侵攻終息後のとある町の様子
それから一年も経たぬうちに、魔族による侵攻は終わりを告げた。
北方の山脈に建てられた魔王城は壊滅。城に跋扈していた魔物たちも全滅したという。
王城に単騎突貫した魔王は発見できず、しばしその捜索が続けられたものの発見には至らず。
再度の侵攻を懸念したものの、その兆候も見えぬまま時間だけが過ぎ、国王より正式に侵攻の終わりが告げられた。
「おーい、こっちの手伝いを頼む!」
町にも活気が戻り、人が大勢で賑わっていた。
「はーい、今行きますー」
店先で看板娘をしている町娘エステル。半年ほど前からこの町であらゆる仕事を引き受けている。
「エステルちゃん、こっちもお願い」
「はいっ」
人並みはずれた体力で仕事をこなしていく。
この町で働きだしてから約半年、すっかり町の人気者になった。
彼女の声が響けば、客が自然と足を向ける。
彼女の笑顔を見れば、客も自然と笑顔を浮かべる。
エステルの周りには自然と人が集まり、活気に溢れていた。
魔王が早々に地上から撤退したとしても、その被害が無かったわけではない。
今回魔王が現れた北方の山脈に近い地域の町や村は、少なくない魔物被害を受けており、それにより仕事、住む家、家族を失った者もいる。
魔王が撤退した後も、地上に残った強力な魔物による被害は続いた。
エステルもまた、勇者と魔王の戦いの中で帰る場所を無くした一人である。
もともと家族はおらず、一人彷徨っていたところを、町から少し離れた森の近くに住む御仁に拾ってもらったと、町人に話していた。
町の外に住む御仁。
町人に心当たりがないものの、事実、エステルは毎日その御仁の住む家から町に通っている。
曰く、恩人であり、先生であり、父親のようだと。
碌な食事も用意できない自分に食べ物を与えてくれた。
まともに読み書きのできない自分に文字を教えてくれた。
恐怖がフラッシュバックして眠れなくなった自分を寝かしつけてくれた。
とても信頼している様子で語るエステルを見ていると、町人はその御仁を疑うことをしなくなかった。
町の人気者がそれだけ信用している御仁に疚しいところがあるはずがない、と。
今日もしっかりと働き、日当で購入した食糧を手にエステルは町から帰っていく。
特別整備された道ではないが、エステルが毎日踏みしめて通う内に、自然と道ができていた。
町の明かりが遠くなり、陽が山に半分程度かかったくらいに、家に辿り着いた。
立派な家とは言えない、小屋のような小さな家だ。
玄関先の灯りがエステルを迎えてくれている。
「ただいま戻りました」
玄関先の灯りは、エステルが帰宅すると消す。もし暗くなっても見えるようにと、家主が夕方にいつも点けているのだ。
エステルは夜目が利くから大丈夫だと伝えてはいるが、心配性な家主は欠かさず点けてくれている。
「あぁ、おかえり」
エステルを優しく迎えるのは老年の男だ。
行き倒れたエステルを保護した男の名はウィルフレド。各地を放浪していた旅人らしい。
ウィルフレドがエステルと出会ったのは全くの偶然であった。
たまたまこの辺りを移動している最中、行き倒れたエステルを見つけ、近くの誰も住んでいない荒れた小屋に住み着いたのである。
「今日はですね、酒場で働いてきたんです」
「そうかそうか、楽しかったかい?」
「はいっ」
笑顔で今日の出来事を報告するエステルに、優しい笑顔で相槌を打つウィルフレド。
端から見れば親子か、祖父と孫のように見える2人の会話は、食事の準備、食事中、その後の団欒中も続いていく。
今でこそとても明るく振舞っているが、ウィルフレドが保護したばかりのエステルは警戒心が強く、小屋の隅で布に包まったまま、近くで見守るウィルフレドを睨んでいた。
ウィルフレドが立ち上がったり、身動きする度に身をすくませ、布を頭から被ってしまう様子が続いた。
警戒してはいるが、小屋の外に出る勇気もないのか、ウィルフレドが森に食料を取りに行っている間も、逃げ出すことをしなかった。
ウィルフレドは根気強くエステルの世話を焼き続け、エステルも少しずつウィルフレドへの警戒を解き、次第に信頼を寄せるようになった。
もともと人懐っこい性格なのだろうか、あるいは反動なのか、警戒を解けてから信頼するまではそう時間が掛からなかった。
今では笑顔で食卓を囲んでいる。
「冒険者さんが話してたんですが、この近くに魔物が住んでいる可能性がある洞窟が見つかったそうなんです」
「魔物はまだ、地上に残っているんだねぇ」
魔族の侵攻が終わった後も、何もかもが平和になるわけではない。
人が近寄らない場所に魔物が住み着き、繁殖している場合もある。
住む場所を無くした人が、盗賊になることもある。
魔王が撤退した後も、冒険者の仕事は続く。
とは言え、町には国に所属する衛兵も駐在しており、洞窟などへは冒険者が稼ぎ時とばかりに調査に向かう。
町で働き、生活を営む上では、魔族や魔物が活発ではない今の時世は、平和と言っても差し支えない。
「エステル、今の生活は楽しいかい?」
働き始めた子か孫がする楽しい話を聞く親か祖父のように、ウィルフレドは優しい笑みを浮かべて聞く。
「はいっ」
明日はどんな仕事があるか、エステルは期待に胸を膨らませて元気に頷いた。