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和解

 ウィルフレドはゆっくりと立ち上がり、身動きができない勇者一行と対峙する。

「さて、君たち」


 掛けられた声に、三人は息を飲む。

 それは死を覚悟したから。


 今の時点で、この老人にとってエステルが大切な存在であることは明確になっている。

 その彼女をここまで追い込んだのは、覆しようのない事実。


 そしてウィルは、自分たちを圧倒するだけの気配をまとった相手。

 戦いにすらならず、一方的に蹂躙される未来しか見えない。


 しかし、ウィルフレドの表情は穏やかなものだった。

 大切な家族を痛めつけられて、怒りに燃えている表情ではない。


 エステルの無事に心の底から安堵し、少し悲しげに微笑んでいる。

 その微笑には、少し困った様子がうかがえた。


「どうか、ここは退いてくれないだろうか。争う意思はない」

 どこまでも穏やかな声音に、しかし死の気配は収まったりしない。

 それがまた、この老人のちぐはぐな印象を強める。


 攻撃に打って出ることは出来ない。しかしこのまま逃げ帰ることもできない。

 ここはどうにか穏便に済ませ、しかし事情だけは整理したい。


 幸い、この老人からは好戦的な意思を感じない。

 この死の気配はともかく、話ができそうな雰囲気はある。


「……お前が、ウィルか」

 オリビアより一歩前に出て、モニカは震える喉から声を絞り出す。

 上擦りそうになるのを、腹に力を込めて堪える。


「そうだよ」

 対照的にウィルフレドはあっさりと答える。


 モニカは体中から吹き出す冷や汗を感じながら、頭の中を整理する。

 なんとか発した一言が、状況を変化させてしまうのではという恐怖が強い。


 この老人の事が、あまりにも分からない。

 どこまでなら話を聞くことが出来るのか。


 オリビアはもう一度くらいなら“空間転移”できるだろうか。

 逃げるための計算も忘れない。


 昨日はギリギリまで魔力を使って“空間転移”した。

 一晩で回復した分の魔力も、町からここまでの“空間転移”、二回の全力の“恐怖遮断”でかなり消費している。

 ここから転移できたとしても、町までは届かないだろう。


 そこからサーシャの“空間転移”を重ねれば、何とか逃げ切れるだろうか。

 ――もう少し、踏み込めるか。


「おま……あなたは何者だ。魔族なのか」

 震えが止まらない手が、杖をウィルフレドに向ける。

 それが完全に怯えから来ている牽制だった。


 杖を向ける、それは敵意と取られても仕方のない行動。

 しかし無意識が、恐怖が、防衛本能がモニカにそうさせてしまった。


「も、モニカ……」

 震えるような声が聞こえる。

 その声がサーシャかオリビアか理解するよりも先に、自身の行いに気付く。


 ――しまった。

 気付いて慌てて杖を下げる。


 自らの行動に青ざめるモニカに対して、ウィルフレドは気にも留めない。

 むしろ焦る彼女を見て、戦意の無さを感じ取る。


「そう感じてしまうのも仕方がないけど、人族だよ。

 だから君たちと争うつもりはない」


 それは嘘偽りのないウィルフレドの本意。

 しかし漂う死の気配のせいで、三人はその言葉を信用することが出来ない。


「これだけの気配を漂わせておきながら、争うつもりはないと?」

 三人にとって、ウィルフレドから感じる気配は“死”そのものであり、自分たちを殺し得るものである。


 その気配を収めることなく発せられたその言葉には、まるで信憑性がない。

 気を抜けば死ぬ。警戒を解くことは断じてできない。


「しかし、これを使わないと君たちは止まってくれないだろう。

 私は見てのとおりの老いぼれだ。殴られれば死んでしまう」


 あくまでもこの気配については自衛のためであり、

 それがなければ自分の方が殺される立場にいること告げる。


(使う……という事は、これはウィル自身のものではなく、何かの魔法、あるいは魔道具によるものか)


