再会の祝杯
勇者一行と再会を果たした老魔法使いフレデリックは、喜びと興奮を顕わにしつつも恩人への礼を失さなかった。
今は忍んで町を堪能しようとしている彼女たちを無理に留めることも同行しようとすることもなく、ただこの後の行先だけを伝えて辞した。
フレデリックと別れ、モニカたちはしばらく町を散策する。
大通りの露店や商店を見て回り、いくつか食べ物も買った。
物価がそれほど高くないのは、需要の多い王都からも、危険の多い城塞都市からも距離があるからだろうか。
見知らぬ顔の客に対しても気前が良く、丁寧な接客でもあった。
何人かの店主は買い物中の三人の正体を察したようだが、特に騒ぎ立てることもなく、そっとおまけを忍ばせてくれた。
その気遣いに対して目配せで感謝を伝える。
大通りに並ぶ露店や商店は食品や雑貨、装飾や服飾などが取り揃えてあり、品数はともかくその豊富な店の数々は王都には及ばないまでも迫る勢いである。
また、往来の多い大通りと、そこから目に入る小路は当然のように清掃がされているばかりか、さらに奥まった路地も同様であることに驚く。
たとえ王都であっても中心地から遠ざかるごとに衛星面が悪くなる傾向を免れていないのに対して、この町ではそれが実現できている。
これが住民たちの意思で成り立っているのであれば、町長が自慢したがるのも納得できる。
心の底から感心しながら、大通りから逸れた小路に構えた店に入る。
そこは小さな居酒屋で、本日休業の張り紙が貼られていた。
「おぉ、ようこそいらっしゃいました」
この店の中で待っていたフレデリックは両手を広げて三人を歓迎する。
フレデリックは三人に約束を取り付けていたわけではない。
来るかどうか分からない三人と会うために、居酒屋を貸切りにできるだけの金を払い待っていたのは、それだけ話をすることを熱望しているに他ならない。
三人にとっても、フレデリックは自分たちの状態を理解しながらも訝しむことのない人物。礼儀のある相手には、相応の礼をもって対応したい。
フレデリックに促され、四角いテーブルを囲むように席に着く。
そこに店主がジョッキを運んでくる。
「すまんね」
「奥に居るから、注文の時は呼んでくれ」
フレデリックと短く会話し、店主は奥の厨房へと行く。
完全に店主の姿が見えなくなってから、三人に向き直る。
「この店は隠れ家になっておりましてな、込み入った話を聞かれる心配もございません。皆様に、少し伺いたいことがあるのですが――」
ジョッキを手にしたフレデリックに合わせ、モニカたちもジョッキを手にする。
ジョッキの中は酒、――を果汁で薄めたもの。
容易く四十年前と同じ轍を踏むまいと、フレデリックが事前に店主に依頼して作ってもらった。
「まずは、勇者さま方のご活躍に――」
「――再会に」
『乾杯』
フレデリックとの祝杯は、まず彼からの感謝の気持ちから始まった。
未熟だった自分の救出、そして今後の道標を示してくれた事への感謝の念を、この四十年間抱き続けた分だけ、これでもかという位には落ち着きなく捲し立てた。
それと合わせて、当時から褪せることのない勇者たちの魔法について。
自分が優劣を語ることは烏滸がましいと前置きしつつも、そわそわとした目つきで三人を見ながら、特にサーシャの魔法についての称賛を述べた。
「私などでは到底及ばぬ魔法の冴え、感服いたしました」
「えへへ」
皮肉のない素直な言葉にサーシャは照れている。
養父に叩き込まれた魔法は彼女の自慢だ。
フレデリックの言葉には一切の虚飾はない。
本心からそう思い、本心のまま言葉にしている。
「当時は、この若さでその域に達することがどれほどの苦難の道か、とも思いましたが、そのような事情があったのですな」
フレデリックはモニカたちの状況を察した。
いつの頃からか老化が止まっている事。
モニカ達はかつて、勇者として力を揮う一方で、その活躍を妬む者からは魔族なのではないのかと嫌疑を掛けられ、命を狙われたこともあった。
当時の国王の庇護下に入っていることもお構いなしの所業に、胸を痛めた。
その事もあり、なるべく俗世から離れて暮らすようにしてから二百年余り。
人々の混乱と余計な憶測を避けるため、情報の開示を避けてきた。
現在モニカたちの状態を正しく知っているのは国王と宰相、近衛騎士長くらい。
本来であれば明かすべきではない情報であるが、フレデリックは確信をもって三人に接触している。誤魔化すことは出来ない。
「ご安心くだされ。公になっていないという事は、そういうことなのでしょう。
このフレデリック、恩人であるあなた方に仇を返すことはいたしません」
あえて釘を刺す必要もないくらいに、こちらの事情を推し量ってくれる。
ウィルといいフレデリックといい、この辺りには理解のある老人が多い。
「ありがとう」
素直に感謝の言葉を返す。
その言葉を受取りつつも、フレデリックの様子はやはり落ち着かない。
始めは恩人としても、魔法使いとしても憧れているという自分たちに会えた事に喜んでいるように見えたが、少し違う。
――不安、迷い、焦り?
何か、気になることがあるのか。
「では、貴方の話を聞きましょうか」
モニカが口調を変え、優しく語り掛ける。
「私の……話……?」
「何か、話したい事、聞きたい事があるのでしょう?」
「ぁ……」
まっすぐに合った目線をフレデリックは咄嗟に外してしまうが、それをモニカは許さない。
彼の顎に手を掛け、正面を向かせる。
力づくではないが、その有無を言わせぬ行為をフレデリックは拒むことが出来ず、モニカの深い瞳に吸い寄せられる。
「聞き耳を立てられない場所を選んだのは、私たちの事情を確認するためだけではないのでしょう。私たちの事情を聞いた後も落ち着かない様子……ほかに、何を聞きたいのです?」
フレデリックが今、本当に確認したかったこと。
それは勇者たちの事情でも、彼女たちの魔法の事でもない。
「……あの……エステルと言う娘の事で……ございます」
フレデリックは口ごもりながらも、その名を口にした。
きのう町中で倒れ、勇者たちに保護された、呪いに侵された町娘。
フレデリックが酒場で出会い、魔法の談議をした給仕の娘のこと。
彼がエステルの情報を勇者たちに訊ねたのは、勇者が彼女を保護したという噂を聞いたから。
そうでなければ、今も時間が許す限り勇者たちと語らいたかった。
彼が勇者たちに憧れ、目指し、願わくば会って話をしたいと焦がれていた気持ちに嘘偽りはない。
しかし、それ以上に今、噂で聞いたエステルの症状への不安が強い。
彼にはエステルが倒れた理由に、一つ心当たりがあった。
それが当たっているかどうか、勇者たちなら分かるはずだと。




