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ウィルフレドとモニカの対談①

遅くなりました。

ウィルフレドとモニカの対談、再開です。

「あなたは、この娘が何者なのか、知っているのか」

 モニカは震える声を、語調を強めて誤魔化す。


 まずはハッキリさせておきたい。

 ウィルがどこまでエステルの事を知っているのか。


 あえて魔族とは言わない。

 彼の口から事実を語らせなければ、誤魔化されるかもしれない。


「濁さなくてもいいよ。魔族であることは知っている」

 そんなモニカの考えを理解したうえで、ウィルフレドは淀みなく答える。


 エステルが魔族であることを、ちゃんと理解していると。

 そこに迷いも後ろめたさもないと。


「――っ! 知っていて、匿ったという事か」

 今度こそ、口調に怒気を含めてしまった。


 後ろの二人が息を呑んでこちらを見ているのを背中で感じる。

 きっと内心慌てているだろうが、気にしていられない。


 ウィルがエステルの正体を知っていた。

 それは、魔族を人族の領域内に招き入れたに等しい行為。


 それは人族として正しい行いなのか。

 人族への裏切りではないのか。


 怖いだとか、殺されるかもとか、そんな気持ちは薄れる。

 今は、ウィルの真意を確かめなければならない。


 モニカは今度こそ、まっすぐにウィルフレドと視線を合わせる。

 そんな彼女の怒りを、ウィルフレドはまっすぐに受け止めている。


 ウィルフレドに自覚がないわけではない。

 もしエステルが真に邪悪な存在であったら、という危険を考えなかったわけではない。


「こちらにも色々と、事情があってね」

 それでも、ウィルフレドにもやらなければならないことがある。


 モニカの強い眼差しに射貫かれても、ウィルフレドは穏やかな表情を崩さない。

 しかしどこか愁いを含んだ目をしている。


 それは、自分の行いが絶対に正しいと思っている目ではない。

 悩んだ末に決断を下し、それでも苦悩し続けている。


 ウィルは狂人ではない。

 良識も持ち合わせている。


 ウィルフレドがエステルに出会ってから一年と少し。

 その間、彼が何も考えなかったはずがない。


「……取り乱した。すまない」

 それを理解したからこそ、モニカは強く追及することを止めた。


 ウィルフレドは首を振って、謝罪は不要と身振りする。

 モニカは伏し目がちにテーブルに視線を落とす。


「……寝込みを襲われるとは考えなかったのか」

 魔族と知って保護し、一緒に生活することの危険は考えているのか。


 エステルは確かに人族に危害を加えるような存在ではない。

 しかし、一般知識としての魔族は、人族の領域を侵そうとする敵である。


 その魔族と同じ屋根の下で生活するのは、敵の前で背中を向けるに等しい。

 その危険を考えないとは思えない。


 エステルに害意が無いと、初めから分かっていたのか。

 それとも、害意がないと分かってから、魔族だと知ったのか。


「もう分かっているとは思うけど、この子に人族への敵意はない」

 ウィルフレドは微笑む。


 それはモニカも分かっている。

 敵意があるなら、ウィルや町が無事であるはずがない。


 それに、町で感じた闇の魔力に、優しさや温かさがあるはずもない。

 あれは紛れもなく、エステルの人族への好意だ。


「それにね、頭から布を被って震えてる子がそんな事をするとは思えなかったよ」

 小さく笑うウィルフレドの言葉に、モニカは肩を落とした。


 仮にも一年前、高笑いしながら王城を破壊した魔王。

 それが人族に紛れて平穏に暮らしているだけでも驚きなのに、まるで子供のように怯えていたなんて話は出来れば聞きたくはなかった。


 ――魔王としての矜持はないのか。

 恨みがましい視線を背後に送る。


 エステルの着替えを終えたオリビアが、エステルを膝枕して頭を撫でていた。

 ――魔王相手に母性を発揮するな。


 すっかり綺麗になったエステルを見下ろしながら、とても満足げな様子。

 ウィルフレドに抱いていた緊張感もかなり解れているようだ。


 その横にいるサーシャも、落ち着いた寝顔を見せるエステルをじっと見ている。

 手持ち無沙汰なのか、エステルの手を握ったり、頬を触ったりと落ち着かない。