 ウィルフレドの言葉から、少しでも情報を集め考察するモニカ。

 この死の気配が老人の意思に関係ないものであるなら、もしかすると思ったよりウィル自身の危険性は低いのではないか。


「分かった。あなたが人族の敵でないというのなら、手を出したりはしない」

「うん」

 モニカの下した決断に、ウィルフレドは満足げに頷く。


「しかし、話がしたい」

「話?」

「その娘の事、ほかに少し聞きたい事がある。誓って、敵意はない」

 万が一にもウィルフレドに誤解されるわけにはいかないため、念押しする。


「分かった。きみの言葉を信じよう。少し待っていておくれ。準備をしてくる」

 ウィルフレドはモニカの要求を受け入れると、エステルを抱き上げ家の中に入っていく。


(随分、簡単に信じてくれるな……)

 そのあまりにあっさりとした応対にはモニカも拍子抜けする。


 ウィルフレドが家の中に入った後、少しだけ死の気配が和らぎ始める。

 しかし依然として、全身を襲う震えは治まってくれない。


 ともあれ、ひとまずは命を繋いだと思う。

 その場に崩れ落ちそうになるのを、杖を支えにして堪える。


 ――心臓がうるさい。

 後ろの二人には気付かれないように、ゆっくりと呼吸を整える。


「モニカ、どうするの?」

 オリビアの声が聞こえる。


 普段は穏やかな声質の彼女の声も、いまはまだ怯えが混じっている。

 彼女にしてみれば、サーシャに呼ばれて慌てて駆け付けた矢先にあの気配にあてられたのだから、自分たち以上に混乱しているに違いない。


「話を聞く。いろいろ不可解だ」

 声から怯えていることが悟られてしまうので、端的に答える。


 魔王のこと。

 さっきの気配のこと。

 サーシャの“束縛”を解いたこと。


 聞きたいことはいくらでもある。それをどこまで聞き出せるか。

 拳を固く握りしめ、気合を入れる。


「でも、さっきのアレ……」

 奮起するモニカと対照的に、サーシャは怯えを隠そうともしない。


 傍らのオリビアの手をギュッと握りしめている

 それだけ素直に感情を表に出せるのは羨ましく思う。


 この場からすぐにでもこの場から離れたい気持ちは同じ。

 町に戻って、朝気持ちよく目覚めた町長宅のベッドに潜り込みたい。


 しかし今までにないこの機会を、みすみす逃すわけにはいかない。

 魔王と、それを遥かに凌駕するであろう存在と対話ができる機会は、二度と巡ってこないかもしれない。


 求める情報が手に入るかは分からないが、話す価値は十分にある。

 今日聞き出せなくても、良好な関係を築くことが出来れば、今後に繋げられる。


 しかし、期待と恐怖は入り乱れる。

 逃げる準備はしておかないといけない。


「オリビア、“空間転移”の準備はしておいて。判断は任せるから」

 頼みの綱はやはり彼女の“空間転移”。


 この気配の射程外まで逃げれば、とりあえずは生き延びられる。

 期待を込めた視線でオリビアを見る。


「今すぐ逃げたいのだけど……」

 どんよりとした表情で肩を落としている。


「それは待って」

 激しく同意したい気持ちをぐっと飲み込み、オリビアを止める。


「あ、楽になってきた」

 サーシャの表情に明るさが戻る。


 充満していた死の気配が引いていく。

 ようやく感じる生の実感に、思わず体から力が抜ける。


 構わず地面に座り込むサーシャは、涙を流しながら笑っている。

 ――助かったぁ。


 本当に死に直面した後に感じる生の喜び。

 久しく感じることのなかった感動。


「お待たせしたね。中へどうぞ」

 ウィルフレドの声で唐突に現実に引き戻される。


 死の気配は感じなくなった。

 しかし三人の中ではまだ、死の気配とウィルフレドは強く連動している。


 声を聞くだけで体は強張り、呼吸が乱れそうになる。

 彼の穏やかな声との差が、より一層恐怖心を煽る。


 喜びから一転、気を引き締めなおし、三人は足を進める。

 正確には、モニカが足取りの重い二人の手を引いて進む。


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