暗躍する魔族
洞窟内にいた魔族に焦点を当てています。
人族の領域、その北端に位置する山脈は、陸地を分断するように東西方向に大きく広がっている。
そこが人魔の領域を隔てる境となっている。
北の山脈の斜面に開いた洞窟の最奥の広間に祭壇が設けられている。
そして祭壇の前で鎖に繋がれた男、今回の侵攻における御旗、魔王が居た。
祭壇には多くの骨が奉られて、怪しげな儀式を思わせる。
髑髏の面を着けた魔王の様相は、御旗というよりは生贄のようである。
その魔王を広間の外から眺める一人の男。
男の名をケービットという。
魔王を見つめる彼の目には、王と称される者を見るような羨望や畏怖はない。
当然である。魔王という呼び名自体、彼らの本意ではないのだから。
その存在を、強大さを知らしめる上で有効と判断し、使用するに至った呼び名。
それが“魔王”であり、そこに王たる権力は何もない、只のお飾りの称号。
ケービットにとって魔王である祭壇の男は、勇者と戦う戦力でしかない。
王を支える、王を守る、王に従う。そのような考えは一切ない。
今、彼の頭の中にあるのは今後の展望。
そして、勇者との戦力差について。
先日、ついに勇者がこの場所を嗅ぎ付けてきた。
一年前に暴走して勝手に飛び出したもう一人の魔王による時間稼ぎにも限界があったようだ。
勇者の姿を見る限り、まだ若く未成熟な者の集まり。
四十年前の勇者は死に、新しい勇者として誕生したばかりなのだろう。
魔法行使の速さには少し驚いたものの、こちらはその上を行く。
詠唱も発声もいらない魔法は、手足を動かす事と同じくらい自然に行える。
そして何より、勇者一行には欠けているものがある。
それは攻撃能力。
勇者は防御、戦士は妨害、神官は回復。
誰一人、まともな攻撃魔法を使えてはいない。
神官が使ってきた“風の槍”や“爆破”では圧倒的に攻撃力が足りない。
攻撃力がなければ、戦いにおける決定打はない。
しかし、それはケービットも同じ状況ではある。
勇者たちがこの山脈内で魔法行使に影響を受けるようにケービットは、闇の薄い人族の領域で魔法行使に影響を受けてしまう。
そのために人族の領域へ闇を広げる役割をもう一人の魔王に与えていたというのに、暴走した挙句に早々に討伐される始末にはケービットも頭を抱えた。
それでもケービットが暗躍を続けることで少しずつ闇は広がっていく。
人族の領域の魔物や魔獣が活性化し、恐怖や混乱は加速するが、まだ足りない。
勇者一行を退けたケービット、そして今まさに祭壇で項垂れている魔王が直接攻め込むには、今しばらくの時間が必要となる。
過去の勇者との戦いの記録でも、この山脈で機を窺っている内に勇者に敗れる歴史が記されている。
どれだけ迎撃態勢を敷いても、どれだけ対策を講じても、勇者は向かってくる。
何度世代が変わろうとも、勇者は何度も邪魔立てしてくる。
その勇者を打倒すべく、あらゆる手段が講じられた。
勇者とは何か、その研究も行われた。
勇者がただの人なのか、それとも神に遣わされた使徒なのか。
繰り返す侵攻で得た情報から、勇者の存在を詳らかにした。
勇者は神に遣わされた使徒なのではない。
しかし、何かしらの力を与えられた特異な存在である、と。
与えられた力の中には、魔法に対する強い防御力がある。
それを突破するための研究をケービットも行っていた。
堅い防御を打ち抜くために、より高い威力、より速い連射性、より鋭い貫通性。
それらを実現するためにケービットが目を付けたのが、闇の魔法。
直接的な攻撃ではないが、毒や呪いなどの脅威は疑いようもない。
それを活用することが出来れば、勇者への有効打になると。
しかし、その研究には障害があった。
ケービットを含め、多くの同胞は闇の魔法が使えない。
闇の魔法は、火や水の魔法とは一線を画す特異な魔法である。
いま分かっているのは、生まれつき闇の魔力を持つ者にしか使えないという事。
そして生まれつき闇の魔力を持っていても、扱える闇の魔法は少ない。
大体が、肉体や他の魔法に闇属性を付与する魔法だけ。
毒や呪いなどの魔法を扱えたのは、千年を超える歴史の中でもごく数人だけ。
その数人が残した文献を基に、闇の魔法の活用に向けた研究が行われてきた。
ケービットもその研究者の一人。
実戦よりも、研究などによる後方支援を中心に活動してきた。
過去に使われた闇の魔法について記された文献を読み解き、闇の魔力を込めることで闇の魔法を発動させる魔法文字の開発に成功した。
これにより闇の魔力を持つ者であれば、例え当人が“闇属性付与”しか使えなくとも、毒や呪い、魅了などの闇の魔法を使うことが出来る、という目算が立ち、派閥内でもケービットの存在感が大きくなった。
ケービットは研究を続け、数々の魔法文字を作り上げた。
それを装備に刻み込むことで、闇の魔法が発動する魔道具とした。
それは四十年前の戦いで使われ、有効性は証明された。
敗北はしたものの、勇者に大きな痛手を与えることが出来た。
そして祭壇の男の顔を覆う仮面にも、その魔法文字を刻み込んである。
魔力を持つ者が装着すれば、施した魔法はすべて自動で発動する。
肉体や魔力、闇属性を強化する魔法はもちろん、洗脳に近い形で意識に影響を与える魔法が発動する。
これにより威圧的で好戦的、限界を超えて戦い続ける戦士となる。
用意していた仮面の魔法文字の効力は高すぎたのか、それとも思いのほか魔力が強かったのか、もう一人の魔王は装着するなり高笑いをしながら拠点を飛び出してしまった。
その報告を聞いた時には、膝から崩れ落ちてしまった。
――そんな、バカなッ。




