目覚めたエステル、血の気が引く
モニカたちとウィルフレドの話が終わった後の時間軸です。
勇者一行との話し合いは、そう長くは続かなかった。
モニカに敗れたエステルが思いのほか早くに目覚めそうになったからだ。
確認したい事、聞きたい事は粗方聞けた、とモニカが話を切り上げた。
勇者一行を見送り、ウィルフレドはエステルの近くに腰を下ろす。
――本当に、無事でよかった。
寝息を立てるエステルの頭をゆっくりと撫でながら、安堵の息を漏らす。
転んだ時にできた傷も治っておる。騎士の子が治してくれたのだろう。
「……ん、ウィル様……?」
ゆっくりと、エステルの瞼が上がる。
まだ微睡みの中、ぼんやりとした視界がウィルフレドを捉える。
誰よりも信頼している人。
傍にいて安心する人。
ずっと一緒に居たいと思える人。
目が覚めて初めに映った大切な人に自然と笑みを浮かべるも、その瞬間に今日の出来事が、一瞬にして脳裏を駆け巡る。
「――っっ!?」
夢ではない、紛れもない現実。
勇者に正体も、居場所も、全部バレた。
家までやって来て、戦って、戦いにすらならずに負けた。
そのあと、あの後は――――。
――ウィル様っ!
「あっ、くぅ……」
起き上がろうとして、全身の痛み、倦怠感に呻く。
そうだ。
勇者を前にしたまま、ウィルフレドの声が聞こえた。
ウィルフレドは逃げずに、勇者の前に姿を見せた。
ボロボロになったエステルを助けるために。
彼に傷はない、無事だ。
自分も生きて家にいるという事は、勇者に見逃されたのだろう。
しかし、問題はそこではない。
勇者がウィルフレドと接触して彼が無事という事は、両者の間には戦いではなく話し合いがなされた。
そうなれば、勇者の口から自分の正体が触れられていても、おかしくない。むしろ、触れられないはずがない。
つまり、ウィルフレドは――――。
「…………、ぁっ、わ、わたし……」
知られてしまった。一番知られたくなかった人に。
どうしようもない絶望感で、頭が真っ白になる。
喉が震えて、言葉が出てこない。
手指が震えて、力が入らない。
顔の筋肉が震えて、目元が熱を帯びる。
ウィルフレドの顔を見られない。
視界がぼやけ、床にひとつ、ふたつと涙が落ちる。
ウィルフレドに正体さえバレなければ、仮に勇者に見つかっても別の場所でこの生活を取り戻せると思った。
いつまでも彼に隠し事を続ける後ろめたさはあれど、どうしてもこの幸せを手放すことは出来なかった。
自分勝手だと思いつつも、初めて手にした自分の居場所を、大切な人を、失いたくなかった。
嘘をつき続けてでも、手にしていたかった。
しかし、その生活は、宝物のような日々は、終わりを告げる。
――もう、おしまい……。
そして何より、ウィルフレドに大きな秘密を隠していたこと。
それに対する罪悪感に、今更ながらも苛まれる。
「ごめん、なさい……」
謝罪を口にしても、自己嫌悪に陥ってしまう。
この期に及んでもなお、ウィルフレドとの暮らしを諦められない。
どんなに赦しを乞うてでも粘ろうとしてしまう自分の浅ましさに嫌気がさす。
「エステル」
そんなエステルに掛けられた声は、今までと変わらない優しいものだった。
恐る恐る顔を上げる。
――どうして、そんなに……笑っているんですか。
エステルの目に映るウィルフレドの顔に、怒りはない。
それどころか、心の底から安心した様に、そしてエステルを落ち着かせるように微笑んでいる。
エステルはウィルフレドが自分の正体に、最初から気付いていたことを知らない。
だからこそ、このウィルフレドの様子には困惑するしかない。
「今日は大変だったね。ほら、大人しく寝ていなさい」
「ウィル様……」
起こしかけた体を支えられ、また寝かされる。
頭の上に置かれた優しい手に、やはり安らぎを覚えてしまう。
「大丈夫、何も心配しなくていいよ。とにかく、今日はもう休みなさい。
明日はお説教だよ」
「はい……」
明日はお説教。
つまり、まだ明日は一緒にいられるという事。
優しく頭を撫でられ、負に引き摺られていた思考が食い止められる。
単純な思考だと言われても良いと思えるほどに、心が落ち着いてしまう。
どこまでも浅はかで、罪深く、どうしようもない自分を卑下しつつも、今はこの温かさに甘えていたい。
(あした……。明日には全部話すから。
今だけはどうか……このまま静かに……いさせて…………)
頭を撫でられながら、エステルは目を瞑る。
戦い、魔力の消耗、聖属性による攻撃、そして極度の絶望。
それらによって擦り切れた心が疲労を訴えて、眠りへと誘う
「私は、ここにいるからね」
そして、最後に聞こえたウィルフレドの言葉に極大の安心を覚え、今度こそ簡単に覚めることのない深い眠りへと落ちていく。
いつか、こんな日が来るとは思っていた。
勇者の役割にある者たちから、いつまでも隠れられるとは思っていなかった。
そうなれば、この生活も終わりになると覚悟していた。
――理解のある子たちでよかった。
魔族に対して強い敵愾心があったなら、問答無用で襲われていたかもしれない。
そうなれば、ろくに魔力を蓄えていないエステルでは抗えない。
少しずつ魔力を溜めては精練していたが、それもこの家とあの町を守ろうとして無意識に使ってしまっていることにも気付いていない。
エステルの魔法技術は低いとさえ言える。
それでも、エステルが人族として生き、同じように暮らしている人を守ろうとしている事は紛れもない事実である。
そんな彼女の気持ちを、魔族であることに偏見を持たずに汲み取ってくれたあの勇者たちには感謝の念を禁じ得ない。
――それは別として、明日はお説教だね。
次々回、時系列が戻ります。




