散策の前に
町長オースティンに挨拶を終えた後、一度客間に戻り身支度を整える。
三人は町長宅の使用人が用意してくれた衣服を着用した。
同じ格好のままでは、昨日と同じように住民に囲まれるかもしれない。
それに今日は冒険者としてではなく、観光の意味合いで町を見たい。
用意された服は三人の身分を考慮するように、住民が着ていた物より少し品がある物で、勇者一行としてでなくても少し目立ってしまいそうだ。
とはいえ服装を変え髪型も少し変えておけば、よほど注視されない限りは気付かれないだろう。
身支度を終えた三人は最後に使用人に礼を言ってから町長宅を出発する。
まず目指すのは活気のある大通り。
町長宅からそれほど離れてはいないこの町の中心とも言える名所。
多くの露店や商店が軒を連ね、とても賑わっていると聞いた。
昨日はまだ開店直後で、エステルの騒動もあってその賑わいを感じることが出来なかった。
今日は存分に楽しもうと、久しぶりの息抜きと骨休めに意気込んだ。
――というのに……。
「モニカ……」
「気付いてる」
視線を逸らすことなく、横から小さく聞こえるサーシャに応じるモニカ。
こちらが気付いていることに、気付かれてはいけない。
「つけられてるわね。どうする?」
オリビアもしっかりと気付いている。
せっかく変装しているというのに、あっさりとバレてしまったのか。
しかし昨日の住民たちとは違い、一定の距離を保ち、こちらを観察するような視線を送ってくる。
今まで様々な感情の込められた視線を受けてきた。
勇者として羨望や称賛、崇拝のみならず、畏怖や反感、情欲まで数えきれない。
だからこそ、振り返って確認する必要もない。
こちらを見つめる気配から、数や距離、好意か悪意かくらいは量れる。
人攫いや盗人、という感じではない。
こちらを値踏みするような視線ではあるが、悪意のようなものは感じない。
ただの興味か、それとも別の目的があるのか。
「直接問い詰めても白を切られる可能性があるな」
大通り程でないにしろ、道中の道も人通りが少なくはない。
偶然だ、気のせいだと言われてしまえば、追及は出来ない。
理由を聞きだすには、言い逃れられない状況を作らないといけない。
となれば。
「そこの角を曲がる。サーシャ、魔力の残滓を残して屋根の上に“空間転移”だ。歩調を早めたり、残滓に気付いて足を止めたら“束縛”だ」
「分かった」
もし怪しい素振りを見せなければ、そのまま放置してもいい。
いずれにせよ悪意がないのであれば問題にならない。
自然な素振りで角を曲がり小路に入り、通りからは見えないところまで進む。
「“空間転移”」
サーシャの魔法で、すぐ横の建物の屋根の上に空間転移する。
先程まで歩いていた場所がよく見える。
そして一人、魔法使い然とした老人が小路に入ってくる。
この老人がそうなのだろうか。
――老人との縁が多いな。
などを考えていると、老人は“空間転移”の跡に気付き、しゃがみ込んだ。
「……杜撰な魔力行使の跡?」
残滓に手を翳し、小さく呟き、眉を顰める老人。
「“魔法阻害束縛”」
当りだ、とサーシャは老人に向けて魔法を放つ。
ただの“束縛”でもよかったかもしれないが、魔法使いの様相のため、念のため魔法も封じる手を選ぶ。
しかし、詠唱の無いサーシャの魔法が老人を捉えるよりも先に、老人がその場から飛び退き、着地と同時にモニカたちを見上げる。
――あの一瞬で“空間転移”の残滓から転移先を読み取られた?
その上ですぐさまその場から退避したのは、それが罠だと気付いたから。
魔法の知識に富んだ研究者、そして戦闘にも精通している冒険者でもある。
しかし、それ以上逃げなかったのは驕りか。
「“物理防御壁”」
「“魔法阻害束縛”」
飛び退いたその場で動きを止めた老人の背後に展開される幾何学模様の壁で、退路を断つ。
続けて放たれるサーシャの魔法に、今度こそ老人が捕らわれる。
これで尾行の理由を聞き出せる。
確実に捕らえた老人の姿を確認し、すぐさまその目の前に転移して戻る。
「何か用かな?」
一歩老人に近付き、モニカは問う。
勘違いだ、などと言い訳をしてくると予想したが、老人の反応はまるで違った。
「お、おおぉっ! こ、これはまさしくっ!」
己の体を縛り付ける束縛魔法に対して抵抗するかと思えば、老人から発せられたのは興奮じみた歓喜の声。
そして目の前に現れた勇者一行を見て、さらに興奮度が上がる。
「この魔法っ、この緻密な技術っ。や、やはりそうなのですなっ!!」
「……ぁ、ぇ?」
その鬼気迫る様子に、余裕を持って問い質そうとしていたモニカも言葉に詰まる。
もはや尾行を誤魔化す素振りも見せない程に、喜んでいるように見える。
「あれ? この人、昔……」
サーシャが老人を見て、どこか昔の面影に気付く。
「お会いしとうございましたっ! お久しゅうございます、勇者さまぁあっ!」
束縛魔法で動けないにも関わらず飛び出してきそうな勢いに気圧される。
尾行者、もとい老魔法使いフレデリックはようやく会えたかつての恩人、そして長い間目標としてきた勇者一行の姿をその目に焼き付けんとするように大きく目を見開き、歓喜の叫びじみた挨拶を発した。




