前線の様子
西方防衛線、第一砦。
北の山脈から西の城塞都市への道中にある、魔族にとっての第一の障害。
そこに詰めるのは国に仕える兵士と、組合に所属する冒険者たち。
普段の仕事も役割が違っても、有事の際は協力し合い、事に対処する。
拠点防衛に特化した兵士が砦と砦の中を守る。
冒険者は砦の外を調査し、砦間の移動や物流網を守る。
「兵士長。ロックウルフの群れを確認した。
場所はここ。追い返したが、数が増えているように思う」
「そろそろ一度、砦に攻めてくるかもしれないな。罠の準備をしておこう。
ご苦労様、ゆっくり休んでくれ」
調査を終えた冒険者のリーダーが砦内で指揮に当たる兵士長に報告する。
兵士長の前のテーブルには西の城塞都市から北の山脈までの範囲の地図が広げられ、冒険者の調査結果を基に情報を更新した。
他の冒険者チームのリーダーからも、別の場所でロックウルフの群れを確認したという情報が上がってきている。
場所も離れているので、同一の群れという事はない。
ロックウルフ。
今回の魔族侵攻で非常に活発化している狼の魔獣。
岩にも食い込む強靭な爪と、岩を噛み砕く強靭な牙と頑強な顎が特徴。
群れで行動し、集団で獲物を狙う習性がある。
通常、まともに戦うのが危険であれば罠を張って捕らえるのが最良であるが、群れによっては二十頭を超えているという報告もあり、捕らえるための罠が足りるかどうか。
となれば、戦わずに済ます方向での罠も検討するべきか。
「捕らえる以外に、ロックウルフに有効な罠、仕掛けというと……」
「臭い、でしょうな。良くも悪くも、あれらは鼻が利きます」
兵士長の呟きに、隣の副官が答える。
ロックウルフは珍しい魔獣ではない。その生態は兵士や冒険者はもちろん、鉱山の住民も知っている。
「焚火に香草を混ぜ、風の魔法で煙を送るのはいかがでしょう」
「香草の在庫はあるか?」
「少量ですが倉庫にあるかと。取り急ぎそれを使い、追加を発注しておきます」
決定した方針に従い副官が動き出す中、兵士長は壁に掛かった地図を見る。
そこには国全体を写した地図があり、小さな村を除いた町や道が示されている。
「ニウェーストの町か……」
先日連絡にあった、勇者たちが転移した町。
この第一砦から直線で南に進んだ位置にある町。
取り立てて盛んな産業はないはずだが、直近で何度か耳にした事がある。
そこの代表が、死の病からも快復するとされる万能薬を複数所持しているとか。
その万能薬は国王にも献上され、周囲の町からも注目を集めている。
万能薬はかつて主流な薬として出回っていたが、主原料になる薬草が近年では希少になり、流通網から姿を消した。
それを複数所持しているのだから噂にもなる。
いざという時はニウェーストの町に連絡するようにと通達もあった。
そんなニウェーストの町と西の城塞都市の間には巨大な森がある。
森の奥に足を踏み入れれば命はないと称される程の危険な森が。
その森を迂回すれば、ニウェーストの町から西の城塞都市まで馬車でも十日はかかる。ずいぶん遠くまで“空間転移”してしまったと思う反面、それだけの長距離の移動を可能にする勇者の実力に舌を巻く。
そんな勇者を退けたのだから、やはり魔王という存在は恐ろしい。
たとえ王ではない魔族だとしても、それが脅威であることは変わらない。
兵士長は椅子に腰かけると、背中を預け深く息を吐く。
魔族の脅威について深く考えると息が止まりそうになる。
およそ四十年前の魔族侵攻の時、まだ子どもだった兵士長の耳に衝撃的な話が飛び込んできた。
それは勇者一行が、魔王を討伐するも瀕死の重傷を受けている、と。
人族にとって勇者は救世主、迫りくる魔族に対する切り札。
そんな強者を瀕死に追い込んだ魔王への畏怖を、今でも覚えている。
そして大人になって、魔族が迫りくる北の山脈からの三つのルート上にある城塞都市、その奥に二つの砦が建設されるようになった理由を聞いた時には、また震えた。
およそ五百年前、魔王討伐に向かった勇者を掻い潜った魔族が城塞都市を滅ぼした。そして城塞都市に近い町に人族の姿で現れ、教会の神官二名を発狂させた。
町からの連絡を受け、城塞都市と連絡がつかないことが判明して確認に向かうと、辺り一帯に息絶えた兵士と冒険者が転がされていた。
確認された魔族は一人だけ。
たった一人でも、城塞都市に詰めていた兵士や冒険者を全滅させる力がある。
当該魔族の発見、そして直接の討伐には至らなかったものの、町に現れた時点でかなりの手傷を負っており、野垂れ死ぬのも時間の問題とされた。
しかし当時の防衛の穴、そして魔族の実力が判明した事で、防衛の拠点である都市の奥に偵察用の第一砦、足止め用の第二砦が建設されるようになった。
いざとなれば第一砦は放棄、第二砦に無数の罠を残して城塞都市まで撤退する。
そして勇者の到着までの時間を稼ぐ。
勇者さえ到着すれば、魔族を恐れる必要はない。
勇者の実力は歴史が、そして先日見たロックウルフの掃討が証明している。
魔族侵攻時で活発化し凶暴性も増しているロックウルフ。
そんな魔獣の群れを真正面から難なく殲滅した勇者一行は、間違いなく人族最強の戦力。
もうすぐ、ここに戻って来てくれる。
それまでどうか、魔族には大人しくしていて欲しい。
「へ、兵士長!」
部屋の外から大きな声が飛んでくる
――なにか問題が起きたのか。
もう一度深く息を吐くと、兵士長は重い腰を上げた。




