フレデリックの後悔
「エステルと言う娘のことで……ございます」
フレデリックから出たその名前に、内心で気を引き締めるモニカ。
エステルの事は、話せる内容と話せない内容が多い。
昨日の時点で、町の住民にはいくつもの嘘の情報を伝えて納得させている。
この老人も、どこかでそれらの情報は入手しているだろう。
その上で更に情報を得ようとしている。
ここまで話をしている中で、フレデリックは雄弁な性格をしている。
相手の事情を正しく汲み取る洞察力もある。
そして魔法使いという中でも、かなりの知識を持った熟練者。
もしかすると、エステルから漏れていた魔力にも気付いているかもしれない。
迂闊に嘘の情報を話せば、この聡い老魔法使いは気付く。
そして嘘の情報と分かれば、そこから容易く真相に辿り着きかねない。
ここはまず、この老人がどこまで気付いているのかを確認する。
こちらから情報を出すのは、その後だ。
「貴方も、あの子と関わりがあったのですか?」
「深い縁ではありません。数日前に入った食堂で給仕をしていたところ、気になって話をしたのです」
眉を顰め、テーブルに視線を落とし、ぽつりぽつりと話し始める。
モニカは相槌を打ち、続きを促していく。
「綺麗な魔力を持っていたのです。とても綺麗な、精練されたものです。
しかし本人は、魔法を使っていないと。
勿体ない、そう思いながらも、私の興味は別のことでした」
フレデリックは視線を上げ、モニカを始めサーシャ、オリビアを見渡す。
勇者や魔法について楽しげに話していた時とはまるで違う、覇気のない目。
「……皆さんは、あの子を直接見たのですよね?」
「はい」
「では……あの子の魔力のことも……?」
「……はい」
あの子の魔力。
『正体』ではないと考えれば、エステルが魔族である事の確認ではないはず。
エステルは人族にとってはかなり珍しい、闇の魔力を持っている。
しかし闇の魔力が抱かせる印象は、毒、呪い、魅了。
勇者一行にとっても、闇の魔力は魔族や魔王を彷彿とさせるもの。
だからこそフレデリックは、控えめに確認を取ろうとした。
「ご存知と思いますが、闇の魔力そのものは悪ではありません。
印象だけが先走って良くない先入観があるだけです」
モニカは黙って頷く。
分かっている、問題にはしない、と。
「ですが、人族では珍しいその魔力に、私は好奇心を抑えきれませんでした」
フレデリックは震える手を見つめるように、顔の前にやる。
「あの子は普段から魔法を使わないと言っていました。
私は自分の興味に抗えず、闇の魔力の適正者が魔法を使う様子を見たくて、生活魔法を試してもらったのです」
闇の魔力。
本来は何の属性も持たない魔力が、火や光の魔力と同様に、闇を帯びた魔力。
帯びた属性が違うだけで、そこに大きな違いはない。
水に色を付けたのと変わらない。
魔法を使うとき、詠唱は属性のない魔力に属性を与え、形を、動きを与える。
属性魔法を使うとき、魔力がその属性に変わる。
しかし、人が持つ魔力が詠唱を介さず属性を帯びていることがある。
それがエステルのような状態である。
自然な状態で属性を帯びた魔力を持つ事例は多くはないが、それが闇の魔力となるとさらに少ない。
その希少さに、フレデリックは魅せられた。
「魔法自体は特別変わり映えするものではありませんでしたが、魔法行使に淀みもなく、才を感じました。しかし、魔力量はさほど多くはないのか、少し放心していたのが気になりました」
エステルは確かに、人族に紛れ込んでからはほとんど魔法を使用していない。
しかし魔族は、人族など比べ物にならないほど魔法に秀でている。
エステルもその例に漏れてはいない。
詠唱も発声も必要としないのがその証である。
魔力量自体も、本来であれば人族のそれとは桁が違う。
フレデリックを欺ける程度に、隠蔽はうまく行えていたと言える。
「あれだけ精錬された魔力と希少な闇の魔力を持ちながら、魔力量は生活魔法一回で放心する程度という歪さ。そこに気付いたのは、後になってからでした」
エステルが倒れた。誰かに呪いを掛けられたらしい。
その話を聞いたとき、フレデリックの中で自然と仮説が生まれた。
闇の魔力の適正魔法には、呪いの魔法がある。
そして、エステルは極めて精錬されて闇の魔力を持っている。
この事実から考えられるエステルに生じた症状。
それは魔力による弊害『魔力障害』。
多量の魔力、高濃度の魔力、高精度の魔力が及ぼす被害。
それは魔力の保持者にも害をなす。
それは闇の魔力に限らず、火や水、光の魔力でも起こり得る。
過ぎた力を扱い切れない者が持てば、やがて破滅へと進むようなもの。
闇の魔力の適正魔法に呪いの魔法があるのであれば、魔力障害により呪いが生じることは自然なことである。
フレデリックの見立てでは、エステルの魔力量は少ない。
しかしその魔力の精度が高い場合、魔力障害が起こる可能性はある。
「もしかすると私が魔法を使わせたことで、闇の魔力が活性化してしまったのではないかと。私が……ワシが余計なことをしてしまったせいで……」
ついには手で顔を覆ってしまう。
悩み、悔いも足りないと言うように。
「……ワシは、あの子の力になると言ったのに。
そのワシが……あの子を苦しめてしまったのだとすれば……」
フレデリックにとって、エステルとの縁は決して深くはない。
ただ一度話しただけ、ただそれだけの関係。
それでも、彼にとっては十分だった。
自分の話に耳を傾けて、ちゃんと聞いてくれた。
その事がとても嬉しかったし、また会いたいと思えた。
何かあれば助けてやりたいと思った。
なのに、そんな彼女を自分が傷付けてしまったかもしれない。
自分の話をちゃんと聞いてくれたあの子を苦しめてしまったのではないか、と。
魔力の属性についてと、魔力による障害の説明でした。
四話「魔王、迎撃される」で、エステルの手がモニカに触れた時に流れた闇の魔力も、人族に魔力障害を起こさせるには十分なものになっています。
なお、一定規模内の魔力障害は、モニカの「属性治癒」で治せます。




