ウィルフレドとモニカの対談②
ウィルフレドが見せた二つの力の秘密。
その秘密が明かされることに、正面で聞いているモニカはもちろん、その後ろにいるオリビアとサーシャにも緊張が走る。
「……ウィル様ぁ…」
その緊張に水を差すように、エステルが魘される。
助けを求めるような、あるいは幼子が親を求めるような声。
「…………」
気の抜ける三人と、立ち上がりエステルに近付くウィルフレド。
ウィルフレドの接近にビクッと肩を震わせるサーシャに小さく会釈をし、エステルの近くに腰掛け、その頭を撫でる。
「魘されている時は、こうしてやると落ち着くんだよ」
何度か繰り返し優しく撫でていると、エステルは安心した様に寝息を立て始める。
その様子を確認して、優しい表情を見せるウィルフレド。
(本当に、ただの親子みたいだ……)
今のウィルからは危険な気配は一切感じない。
先程の事がなければ、穏やかな印象しか得られなかっただろう。
「このまま続けても良いかね?」
「……あぁ」
サーシャの表情からも少し緊張と恐怖が薄れているのを確認して、モニカは頷く。
「あれはね、呪いなんだよ。人族を根絶やしにするっていう呪い。
だから君たちは恐怖した」
ウィルフレドはエステルを撫でながら、ゆっくりと話す。
穏やかな口調から飛び出す、呪いや根絶やしと物騒な言葉。
冗談ではないことは身を以て体験している。
「なぜ、あなたは平気なんだ」
人族に対する呪いを、魔族であるエステルが受けないことは理解できる。
しかし、人族であるはずのウィルが影響を受けていない理由が分からない。
それが分かれば、あの死の気配に怯える必要はなくなる。
「はっきりとした理由は分からない。
私以外で平気なのがこの子しかいないからね。
でも、可能性があるとすれば、私は“神の加護”を受けている」
「神の加護!?」
ウィルフレドが何気なく、自然に発した言葉に、モニカは驚きの声を上げる。
神の加護はその名のとおり、神より極稀に授けられる恩恵。
それは、本来では起こり得ない奇跡すらも体現する可能性のある神の祝福。
与えられる加護はそれぞれ異なるが、その力は絶大なものとなる。
神の加護を受けた者が歴史に名を残す偉業を為した例がいくつもある。
しかし神の加護が、生まれつき授かるものか、後天的に授かるものか。
何かの条件があるのか、無作為に選ばれるのか、その一切が分かっていない。
「知っているみたいだね」
声を上げたモニカの他、サーシャとオリビアも静かに反応した事で、ウィルフレドは加護についての説明は不要と判断する。
「あぁ……私たちの連れも、神の加護を受けていた」
「その連れというのは……」
肯定するモニカの表情が少し曇っている。
聞くべきではなかったかと、ウィルフレドは少し悔いる。
「……死んだ」
案の定、良い情報ではなかった。
悲痛な面持ちはモニカだけではなかった。
オリビアとサーシャも、同じ表情だ。
よほど大切な仲間だったのだろう。
「そうか。悪いことを聞いたね」
その悲しみに、安易に同情を寄せることは出来ない。
三人の苦しみは、三人にしか分からない。
「いや」
謝罪は不要と、モニカは暗い空気を払拭するように首を振る。
神の加護を受けた者との接触は、あれ以来なかった事だ。
それ程までに、加護を受けることは珍しい。
ウィルが受けた加護は、あの呪いすらも弾くものなのか。
「もしかして、私の魔法が解けたのって」
その疑問に、サーシャが切り込む。
養父に教え込まれた自慢の魔法をあっさりと掻き消された事は、サーシャにとっては腑に落ちていない。
しかし、それが神の加護によるものであるなら、納得するしかない。
「そうだよ。
私の加護は、私や私が定めた人を害する魔法を打ち消す事だ」
あっさりと、ウィルフレドは自身の秘密を打ち明ける。
しかしその内容は、あまりにも衝撃が強かった。
つまり、ウィルフレドに対して魔法は一切通じないという事。
それがもし魔族の使う魔法にも適用されるなら、魔王との戦いにおいて非常に有用なものになる。
「その加護を持っていながら、なぜ魔族侵攻に役立てようとしない」
そう指摘するモニカの声音には、若干の非難が含まれている。
人の事情は様々であるが、魔族侵攻は人族にとっての有事。
