし戦士の心境は、恐怖などではなかった。
「あなただったんだ。
魔法文字を刻印するあの戦い方を考えたの」
どこか懐かしむように遠い目をして、薄く笑っていた。
それがいかなる感情からくる表情か、感じ取れないことがまた恐怖心を煽る。
思えば、この戦士は魔法文字自体に関する質問はしなかった。
魔法文字の刻んだのは誰か、意味は知っているのか等、魔法文字のことは事前に知っているようだった。
その時点では、魔法文字の研究がされているだけかと思っていた。
魔法文字自体は詠唱を必要とする者たちにとって有用な技術であるため。
しかし、いま戦士はこう言った。
『魔法文字を“刻印する”あの戦い方』と。
今回の戦いにおいて使われた魔法文字は、仮面に刻んだ物と短剣に刻んだ物。
そのどちらも、あくまで魔法を補助する目的であり、勇者一行に直接振るわれたものでは無い。
いうなれば、魔法文字を“使った”戦い方である。
しかし、ケービットは“刻印する”戦い方に覚えがあった。
勇者には元々、魔法に対する高い耐性が備わっている。
その上勇者の仲間には神官や聖女といった回復魔法を得意とする者がいた。
武具に魔法文字を刻み、魔力障害を誘発する戦い方は、そういった回復魔法を得意とする者が使う“属性治癒”により対処されてしまう。
それを妨害するための方法として魔法文字を利用した。
火の魔法文字を使い、斬撃や打撃と同時に焼き鏝のように勇者たちの体に魔法文字を刻印する戦法として。
傷口から闇の魔力が入り、その上魔法文字による闇属性強化、これにより闇の魔力障害を併発させた上、魔法の発動を阻害する魔法文字を直接焼き付けるにより、回復自体を阻止する。
そして回復が遅れるほど、魔力障害による被害は大きくなる。
命が助かったとしても、その後遺症が長く続く。
そういう戦い方を考案し、四十年前の戦いで実用された。
それが、魔法文字を“刻印する”戦い方。
しかし、なぜこの戦士はそれを知っている。
そして魔法文字を刻印する“あの”戦い方、という言い方にも違和感がある。
「あれは……四十年も前だぞ。貴様のような小娘が……なぜ……?」
そんなケービットの疑念と混乱を、ぽつりぽつりと話し出す戦士の言葉が一層強めていく。
「深く焼き付いた魔法文字って、全然取れないんだよ……」
それはまるで実体験のような語り方。
「ずっとずっと長い間、魔力障害で体中が千切れるくらい痛くてね……」
思い出したように、腕や腹を擦っている。
「本当に苦しかったんだよ……」
自分の肩を抱くように体を縮こませて震えている。
こんなまだ幼さの抜けきらないような少女が、さも四十年前の戦いを懐かしむように、苦痛を思い出すように語る理由に、気付いてしまった。
「き、貴様が……なぜ当事者みたいに語る? 貴様らは……まさか……」
(四十年前の戦いでも……、いや、もしかするとそれ以上前から?)
続く言葉が出てこなかった。
自分が相対していた敵が、常軌を逸した存在であると気付いてしまった。
ずいっと近づけられる顔から逃れることが出来ない。
高揚したように顔を赤らめ、少女とは思えない表情を浮かべている。
「ねぇ、もっと教えてよ。
私が知らない魔法、私が知らない技術。
あなたの研究してきた事、もっと聞かせてよ」
――怖い……ッ
顔が引き攣るのを抑えられなかった。
あの目が、この至近距離で自分を見ている。
全てを見透かすような目にすべてを、魂さえも抜き取られるのではないか。
(誰か、誰か私を助けろッ!)
この状況を自分で打破することが出来ないことは分かっている。
魔力が残っていても、気力が尽きていて魔法が使えない。
残った魔力を放出して“魔法阻害束縛”を脱しても、戦士からは逃れられない。
(そうだッ……あいつはまだかっ!? 早くここに戻ってこい!)
他力本願だとしても、本来前で戦うはずだった魔王の存在を求めてしまう。
視線を送った洞窟の奥。
神官が魔王を連れていき、勇者が後を追った先。
遠くから近づいてくる足音が聞こえた。
――来たっ! …………いや、これは……
魔王の足音でないことを察してしまった。
それは二組の足音と、何かを引きずるような音だった。




