目的の確認
三百年以上前に研究、実用された魔物化の魔法。
以降使われたことのないその魔法を、何故知っている。
ケービットはなにか嫌な胸騒ぎに襲われる。
この情報の出処は確かめなければならない。
「……どこでそれを知った?」
なるべく声の調子を意識して問い返す。
動揺を気取られてはいけない。
この距離なら気付かれないはずだ。
気紛れに付き合った会話であっても、主導権を渡すことは許せない。
あくまで高圧的に、見下すような視線を緩めない。
「身内に魔物化させられた者がいる」
対する神官は淡々とした口調を貫く。
その口調からは感情が読み取れない。
(嘘か、それとも先祖の話か)
何しろ三百年以上も前の研究だ。
こんな若そうな神官に近い年頃の身内の話であるはずはない。
情報を確認しなければならないが、深く追求しようとすれば話の主導権を握られかねない。少しずつ話をしながら確認しなければ。
勇むように一度深く息を吸い、余裕をもっての対応を意識する。
問題はない、冷静に対処する。
――ッ
深呼吸したのに、息が詰まりそうになった。
こちらを見る神官の目。
距離があるはずなのに吸い込まれそうな程近くに感じる。
その目には確かな怒りが見て取れる。
しかし、それはケービットに向けられたものでないと直感した。
いま敵対しているにも関わらず、その敵意が自分に向けられていない。
その矛盾に、僅かな恐怖を覚える。
(なぜ、こんな悪鬼に……)
先日の戦いでは圧倒したというのに、ここに来てたった数回の会話と雰囲気に圧倒されている事実が、ケービットをさらに追い詰める。
頬を伝う汗が、自分の焦りを実感させると共に神官への意識を逸らせてくれる。
(……そうだ。何もこの場で確認する必要はない)
この話の場に興じているのは、あくまでケービットの恩情。
それを切り上げることもまた、ケービットの自由のはずだ。
(奇襲は難しいか。それなら……)
今も後方を警戒する戦士の様子に奇襲は難しいと判断し、一斉攻撃の指示を念話で魔王に伝えようとする。
――ッ
また、体が震えて息が詰まる。
神官ではない。
今度は戦士の目がこちらを見つめてきた。
念話を意識した瞬間に、チラチラと後ろを警戒していた戦士の首がぐるりと回り、ケービットを射貫く。
探知魔法は戦士の仕業か、しかもかなり鋭い。
念話の魔法を察知されたことから、ケービットは戦士への警戒度を上げる。
(そして何だ、その目は。
神官の目と違うが、こちらを見透かそうとするような目……。
先日も、そんな目を向けてきていたな)
念話で魔王に指示を出せば、内容はともかくその事実に気付かれる。
そうすれば、この底知れない神官が察してくるかもしれない。
これでは奇襲も、挟撃も難しい。
(……いや、魔法に反応するなら、それを利用すればいい)
後方を気にしていた戦士の注意が、念話を使おうとしたことでこちらに逸れた。
戦士の意識をこちらに向けられるなら、魔王が動くことは出来る。
試すように、ケービットは手慰みのように魔法を構築しては霧散させた。
先程までチラチラと後ろに流れていた戦士の視線がこちらに集中している。
――いける
そう感じたケービットは自身と余裕を取り戻し、神官に意識を向ける。
神官が知りたがっている魔物化の魔法。
嘘が真か、身内を魔物に変えたというその魔法を知る目的はなんだ。
「その魔法を知って、どうするつもりだ?」
同じ手口でやり返そうとでも言いだすのか。
「解除する。そのための手掛かりが欲しい」
その答えに、ケービットは内心で嘲る。
“魔法解除”。
それは持続的な効果のある魔法への対処魔法。
“身体強化”や“魔法防御壁”などを打ち消す魔法ではあるが、それらの魔法の再使用を妨げるものではなく、すぐに再使用することで“魔法解除”は無意味なものへと転ずる
また魔物や魔獣が“魔法解除”が必要な魔法を使ってくることはほぼなく、“解毒”や“属性治癒”の方が有用性は高い。
確かに魔物化の魔法は持続的な効果のある魔法であり、その対処として“魔法解除”を使うのは正しくはある。
しかし、解除することなど出来るはずがないと、ケービットは嗤う。
何故ならあの魔法は、いまだ類を見ない天才が作り出した魔法だから。
“魔法解除”するには、魔法の内容を正しく理解し、解きほぐす必要がある。
普及している魔法なら、難なく解除することが出来るだろう。
しかし魔物化の魔法は違う。
魔族にとってすら未知の魔法であり、情報は文献の僅かな記述のみ。
(こやつら如きに解除できるほど、安い作りであるはずがない)
文献を読んだケービットだからこそ、それを理解している。
魔物化の魔法は、“身体強化”のような単一の効果だけを起こす魔法ではない。
複数の魔法を連結しての運用として記されていた。
複数の魔法の結びつきを、まとめて解除しなければならない。
しかし併せて運用されたすべての魔法は記されていなかった。
つまるところ、魔物化の魔法を解除するために必要な情報は既に無い。
神官が欲する情報は、もうどこを探しても見つかりはしない。
それでも、注意を引く餌には使える。
ありもしない情報をぶら下げ、食いつかせる。
「なるほど、あの魔法を解除したいのか」
自信の優勢を悟り、ケービットは思わせぶりに話す。
遠くからでも、微かに神官の頷きが確認できた。
それ程までに神官にとってこの情報は重要なものだ。
神官は情報で、勇者と戦士は魔法で注意を引ける。
今、完全に魔王が蚊帳の外になっている。
――来い
そんなケービットの意図を察するように、勇者たちの後方の脇道から、魔王がそっと姿を見せた。
背後から忍び寄る魔王に、勇者も神官も、戦士すら気付いていない。
全員が自分の方を向いていることに、ケービットは笑みを浮かべる。
「あの魔法は……」
そして魔王が手を振り上げ、まるで狼の魔獣のように鋭く尖った爪で神官に狙いを定める。
神官を仕留めてしまえば、勇者一行に回復の術はない。
それで全て瓦解する。
“火の槍”
魔王が狙いやすいように、ひと手間加える。
先程まで遊ぶように構築と霧散を繰り返していた魔法を、今度こそ発動する。
おそらく勇者の防御魔法で止められるだろうが、問題はない。
この“火の槍”は囮。
勇者と戦士の注意を完全に逸らし、魔王に神官を討たせるための罠。
狙い通り、勇者は神官をかばう様に前に出てきた。
「“魔法防御壁”」
前面に展開される勇者の防御魔法。
その後ろから、魔王の凶刃が神官に襲い掛かる。




