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魔王、暗躍する

 夜、誰もが寝静まった頃、魔王は動いた。


 魔王城は、あの出鱈目な実力の三人によって破壊され、手勢も全て撤退した。

 今、魔王に配下はいない。人族の領域の支配は不可能である。

 しかし、魔王はそれでもいいと思っていた。



 もし許されるなら、このままずっとここで平穏な日々を送りたい。

この町の人を、あの人を守りたいと。


 私が人族としてここで暮らせるのなら、人族の領域を侵略する必要などない。

 ここに居場所が出来たから、これ以上何もいらない。


 今、ようやく掴んだ幸せをずっと大事にしていきたい。

 ただそれだけだった。

 過去の生活に未練はない。


 自分勝手だ、無責任だと言うなら好きに言えばいい。

 せっかく掴んだチャンス、絶対に手放してなんてやらない。


 魔王としての責任?

 一瞬でも人族の領域を乱した罰?

 そういうことは元老院に言ってください。


 あの勇者たちに仮面を破壊された時にすべて察してしまった。

 私は捨て駒に過ぎない。私は、体よく利用されたのだと。


 もともと魔力が少し強いだけの私に声が掛けられた事を疑問に思うべきだった。

 魔力が強いだけで、統率力が高いわけでも、魔力の扱いに長けているわけでもなかった。

 私よりもリーダーシップがあり、私よりも魔力を器用に扱える人はいくらでもいた。


 そんな私が象徴として祀り上げられた理由は簡単だ。

 扱いやすいからだ。


 自信がなく、自己主張が弱い。

 皆が注目するような存在ではなく、もしいなくなっても誰も惜しく思わない。

 だから利用された。


 あの仮面をつけた途端、暴力的な感情に支配された。

 今まで感じたこともないような、負の感情が巻き起こった。


 人族の領域、実りの大地に住む人族を皆殺しにする。

 そのためにはどうするのか。

 簡単。誕生したばかりの勇者を始末すればいい。


 自分にはない感情に支配されるがまま、用意された居城を飛び出し、人族の王城へ向かっていた。

 未熟な勇者を始末し、人族の王城から支配していく。


 そんな風に考えた私を、人族の英雄が止めた。

 実力のない私は、未熟なはずの勇者に返り討ちにされた。


 あの時のことは、今でも時折思い出す。

 夢に見ては、体の震えが止まらなくなる。


 まるで通用しない私の攻撃。

 防ぎきれない勇者の猛攻。

 そして眼前に迫る勇者のあの冷たい瞳。


 怖い。怖い。

 勇者が怖い。


 逃げることが出来たのは不幸中の幸いだった。

 でも、私が逃げたことで侵攻はあっという間に終わってしまった。


 この結果は、元老院の思惑通りだったんだろうか。

 元老院に渡されたあの仮面に込められた魔法で、私は正気を失った。


 込められた魔法の内容は正確には思い出せないけど、そういう魔法を仕込んだ仮面を付けさせたという事は、私の暴走は予定通りだったのかもしれない。

 あれだけすぐに負けるのは想定外なのかもしれないけど。


 私の結果がどうであれ、元老院は止まったりしない。

 元老院は魔族の領域、果ての大地を出たがっている。


 しかし、目的地である実りの大地に住む人族は、決して自分たちを受け入れない。

 受け入れないなら、奪い取るしかない。


 そのために、もう千年以上も侵攻を繰り返していると教えられた。

 侵攻は何十年かの周期で行う。一度誕生した勇者が老化で衰えた隙を狙うためだ。


 これまでも元老院は策を巡らせ何度侵攻を繰り返しているが、勇者に敗れ、失敗に終わっている。

 しかし、元老院は愚かではない。


 過去の失敗を糧にし続けるし、作戦・結果を詳らかにし、原因を検証している。

 そして次の策を練り続けている。


 今回、私があっという間に討伐されたこともうまく使おうとするはずだ。

 魔王が早期に討伐されれば、きっと人族が油断する。その隙を狙うはずだ。


でも、今の私の生活は人族の領域で成り立っている。

 新しい魔王が攻めて来た時、指をくわえて見ているわけにはいかない。


 だから今の生活を守れるよう、少しでも力をつける必要がある。

 残された闇の魔力を少しずつ練って、練って、練り続ける。


 少しずつ強くなっていく闇の魔力をあの三人に気取られないように、そして弱まらないように隠す。

 いつかこの町を一人で守れるように、今は、じっと闇を鍛える。




 程なくして、魔王の再来が予見された。

 この短期間で続けて魔王が現れることは千年近くなかったことだ。


 数十年の周期で魔王は地上に侵攻し、勇者がこれを討ち倒す。親が子に、あるいは孫に昔話として聞かせてきた。

 前の魔王が現れ、これが討たれてからまだ一年と少し。異常な早さである。


 そして前回の魔族侵攻時とは比べ物にならないほど急速に、不穏な空気が国中に広がった。

 各地で魔物が出現し、国の兵士や冒険者も魔物討伐で大忙しだ。

 活気づいていた町も、近辺に出没する魔物が原因で沈んだ空気が満ちていた。


「いらっしゃーい!」

 そんな沈んだ空気をかき消すように、エステルの声が通りを突き抜ける。


 世間の陰鬱とした空気を感じていないわけではない。

 逆にその暗い空気を感じ取り、少しでも明るくしようといつもより声を張り上げている。


 エステルがこの町でずっと続けてきた努力を、否定的に考える者はいない。

 町人はエステルを目にすると、沈んでいては駄目だと頭を振り、自分も頑張らねばと前を向いた。


「エステルちゃん、おはよう。ありがとう」

 エステルに元気をもらった町人は挨拶と合わせて感謝を伝える。


 感謝され、一瞬きょとんと呆けるエステルだが、少し晴れやかになった町人の表情に、元気な笑顔を返した。

 たとえ魔王が再び現れたとしても、エステルの日常は変わらず過ぎていく。

 町の人に、そして助けてくれたウィルフレドに少しでも元気と感謝を届けるために、今日も明るく立ち振舞う。

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