エステルの告白
翌日。
いつもより早い時間に目を覚ましたエステル。
昨日の疲れは相当だったようで、まだ陽も高いうちから寝入ったにも関わらず、翌朝までぐっすりだった。
そのおかげでしっかりと休息が取れ、体の不調はすっかり無くなっている。
しかし不調とは別の意味で、心がずっしりと重い。
理由は、今後についての事。
ゆっくりと体を起こすと、正面にある作業台の方にウィルフレドの背中が見える。まだこちらには気付いていない。
「お、おはようございます……」
いつもなら簡単にできる元気のよい挨拶が、今日は震えてしまう。
その声に気付いたウィルフレドが振り返り、変わらぬ笑顔を向けてくれる。
「おはよう」
それがまた、エステルの心を締め付ける。
罪悪感が押し寄せてくる。
既にウィルフレドはエステルが魔族であることを知っているはず。
それにもかかわらず、今までと変わらぬ態度で接してくれている。
そんな優しい恩人を、今までずっと騙してきた。
魔族であることを隠して、ずっとそばに居続けた。
自己嫌悪。
自分の浅ましさに嫌気がさし、その愚かさに涙が出てくる。
その様子を心配するように、ウィルフレドはエステルの横に腰を下ろす。
慰めるように手を伸ばそうとするが、これ以上甘えられない、とエステルは話を切り出す。
「あの……昨日のこと……ですけど……」
「うん」
決意した目をするエステルに見て、ウィルフレドは手を引っ込め、相槌を打つ。
それはエステルが町での出来事を話すときの彼の姿勢。
「…………」
決意はしても、声が出てこない。
話すことが決まっていて、それを言い表す言葉が分かっていても、震える喉から声が紡げない。
それでも、ウィルフレドは黙って待つ。
エステルが言おうとしている事に察しがついていても、その決意に水を差すような事はしたくない。
「ごめん……なさい……。わたし、ずっと……ウィル様に……黙っていたことが……あります」
ぽつりぽつりと、声を、言葉を絞り出す。
たとえ神官モニカの口から告げられていたとしても、自分の口でちゃんと言いたい。
これは、自分がけじめをつけなければいけないこと。
「うん」
頷くウィルフレドの目には、驚きや戸惑いはない。
今から自分が話そうとしている秘密を既に知っている、そんな目をしている。
それでも急かさず、突き放さず聞こうとしてくれるウィルフレドは
今のエステルにとって、
魔族だと知ってもなお今までと同じ態度で話を聞いてくれる救いでもあり、
最後まで話してしまうことで、これ以上一緒にいることが出来なくなる重し
でもあった。
呼吸が苦しい。
喉が締め付けられて、うまく息ができない。
言いたくない。
でも、言わないと。
これ以上、嘘を続けられない。
このままの関係を続けてはいけない。
「私は……魔族です。一年前に、勇者にやられた……魔王です……」
言った。言ってしまった。
魔族だ、と。魔王だ、と。
ウィルフレドの表情に変化はない。
そのまっすぐな瞳に促されるように、エステルは告白を続ける。
「ずっと、ウィル様を騙していたんです……。
魔族だって知らずに私を助けてくれた人の傍にずっと居たくて」
――ウィル様と一緒にいる時は、本当に心が安らいだ。
いつも優しい笑顔を向けてくれる人に、自分の居場所を感じた。
――ウィル様とのお話は、本当に楽しかった。
いろんなことが新鮮で、いろんなことを覚えられた。
――何もなかった私に、知識を、知恵を、生きる術を教えてくれた。
ずっとずっと、感謝していた。
――でもそれは、全部私のため。
「私は、自分のために、ウィル様にずっと嘘をついていたんです。
本当に、ごめんなさい……」
頭を深く下げる。
ウィルフレドの顔は見えないが、どのみち潤んだ目で視界はぼやけている。
これで、もうおしまい。
憩いの時も、幸せな時も、終わり。
泣いてはいけない。
これは、自分の行いが招いた結末。
「分かった。話したい事は、これで全部かい?」
エステルが全てをお話し終えたと判断し、ウィルフレドが口を開く。
「はい……」
「じゃあ次は私の番だね」
その声に特別な抑揚はなく、普段通りの穏やかさを保っている。
しかし少しだけ、ほんの少しだけ語気が強くなった。
――聞きたくない。ウィル様の口から、決別の言葉なんて。
エステルは耳を覆いたくなるのを必死に我慢する。
それでも、聞かなければならない。
今までの嘘に対する罰を、受けないといけない。
「今度から、自分の身を危険にさらすような真似はしないこと。
そういう状況に陥ってしまった時はちゃんと相談すること。
それでも駄目そうなら逃げること」
「……え?」
普段よりも少し強い口調で、ウィルフレドはエステルに言い付ける。
しかしその内容、言い方に、エステルは唖然として顔を上げる。
――今度から?