 その様子を見て、ウィルフレドも小さく声に出して笑っている。

 本当に幸せそうなその笑みが、次の瞬間には少し曇る。


「だから、この子のことは見逃してほしい。

 もう町に行けないことは、私の方から説明するよ」


 今回の事が、すべて上手く収まるとウィルフレドは思っていない。

 彼がそれを望んでも、周りが許すとは思えない。


 町に行ったはずのエステルが、勇者一行に追われて逃げ帰って来た。

 そのことから、町でエステルの正体が暴かれたものと判断した。


 たとえこの三人がエステルを見逃したとしても、町の住民が今まで通りの生活を許してくれるとは限らない。

 仮にもエステルは魔族なのだから。


 それはきっと、エステルも理解している。

 だからこそ魔族であることを、ウィルフレドにすら黙っていた。


(しばらく落ち込むだろうけど……)

 理解していても、感情が抑えられるわけではない。


 今まで当然のように送っていた日々が突然失われて平然としていられるほど、

 エステルは無感情でも薄情でもない。


 毎日楽しそうに町での話をするエステルをずっと見てきた。

 だからこそ、ウィルフレドは心が痛む。


 エステルが町に行くようになったきっかけはウィルフレドにある。

 エステルに人族として生きるための経験を積ませるために。


 その結果、エステルは初めの頃よりもずいぶん前向きになった。

 どんどん明るくなっていく子を見て、ウィルフレドも嬉しくなった。


 しかしその生活に、終止符を打たなければならない。

 大きく表情は変えず、しかし悲観的な空気を漂わせるウィルフレド。


「……町ではその娘、エステルの正体は知られていない」

 その思いに、モニカが待ったを掛ける。

「しばらくどこかに身を潜めて、時が来たら町に戻ればいい」


 少し驚いた様子で目を見開きモニカを見る。

 それはここに来てウィルフレドが初めて見せた表情だった。


「町の人に、この子のことを言っていないのかい?」

 モニカがとっていたその行動は、彼にとっては思いもよらないものだった。


 帰ってきたエステルの様子を見る限り、町ではろくに会話もせずに逃げてきて、モニカに正体を隠すように願い出ているとは思えなかった。


 にも関わらず、勇者である彼女たちが魔族であるエステルの正体を自主的に秘匿してくれていると、予想できるはずもない。


「呪いを受けたと言ってある。今は治療のため、私の教会に送ったと説明した」

「この子のことを気遣ってくれたのかな?」


 これまでは慈愛に満ちた微笑を浮かべていたウィルフレドが本当に嬉しそうな表情を見せたことに、モニカも余裕が出てきた。


 相手は得体のしれない化物ではない。自分たちと同じように感情を持っている。

 ちゃんと会話も成立する、真っ当な人だ。


「違う。エステルの動向を、余計な先入観を与えずに確認するためだ」

 余裕が出たせいで、つい素っ気なく突っぱねてしまう。


 言ってしまってから胃が締め付けられる気分になる。

 ――どうも調子が狂う。


「なんにせよ、感謝するよ。ありがとう」

 モニカの冷たい言葉を正面からは受け取らず、その行為に対して素直に感謝する。


 ウィルフレドにとっても、何よりエステルにとっても、これまでの生活を続けられることは何よりも喜ばしい。

 モニカの言葉が建前であるか本音あるかは瑣末な問題だ。


「それより、まだ聞きたいことがある。……さっきの力はなんだ?

 あの恐ろしい気配の方と、サーシャの魔法を解いた事」


 ウィルフレドが“使う”と言った、魔王をも凌駕するほどの気配。

 そしてサーシャの魔法を、魔法なしで解除した事。


 もしそれらがウィルの切り札であるなら、その詳細を聞けるとは思えない。

 それならそれで、彼が自分たちの味方になり得ないという情報は得られる。


 ウィルと言う存在は現時点で、敵か味方かすら分からない。

 敵でないにしろ、その力について無知でいるにはあまりにも脅威が大きい。


「分かった。じゃあ、まず君たちの言う恐ろしい気配について」

 幸いなことに、ウィルフレドはモニカに対して好意的な姿勢を貫く。


 それは、先程見せたモニカの気遣いに対する謝意であり、

 何より、今の時代を守る勇者に対する礼儀でもある。


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