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ケービットの誤算

 神官を狙う魔王の攻撃と、ケービットによる攻撃魔法。

 それに対する勇者一行の行動は、まるで気付いていたかのように円滑だった。


「“物理防御壁マテリアルシールド”」


 先に唱えた“魔法防御壁”と逆方向、神官と魔王の間に作られる幾何学模様。

 ほぼ同時とも思える二種類の防御魔法が、魔王の爪と“火の槍”を防ぐ。


 追撃を考えていなかったケービットの攻撃は止まるが、魔王は違った。

 防がれた爪をさらに立たせ、勇者の“物理防御壁”に食い込ませる。


 岩にも食い込む魔獣の爪の特性を遺憾なく発揮し、幾何学模様に(ひび)を入れた。

 もう片手の爪を立て、“物理防御壁”を砕くと同時に斜め下から振り上げる。


「“束縛バインド”」

 その爪が神官に届くよりも先に、戦士の魔法が魔王の手を捕らえる。


 しかし、戦士の魔法が魔王と捕らえられるのは一瞬。

 魔王が力を篭めれば、“束縛”は容易く砕け散る。


 しかしそれで十分だった。

 “物理防御壁”と“束縛”で作った数秒の時間で、神官は反撃に出る。


 およそ打撃用途ではない杖を下構えから、腰の入った一撃を魔王へ向けて振り切る。魔力が込められた杖には、淡い光が灯っている。


 攻撃に一辺倒の魔王は突然の反撃に対応できず、横っ面に強打を受けて跳ね飛ばされた。

 地面を転がりながら体勢を立て直すも、痛い一撃に頭が揺れ、立ち上がれない。


 ――なッ

 目の前で起きたことに、ケービットは追いきれなかった。


 魔王の奇襲は、間違いなく成功したと思った。

 厄介な戦士の探知も勇者の防御も、ケービットが注意を引きつけ、魔王は完全に音を消し気配も隠して忍び寄った。


 追い打ちとばかりに放った“火の槍”で、完全に場を制したと思った。

 それが、一瞬のうちに魔王が反撃を受けて距離を取らされている。


 ――なぜ気付いた?

 そんな疑問が思考を占める。


 戦士は探知魔法を使い続けていたのか。

 それとも探知魔法は戦士ではなく、先に動いた勇者の仕業だったのか。


 ――いや

 どちらかの問題ではない。


 探知魔法を使っていたなら、それに気付く魔王が動くはずがない。

 探知魔法がなくなったから、魔王は行動に移ったのだ。


 ――なら、一体……

 どうやって奇襲に気付いたのか。


 だが、そんな考察をする時間は無い。

 失敗したとはいえ奇襲が行われた以上、話し合いの場は閉じる。


 神官が杖を地面で打ち鳴らす。

 それだけの行為で、まるで神官がこの場を仕切っているように錯覚させる。


 しかし、それは錯覚ではなかった。

 ケービットに背中を向け、魔王を向き合った神官はそのまま指示を出す。


「サーシャ、まだ情報は聞き出せていないから注意して。

 オリビア、サーシャを守って。準備ができたらこっちに来て。

 こっちは私が抑えておく」


 そう言って神官は一人、まだ屈んだままの魔王へ向かう。

 杖を構えるでもなく、あまりにも無防備に歩くその姿は自信の表れか。


 前回は魔王の領域に足を踏み入れて、慌てて“空間転移”で逃げたというのに、今回は全く動じていない。


 魔王の仮面には見た者を恐怖させる魔法文字も刻まれているというのに、まるでそれ以上の恐怖を味わってきたかのようだ。


 神官が魔王の間合いに足を踏み入れると、魔王はすかさず手を突き出した。

 その手に込められた闇の魔力は、かすり傷でも魔力障害を引き起こす。


 神官は冷静に突き出された手を杖で打ち払い、その勢いのまま石突で殴打した。

 魔王をさらに奥へと弾き飛ばしていく。


「あっちで相手をしよう。ここだと邪魔になる」

 魔王の攻撃を何度も打ち払いながら、神官はケービットから姿が見えなくなるまで距離を取っていく。


 こちらに残ったのは勇者と戦士。神官のように突撃して来ない二人が相手なのは、ケービットにとって都合が良い。


 奇襲には失敗したが、問題はない。

 勇者の防御魔法も戦士の妨害魔法も、ケービットの魔法の前では無力だ。


 魔王も、神官に一方的に打たれていたが問題はないはずだ。

 仮面に刻んだ魔法文字により、魔王はいくらでも戦い続ける。


 たとえ今は神官が優勢でも、いずれはその体力も尽きる。

 そうなれば後は魔王の独壇場だ。


 魔王の攻撃には高密度の闇の魔力が加わっている。

 神官の“属性治癒”でも癒しきれるものでは無い。


 こちらの優勢は覆らない。

 ケービットは口元に笑みを浮かべ、次の“火の槍”を構える。


 ケービットの出方を窺うように、勇者は盾を構え、戦士はその後ろに控える。

 攻撃役の神官が居なくなって、一体どうやって攻勢に出ようというのか。


「先程の奇襲、なぜ分かった?」

 戦況に余裕を感じて、ケービットは勇者に問いかける。


「あら、気になるのかしら?」

 対する勇者も、どこか気の抜けた調子で反応を返してくる。


 ケービットは答えない。

 ただ睨みだけで、その答えを促す。


 肩を竦めた勇者は後ろの戦士に視線を流す。

 戦士が頷くと、今度は戦士が答える。


「探知を気にしてるのが分かったから、探知を逸らせば向かってくるかなって」

 それは答えのようで答えではない。


「だとしても、攻撃のタイミングは?」

 ケービットが知りたいのは、あの完璧な反撃が成功した理由である。


 探知魔法は確かに使われていなかった。

 だからこそ魔王は動き、勇者一行の背後まで忍び寄った。


「音と魔力を隠してても、こっちを狙ってる嫌な気配は剥き出しだった。

 そういうのには慣れてるから、探知なしでも分かる」


 ――……なんだそれは?

 戦士の言葉が、ケービットにはよく分からなかった。


 魔法を使わずに、あれだけ正確に周囲を把握できるとは思えない。

 しかし目の前で起こった事実と、淡々と告げる戦士の態度から、虚言ではないと理解する。


(この戦士の感覚、魔法に対する鋭さ……侮れないな)

 ケービットは戦士に対する評価を改める。


 初めて見た時は、勇者と神官に守られ、大した効果のない束縛魔法を使うだけの、勇者と神官から格落ちする足手纏いだと思った。


 こちらをじっと見てくるだけで、戦士の様相の割に攻撃は何もない。

 その視線に対しては、一種の嫌悪感を抱きつつも、歯牙にもかけなかった


 しかし、次にその視線が向けられた時、嫌悪感が緊張感に変わった。

 その視線に対して怖気(おぞけ)を覚えた。


 魔法を使おうとした瞬間に向けられた凝視。

 それは明らかに、発動前の魔法に向けられていた。


(嫌な予感がする……。早々に終わらせるべきか)

 魔王が神官を討つまで適当にあしらうつもりだったが、気が変わる。


(勇者は厄介だが、この戦士はそれ以上に良くない)


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