それは、どういう……。
固まったエステルに深く溜息をつき、ウィルフレドは彼女を抱き寄せる。
大切なものを確かめるように、その胸に寄せる。
「昨日は本当に肝が冷えたんだよ。
無事だったから良かったものの、もっと自分を大切にしなさい」
「うぃ、ウィル様……?」
ウィルフレドの胸の中で、エステルが戸惑いに声を漏らす。
今まで、彼にこんなに強く抱きしめられた事はなかった。
「うん、なんだい?」
いつも落ち着いている彼の声音が、少し乱れている事にも驚く。
自分を抱き寄せる手が、とても力強く感じる。
抱き寄せられた胸から聞こえる心音に、心が落ち着いてしまう。
ずっとこのままで居たい。
居てもいいのだろうか。
「私は、ウィル様と一緒に居ていいんですか?」
確認せずにはいられない。
先程、ウィルフレドは「今度から」と言った。
それはつまり、次はあるという事。
「きみがそれを望むなら、私は構わないよ」
ウィルフレドの言葉には淀みも迷いもなかった。
「でも、私は、魔族――」
「初めから知っていたよ」
「――……え」
あっさりと答えるウィルフレドに、唖然とするエステル。
また暫し固まったのち、名残惜しいが慌てて彼の腕から脱出し、その顔を見る。
――初めから? モニカに聞いたんじゃなくて?
そんなエステルの疑問が、顔にありありと浮かんでいることに小さく笑う。
「私はね、きみが魔族であることを知ったうえで保護した。
だから、それを理由にする必要はないよ。まぁ、魔王だとは知らなかったけど」
モニカに聞くまでもなく、ウィルフレドはエステルの正体を知っていた。
知らない可能性を考慮して言葉を選んでくれたモニカの気遣いは少し嬉しかった。
「な、なんで……」
――知っていたんですか。
エステルは口をパクパクさせながら、声を漏らす。
ウィルフレドとしては、エステルが人族ではないと思える事項はいくつもあった。だが、あえてそれを伝える必要もないだろうと、混乱するエステルの頭を撫でる。
「私にも、きみに話していないことがある。
それはこれからの時間でゆっくりと話していこう」
これからの時間。
これからも、一緒に居られる。
「ぁ、ぁぁ……」
涙が溢れてくる。
一度は諦めた願いが繋がった。
嬉しいはずなのに、胸がいっぱいでうまく笑えない。
今度は自分からウィルフレドの胸に顔を埋める。
心の不安定さを落ち着かせてほしい。
隠し事なしで、これからも一緒に居られる。
こんなに嬉しいことがあっていいのだろうか。
人族と魔族。
千年以上の長い間、争いを続けている敵対関係。
そんなことを顧みず、一緒に居て幸せな人を共に生きる。
今度こそ掴んだ幸せをこれからも守りたい。
元老院に知られたら怒られるだろうが、知った事ではない。
仲間意識の薄い魔族らしく、この幸せのために生きる。
ひとしきり嗚咽を漏らし、どうにか心の整理ができたエステル。
目を腫らし、荒く呼吸しながらウィルフレドから離れる。
表情はともかく、少しは落ち着いた。
その様子を確認してから、ウィルフレドは今度について話す。
「しばらく町には行けないから、その間に少しずつ、話せることから話そうか」
エステルが魔族である事を隠していたように、ウィルフレドにも話していない事情がいくつもある。
エステルが自分の正体を告白したのだから、こちらも打ち明けなければと決意する。そのための時間は十分すぎるほどにある。
「しばらくって、私の正体……町の人に……」
「彼女たちの計らい、いや、神官の彼女の機転かな?
町の人に魔族であることは知られないように言葉を選んでくれたみたいだよ」
――あの人が、そんな事を。
恐怖の対象でしかなかった相手からの、思いもよらない気遣い。
「でも、呪いを受けていて、しばらくは彼女の教会で保護される、という事になっているから、時期が来たらまた戻れるよ」
あのモニカが、魔王である自分を気遣ってくれていた事に、不覚にも胸が熱くなるのを感じる。
――今度会ったら、ちゃんとお礼を言わないと……。
「まぁ、私も同じ扱いになるから、ここを少し空ける準備をしないといけない。
手伝ってくれるかい」
立ち上がり、エステルに手を差し伸べる。
「はい、もちろんです」
涙を拭い、今度こそ笑顔で答えてその手を取る。
――もう、絶対に手放さない。
次回、ウィルフレドとモニカの対談に時間が戻ります。




