町に潜む派閥
エステルと再開、ウィルとの対談を経て蓄積した疲労は抗い難いものだった。
結局、町長宅から出ることは止め、用意してもらった客間、食事、湯浴みに存分に甘え、心身の疲れを癒す。
その翌日。
同じように用意してもらった朝食を食べた後、町長オースティンを訪ねる。
「おはようございます」
「勇者さま方、おはようございます」
オースティンは何やら難しい表情をしつつ一枚の書類に目を通していた。
三人の来訪に書類を置き、笑顔をつくる。
「昨日もありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ感謝しております」
「今日は改めて、町を見てみようと思います」
朝の挨拶と昨日の礼を述べてから、今日の予定を伝える。
オースティンが誇らしげに紹介しようとしていた町を、昨日は結局ほとんど見て回れなかった。
せっかく滞在できるのだから、この治安の良い町の様子を味わいたい。
「ぜひ見て楽しんでください。
私も同行したいのは山々なのですが、臨時会合に呼ばれておりまして……」
「会合……ですか?」
「ええ、昨日の事で町の派閥が衝突して、討論会をするようで」
「派閥……衝突……」
治安の良い穏やかそうな町でも、そのように住民同士の対立はあるのか。
あるいは、町長を交えて住民たちが忌憚なく意見を交わす場が治安に影響しているのだろうか。
オースティンは溜息を吐きつつも、面倒事に巻き込まれたという風ではない。
彼もまた、全くの無関係というわけではないのだろう。
「その……派閥というのは……」
重々しくも思える町長の表情に、気を引き締めながら訊ねる。
一体どのような目的で結成された集まりなのか。
もし何か力になれるようなら、手を貸したい。
「ええ。エステルさんを“見守る会”と“守る会”です」
「「「…………え?」」」
「正確には“エステルちゃんを見守る会”と“エステルちゃんを守る会”です」
「「「…………んん?」」」
二度繰り返されたが、理解が追いつかない。
――“見守る会”と“守る会”?
「…………どう違うのですか?」
内心混乱して質問するオリビアに、モニカとサーシャの視線が向く。
――え、……聞くの?
――私は何を聞いているのかしら?
オースティンは変わらず真剣な表情のまま。
そこから冗談の雰囲気はない。
「見守る会はエステルさんの意思を最優先とし、その安全と安心を確保する活動をしています。主には仕事の時間ですね」
聞いてしまった以上、彼から語られる情報に耳を傾けざるを得なかった。
エステルは町の外に住み、毎日町まで通っている。
それは旅人であるウィルがいつ旅に出るか分からず、彼女もそれについて行く意思があるため。
見守る会はそんなエステルの意思を尊重し、彼女の町での活動を支援している。
直接的ではないが、彼女の帰りが遅くならないように各露店や商店に働きかけ、適度な時間で仕事を終わらせるよう取り決めをしている。
その他様々な取り決めがあり、町長にも活動にかかわる報告書が提出される程。
その活動に賛同している住民も多く、エステルが働いている店のほとんどが“見守る会”に所属している。
「対して、守る会はエステルさんの意思に理解は示しつつも、やはり安全な町の中への移住を勧めたいと声を上げています」
今日の臨時会合は、この“守る会”からの声で予定された。
昨日、エステルが倒れたことがきっかけである。
「現時点では見守る会の発言力の方が大きいのですが、昨日のこともあり、やはり何かあったときに対処しやすい町へ移住してもらうべきだと守る会が声を大きくしており、衝突に至ったのです」
今回エステルが倒れた原因はモニカの“神聖領域”によるものだが、疲労や体調不良、説明したような呪いなどであった場合、町の外で暮らしていれば発見や対処が遅れてしまう。
まして、同居しているウィルの目も届かない町までの道中で倒れてしまったら、誰にも発見されなかったり、そのまま魔獣や魔物に襲われる危険さえある。
エステルの安全を考えるなら、町への移住が最優先ともいえる。
そしてオースティンは何度かエステルに移住を提案し辞退されており、そのことを守る会にも伝えてある。
だからこそ守る会も強硬な手段に打って出ることはせず、話し合いの場で移住の必要性を説き続けてきたが、今回の騒動で改めてその緊急性が明るみに出ることになった。
「見守る会が安全を軽視しているわけでも、守る会が意思を無視しているわけでもないので、どちらかが正しいという問題でもないのです」
「……難しい所ですね」
相槌を打つオリビア。
初めは混乱して聞いていたが、住民たちがエステルに向ける想い、その真剣さには心を打つものがあった。
どちらの派閥もエステルの事を真剣に考えている。
オースティンもそれを理解し、両派閥の臨時会合への呼び出しにも応じた。
「一度エステルさんを交えて話し合うのもいいかもとは思うのですが、この派閥……どちらもエステルさんに存在を知られたくないと主張しているので……」
「“影から”見守り、守りたいのですか……」
「そのようですね」
当の本人に直接意見を伝えることも出来ない。
それでは意思を捻じ曲げることに繋がってしまう。
「あぁ、すみません。長らく話し込んでしまって……」
質問に答えるだけのつもりが、ついつい深く事情を説明してしまったと、オースティンは慌てて取り繕う。
「あ、いえ。こちらもあの子に関するお話が聞けて良かったです。
それでは私たちは行ってきます。町長ご自慢の町、存分に堪能させていただきますね」
「ええ。何か困ったことがあれば、こちらに戻ってきていただくか、衛兵の詰め所を訪ねてください」
勇者一行を見送った後、オースティンは今一度書類に目を通す。
「はぁ……、どうしたものか……」
“エステルちゃんを見守る会”と“エステルちゃんを守る会”からの、臨時会合への出席のお願い。
議題は『突発的な不調を考慮した、エステルちゃんの今後について』。
現状維持の“見守る会”と、移住推進の“守る会”。
どちらの主張、考え方も理解しているつもりだ。
しかし、どちらが正しいかは問題ではない。
どちらの主張を是とするか、非とした側を納得させる理由があるか。
議題が議題だけに、今回は“守る会”もなかなか退いたりはしないだろう。
それに対して“見守る会”はどのような考えを展開するのか。
呼ばれたからには、町長としてオースティンが裁決しなければならない。
――荒れるだろうなぁ……。
町 (でエステル)に(隠れ)潜む派閥




