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互いの矜持 サーシャ

いつもより遅くなりました。

申し訳ありません。


(追記)

今回はサーシャへの焦点になります。

 戦士サーシャは魔族の怒りの言葉を聞きながら俯いていた。

 それは怯えていたからでも、後悔しているからでもない。


 魔族がサーシャの言葉に激怒し怒号を飛ばしているのとは逆に、彼女は静かに怒りの感情を(たかぶ)らせていた。


 神官モニカが砕いた魔王エステルの髑髏の面、その内側の魔法文字を見てからというもの、その文字を思い出すたびに怒りが込み上げてしまう。


 魔法文字が悪いわけではない。

 魔法そのものが悪いわけでもない。


 髑髏の面の欠片には、びっしりと魔法文字が刻まれていた。

 恐らく面の内側の全体に隈なく刻まれていたと予想できる。


 その中には、人を操るような魔法を示す文字が含まれていた。

 あの髑髏の面を着けた人を言いなりにするための魔法が。


 人を操る魔法と言っても、その効果は多岐にわたる。

 気分を落ち着かせる鎮静の魔法も、広義では人を操るとも言える。


 しかし髑髏の面から読み取れた魔法は、気持ちを昂らせる魔法。

 それも異常に昂らせ、正常な判断ができなくなるほど強力な。


 もしかしたら、王城を襲撃してきた魔王は操られていたのかもしれない。

 そんな予想を裏付けるように、エステルが暮らしていた町での彼女の評判はすこぶる良かった。


 疑惑は確信に変わり、また怒りが込み上げてきた。

 ――人の意識を奪って、無理やり行動させるなんて……ッ


 サーシャにとって魔法は、養父ルーウェンとの大切な思い出の一つ。

 そして人を操る魔法は、養父を失う原因と言っていい。


 大好きな養父を奪い、大好きな養母らを泣かせた。

 そんな魔法を分かっていて使ったこの魔族を、絶対に赦せない。




「サーシャ……」

 隣から聞こえる、いつも勇者扱いされる聖騎士オリビアの声に、沸騰しそうな思考が引き戻される。


 魔族の方から強い魔力を感じる。

 熱、火、槍、――“火の槍”の魔法。


 俯きながら前に視線をやれば、魔族の右横に火の槍が作られていく。

 形作った槍を放たずに待機させる、人族には真似できない芸当。


 人族で普及している“火の槍”の詠唱は、射出までを一連に行う。

 それを途中で止め、維持する技法を人族は持ち合わせていない。


 それだけで目の前の魔族との、魔法への理解の差を思い知らされる。

(それなのに、どうしてあんな魔法を……)


 理解しているはずなのに、人の操る魔法に躊躇した様子は感じられない。

 この魔族はその効果を、意味を、結果を理解しながら使った。


 モニカとの実力差を理解した上で、怯えながらも必死に大切な人を守ろうとした優しいエステルに、王城を襲撃させて多くの人を殺してしまう魔法を使わせた。


 そこまで厳密な命令を下したとは思っていないが、その行動を取らせるに足るだけの魔法を髑髏の面に仕込んだのは間違いない。


 魔族侵攻は正々堂々の戦いではないのだから、どんな手段も禁じられていない。

 この魔族にとって、その魔法を使うことが有効だと判断しただけだ。


 それが気に入らないからと、サーシャが異を唱えても意味はない。

 意味はないが、認めるわけにはいかない。


 考え方が根本的に違うこの魔族とは決して分かり合えない。

 分かり合えないなら、意地を通すしかない。


「オリビア、ありがとう。もう大丈夫、行けるよ」

 魔族の魔法から守ってくれる養母に感謝を告げる。


「無理してない?」

「うん。モニカをお願い」


 もう一人の養母なら大丈夫だと分かってはいるけど、あちらも無理をしがちなので守ってほしい。


 籠手の具合を確かめるように拳を握る。

 ――問題ない


 人の心を無視するあの魔族を、殴り飛ばすに十分な武装。

 そして、養父が教えてくれた魔法がある。


「危なくなったら呼びなさい。すぐに来るわ」

「うん」


 養母の優しさに心が温かくなる。

 そして相対的に、今から対峙する魔族への冷たい感情が大きくなる。


 魔族に背を向けるオリビア。

 その行動に釣られ、魔族の視線がオリビアに釘付けになった。


 ――オリビアを狙ってる……、赦さない……

「“身体強化フィジカルリインフォースメント”」


 戦いの最中、誰が狙われても文句など言えるはずもないが、今のサーシャにとって自分の大切なものを奪おうとする行為はすべて怒りの対象となった。


 全身に魔力を巡らせ身体能力を向上させる。

 それを脅威と感じたのか、慌てた魔族は手元を狂わせ“火の槍”の射出を誤る。


 オリビアへの攻撃を妨害し、追撃の憂いはない。

 力いっぱい踏みしめた地面を蹴りだし、魔族に向かって突進する。


 “火の槍”で土埃が立っているが、狙いは定まっている。

 行先は魔族の横、“火の槍”が待機していた場所。


 衝撃と土埃で魔族の視界が閉ざされた瞬間に、一足で駆け抜けた。

 魔族はサーシャの姿を見失い、視線を土埃に向けたまま後退(あとずさ)った。


 そこでようやくサーシャの接近に気付いたようだが、もう遅い。

 構わず拳を引き絞る。


 人の心を無視するこの非道の顔面に、キツイ一撃を見舞ってやる。

 踏みしめた足をバネに、魔族の顔に拳を突き出す。


 ――魔力が……

 魔族の魔力が動き出す。


 ――これは……“物理防御壁”

 この魔力の動かし方は間違いない。


 この魔族が魔法を使う様子は何度も見た。

 この動かし方は“物理防御壁”を構成する時の魔力の動きや変化。


 詠唱も発声も必要としない魔族でも、魔法の発動は一瞬ではない。

 魔法の発動を意識する前には、既に魔力が変化し始めている。


 他者の魔力の変化は、熟練の魔法使いでも到底感じ取れないし、サーシャも一度や二度で正確に感じ取ることは出来ない。


 それでも回数を重ね、注意深く観察し続けることで確認できた。

 この魔族の、魔法を使う時の魔力の変化を、癖を。


 魔族の使う魔法、そして魔力の変化はとても自然で美しい。

 無駄がなく、ムラもなく、丁寧かつ迅速に構成されていく。


 この魔族は特にそれが顕著だ。

 魔法に対する想いが強いせいか、魔法をとても綺麗に使ってくる。


 冷静にこちらを追い詰めようとする時も、怒りに任せて放った時も、魔法の構築に乱れはなく、全く同じ様子で魔力を動かしている。


 一番良く見た“火の槍”でなくとも、“火の槍”を使う時の魔力操作の癖から、他に使おうとしてくる魔法は絞ることができる。


 加えてその魔法が人族にも普及している魔法なら、なおさら分かりやすい。

 だからこそ、この不意打ちは成功する。


 “物理防御壁”

 物質的な干渉を防ぐための防御魔法。


 魔力に硬度を与え、耐久を高め、面に広げて展開する。

 流れるような魔族の魔力の変化を、途中で解きほぐす。


「“魔法解除キャンセレーション”」

 魔族が展開しようとしている魔法を先回りして解除する。


 魔族の意識下では、間違いなく“物理防御壁”は展開されたのだろう。

 眼前に迫るサーシャの拳に対して、目を瞑ったり顔を背けるといった反応がまったく出来ていない。


 サーシャの拳を阻むものは何もなく、まっすぐに魔族の顔面に吸い込まれ、魔族を地面に殴り倒した。


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