互いの矜持 ケービット
戦士に対する警戒度を勇者以上に引き上げるケービット。
長期的に見れば勇者の存在は厄介だが、短期的には戦士へ警鐘を鳴らしている。
(この戦士を先に始末するにしても、やはり勇者が邪魔だな……)
戦士は防御の堅い勇者に守られている。
戦士への攻撃に対して、勇者は必ず反応してくるだろう。
ケービットの魔法は十分な攻撃力を備えているが、それでも勇者の防御魔法を打ち破るには手数がいる。
そして今警戒している戦士は、ケービットの魔法に強い反応を示してくる。
ケービットの直感が、これ以上戦士に魔法を見せるべきではないと告げている。
だが、彼には魔法以外の攻撃手段がない。
短剣は持っているが、魔法研究者として生きてきた彼は近接戦闘が不得手だ。
――どうする……
突破口が見えない。
「あの……」
思案するケービットに、戦士が声を掛けてくる。
「……なんだ」
「私も聞きたいことが……ある」
――何なんだ?
勇者、神官に続いてこの戦士まで、今日はペースを乱してくる。
しかし光明が見えた。
戦士が話をしたいというのなら時間を稼ぐことが出来る。
神官を退けた魔王が、二人を背後から襲撃すればいい。
魔王は魔法よりも近接戦闘向きで、勇者の防御魔法も容易く突破できる。
「いいだろう、話してみろ」
余裕をもって対応するケービットに、戦士は腰の雑嚢から取り出した物を掲げる。
小さいうえ、遠目でほとんど見えない。
近付いて確認するべきか、投げさせるべきか。
「これ、一年前に来た魔王が着けてたお面のかけら。
さっきの人が着けてたのと同じもの」
戦士が口で説明する。
なるほど、とケービットは頷く。
(差し当たって聞きたいのは、魔法文字のことか。
何が書いてあるのか知りたい、と?)
戦士は魔法に対する反応が鋭い。
魔法文字に興味を示すのも当然か。
一年前に使った仮面と、魔王が着けている仮面に書かれた魔法文字は厳密には異なる。破片になっている仮面の方は、破壊衝動がかなり強くなるものだ。
その内容について教えるなら、かなり時間を稼ぐことが出来る。
(嘘を交えて恐怖も煽り、ゆっくりと話をしてやろう)
そんな思いを巡らせるケービットに戦士が質問を投げかける。
「このお面に、こんな魔法文字を刻んだのはあなた?」
戦士の言葉に、ケービットは違和感を覚える。
――こんな?
それはまるで、魔法文字の意味を理解しているかのような発言。
(悪鬼の間でも、魔法文字の研究がされているのか?
魔法の才に恵まれなかった者の末裔が、我々と同様の研究を?)
それを素直に認めるべきか、それとも諫めるべきか。
(いやそもそも、その質問に何の意味がある?)
「そうだ。
私が刻み、あの者らに着けさせた。それがどうした?」
話を進め、意図を確認する。
「……文字の意味を、ちゃんと分かってる?」
重い声を絞り出すような戦士の態度と言葉は、ケービットの気分を害する。
その言葉はまるで、ケービットを無知と謗るように聞こえた。
研究者として今の地位を確立した彼にとっては、これ以上ない侮辱だ。
「言葉に気を付けろ。誰に向かって言っている?」
声音を低くし、威圧するように睨みをきかせる。
今すぐにでも、この戦士を消してしまいたい。
そんな衝動をどうにか抑えつつも、こみ上げる怒りに頭が熱くなる。
「……分かってて、こんな魔法文字を使ったの?
こんな……人の心を無視して操るような魔法を……ッ」
「それがどうしたと言うのだッ!」
なおも発言を繰り返す戦士に、ケービットは我慢できなくなった。
戦士の声を掻き消すように声を荒立て、怒りを露にする。
仮面に刻んだ魔法文字の意味を刻んだ本人が知らない筈はない。
それを確認するというとは、知らないかもと思っているに等しい。
それは赦せない。
その認識は断じて見逃せない。
「私が自ら考え、自ら刻んだ魔法文字だ。
その内容を私が知らない筈がないだろう」
ケービットは断言する。
そして、戦士に対する警戒心より怒りが勝った。
“火の槍”
怒りの感情のまま形成されたそれが、戦士を狙って放たれる。
「“魔法防御壁”」
勇者の魔法で防がれるが、やはり一撃で罅が入る。
すぐに修復されるが、その隙は決定的な弱点だ。
完全に修復する前に二本目を受ければ、“魔法防御壁”は砕ける。
それを思い出してしまえばなんということは無い。
戦士への懸念など、もうどうでもよくなった。
妨害魔法ばかりの戦士に、一体何ができるというのか。
考えてみれば戦士の魔法で自分をどうにか出来るはずがないのだ。
戦士が使っていた“魔法阻害束縛”は許容を超える魔力で破れる。
“魔法解除”は発動した魔法を解析してから解除するため時間がかかる。
この状況下において、戦士の魔法はあまりにも無力。
であれば、後は勇者のみ。
“火の槍”の連続射出を、勇者は魔力を継ぎ足すことで耐えることが出来る。
しかしそれも勇者の魔力が尽きるまでの間だけだ。
力押しで制圧できるくらいに、彼我の魔力量の差は大きい。
何よりあの戦士は自分で手を下さなければ我慢ならない。
ケービットの言葉を聞いた戦士は俯いたまま動かない。
自分の愚かな発言に後悔しているのか。
隣にいる勇者の様子から、何かしらの会話がある事は分かる。
しかし、それはもう些末なことだ。
今更戦士の発言は取り消せないし、させる気もない。
どう取り繕おうと、赦す選択肢はない。
あの戦士はたっぷりと痛めつける。
そして絶望させてから始末する。
まずは勇者だ。
防御魔法が破れ、剥き出しになった勇者を“火の槍”で沈める。
後は戦士だ。
その勘違いしたおめでたい思考に後悔するまで、何度も痛めつける。
――残酷な死を
怒りに染まり、戦士への暴力的な思いが募る中で決意した。
だが、またしても勇者がその決意に水を差す行動をしてくる。
展開していた“魔法防御壁”を解いた。
――何のつもりだ?
ケービットの魔法に対する防御を自ら捨てる理由が分からない。
そしてあろうことか勇者はケービットに背を向け、魔王と神官が消えていった方へと歩みを進めていく。
まるで自分が相手にされていないかのような錯覚。
それがケービットをさらに激昂させる。
“火の槍”
勇者の無防備な背中に狙いを定める。
――ッ!?
しかしその瞬間、肌が疼くような感覚に襲われる。
言いようのない悪寒で狙いが外れ、“火の槍”はすぐ近くの壁に衝突した。
舞い散る土埃が勇者と戦士の姿を隠す。
――まずいッ
その隙に乗じた突進を警戒し、少し距離を取るように後退――
――……右下っ!?
視界の隅に映り込む、無骨な岩肌とは違う色彩。
拳を振り抜いてくる戦士がすでに接近していた。
だがまだ間に合う。
“物理防御――”
自分と戦士を阻むように“物理防御壁”を展開――
「“魔法解除”」
小さく聞こえた戦士の声。
それを聞いたケービットは、次の瞬間には天井を仰ぎ見ていた。




