招かれた家の中にて
招かれた家の中はいたって普通の住居だ。
怪しげな祭壇はない。
あるのはテーブルや椅子、流し台やかまど、水を溜めた甕。
埃を被った様子はなく、毎日のように使われている生活感がある。
気になるのは作業台の上の木箱、周囲の壁に掛けられた干し草。
作業台の横の棚に並べられた瓶。
何かの研究か。
干し草が薬草か毒草であるなら、ウィルは薬学研究者なのか。
玄関の対角線上の一角には薄い木の板が並べられた板間があり、薄そうな布が敷かれている。
恐らくは寝床だろう。
汚れたエステルはその木の板の上に寝かされている。
そのまま布の上に寝かせると、布が汚れてしまうからか。
ウィルフレドは作業台の前の椅子を、テーブル横にずらす。
その対面に元々ある椅子と合わせても二脚。
「いや、申し訳ないね。来客なんてなかったものだから」
苦笑いしながら三人を椅子の方へ促す。
とはいえ、誰も足が進まない。
二人が座れば家主であるウィルが座れず、ウィルを座らせれば誰かひとりとの対話の構図が確定する。
ウィルとの対話は情報を得るために必要なことではあるが、いざとなれば尻込みしてしまう。
それだけの圧力を先ほど受けてしまった。
「あ、そうだ。誰か、この子の着替えを手伝ってくれないかい?」
誰も動けない、そんな状況を変えたのはウィルフレドだった。
エステルの服はずいぶんと汚れてしまっている。
その状態では安静に寝かせてやることも出来ない。
「あ、私が」
ウィルフレドの依頼にオリビアが手を挙げる。
剣と盾を手放し、邪魔になりそうな籠手や具足も外していく。
ウィルへの恐怖は拭えないが、エステルを心配する意は酌みたい、そんな思いからの挙手に、ウィルフレドは頬を緩ませる。
「すまないね」
ウィルフレドが手拭いと替えの服を持ってくる。
それを受け取り、板間に寝かされたエステルの脇に座り込むオリビア。
ウィルフレドも横に座る。
――え……?
これはもしかして、ウィルもエステルの着替えを手伝うという事だろうか。
ウィルとエステルの関係性は分からない。
分からないが、眠っている間の異性の着替えをオリビアは容認できなかった。
時間が止まったように動かないオリビアは、意を決して。
「……あの…私がやっておくので、ウィル……さんは話してきてください」
「あぁ……助かるよ」
少し安堵した様子で、手を付いてゆっくりと立ち上がる。
同じ気持ちだった様子に胸を撫で下ろす。
「わ、私も手伝う」
入れ違いでサーシャがオリビアの方へ向かう。
サーシャは特に、死の気配の影響を強く受けていた。
ウィルに対する恐怖は二人よりも大きく、まだ引きずっている。
彼と目を合わせることなく、しかし意識を逸らすこともなく、素早く脇をすり抜けていく。
その様子に、ウィルフレドは少し申し訳なさそうな表情で見送る。
「ずいぶん怖がらせてしまったね」
「もともと臆病なんだ。気にしないでほしい」
その言葉が事実か、それともモニカの気遣いか、ウィルフレドには分からない。
だが、心に感じる確かな温かさに、わずかに口元が緩む。
二人が板間のほうに移動したことで、椅子の数が間に合う。
ウィルフレドはいつも座っている作業台側の椅子に座り、モニカはその対面、板間側の椅子に座る。
ウィルフレドからはエステルの様子が見え、モニカは仲間に近い距離に座る。
お互いに都合の良い位置での対話が始まる。
「さて、話だったね」
しっかりとモニカと目を合わせるウィルフレド。
「あぁ、そう……だな……」
それに対して視線を逸らし、歯切れが悪いモニカ。
サーシャの事を臆病と言ったものの、モニカとて先ほど抱いてしまったウィルへの恐怖心を拭えたわけではない。
今も震える手を抑えるように両手を重ねている。
杖は入口すぐの物置台に立て掛けてきた。
武器を携帯したままでは、相手の敵意を刺激しかねない。
しかし、それが不安にもなってしまう。
只でさえ敵わない相手を前に丸腰の状態は、もはや屈服と言える。
言葉が上手く出てこない。
聞きたいことはいくらでも浮かぶのに、それを言葉に出来ない。
何から話していいのか。
どう話していいのか。
――怖い。
こんなに言葉が出てこないとは思わなかった。
そんなモニカを、ウィルはただ静かに待つ。
エステルと話をするときのように、穏やかな笑みを浮かべて。
「……えっと、まずは、あなたの家族に手を挙げてしまった事を謝罪する」
それが、モニカが悩んだ末に選んだ言葉。
聞きたいことよりも、まずはエステルに対する行いへの謝罪を優先する。
勇者として活動しているモニカたちの役割を考えれば、町に潜んでいた魔王エステルに対する行動に非はない。
しかし、謝罪も無しにそれを主張するには、ウィルの存在は恐ろしかった。
「うん」
ウィルフレドは穏やかに謝罪を受け入れる。
「しかし、こちらの言い分も聞いてほしい」
焦りで一方的な主張にならないよう、慎重に言葉を重ね、ウィルの返答を待つ。
「うん」
ウィルフレドはどこまでも落ち着いている。
家族を傷付けられたにも関わらず、あっさりのその事を赦してしまう。
それは薄情なのか、それともすべての事情を知っているのか。
穏やかな表情の裏に潜む心根が、まるで推し量れない。
恐怖と焦燥が、逆にモニカを奮い立たせる。
「あなたは、この娘が何者なのか、知っているのか」
次回、少し時間を前後させます。