それ程の加護を持ちながら、協力しない理由を探す方が難しい。
現在のウィルはかなりの高齢に見えるが、約四十年前の魔族侵攻の時であれば、まだ現役と言える年齢だったのではないだろうか。
その時に加護を持つウィルが勇者一行に加われば、魔王との戦いの被害をかなり減らせたのではないか。
個人の特別な事情を考えていない身勝手な言い分とも思われるだろうが、それほどまでに魔王との戦いは熾烈を極めた。
そう目で訴えるモニカに対して、
「私が表に出て、問題ないと思うかい」
ウィルフレドは気付かせるように視線を横に流し、彼女の意識を後ろに向けさせる。
彼の視線の先にある作業台。
手の届くところに置かれた薬の瓶や薬草らしき干し草、調合に使われる道具の数々。
そして何より、作業の邪魔になりそうにも関わらず置かれた木箱。
木箱に注視した瞬間、分かった。――理解してしまった。
箱を見るほどに意識が遠のくような、命が吸い込まれていく錯覚に陥る。
あの死の気配を発する何かは、あの中に収められている。
ウィルフレドがモニカに手を伸ばし、意識を自分に向けさせる。
はっとした様子で木箱から目を逸らし、床に視線を落とす。
「……そうだな」
先程の自分の発言に対する答えが出る。
もしウィルが戦いのために城塞都市や砦に赴いたとすれば、その場にいるおそらく全員に対して、先ほどのような死の気配が降りかかることになる。
そうなれば、魔族との戦いどころの騒ぎではない。
そして彼の口ぶりから、加護で呪い自体を解呪することも、今のこの状態を長く維持することも出来ないことが分かる。
それが、彼が表舞台には立てない理由である。
その加護の力をもっと生かすことが出来ないことを嘆く半面、
彼が自身の状況を正しく理解し、余計な混乱を起こさないよう行動していることには素直に頭が下がる。
ここまで二人で話してきて、ウィルが人族の敵だと思う理由はもう無い。
勇者のように人族を守るために行動する、思慮深い人物だ。
「サーシャ見て。すごく穏やかな顔してるわ」
「うわぁ、嬉しそう」
それに引きかえ、魔王であるエステルの寝顔を見てキャッキャする二人。
ウィルフレドに頭を撫でられているエステルが、眠りながら頬を緩ませている。
仮にも敵として戦ったことのある相手を前にしてその浮かれようは、勇者一行としてはどうなのかと問いただしたい気持ちはある。
しかしこの状況はある意味、モニカにとってもウィルフレドにとっても、願ってもない状況ではある。
魘されていたエステルも、ウィルフレドに怯えていた二人もかなり落ち着いた。
良好とは言えぬまでも、敵対関係になることは避けられた。
その事実に一先ずは素直に喜ぶとしよう。
エステルのことを二人に任せ、ウィルフレドは椅子の方へ移動する。
ゆっくりと腰を下ろし、モニカに向き合う。
「結局、あなたの目的は何だ?」
改めて、モニカはウィルフレドに問う。
「エステルを保護した目的かい?」
「いや、もっと大きな話として。エステルのこと然り、呪いのこと然り」
魔王であるエステルを魔族と分かったうえで保護したり、強烈な死の気配を放つ何かを所持していたり、この老人には不明なことが多すぎる。
しかし人族に対する害意はなく、直接話をしても至ってまともな人格をしている。
「私の最終的な目的は、あの呪いを解くことだよ。
あれをそのままにしておけないことは、きみも分かるだろう」
「……あぁ。それができるのが、あなた以外に居ないということも」
人族を滅ぼしうる呪いの解呪。
それが、ウィルフレドの旅の目的。
ウィルフレド以外は、あの呪いに近付くことも叶わないだろう。
エステルが無事という事は、魔族も影響を受けないことになる。
しかし、人族の敵である魔族が、人族を滅ぼす呪いを解く事はない。
現状、ウィルフレドが呪いの対処をしない限り、遠くない未来に、魔族より先に呪いが人族を滅ぼしかねない。
そして、この呪いが魔族の手に渡ることだけは避けなければならない。
渡れば、人族の未来は確実に潰える。
次回で対談が終わり、帰路につきます。
(追記)神の加護について
加護を授かるのは、当代に一人いるかどうか位の割合です。
複数人現れることもあれば、一人もいないこともあります。
また、加護に特定の名称などはありません。




