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勇者とウィルフレドの対面

 エステルが必死になって守ろうとした家の扉が開かれた。

 途端、三人に暴風が吹き荒れる。

 そんな錯覚を覚えてしまうほどに、死の気配が襲ってきた。


「“恐怖遮断プリベント・フィアー”」

 オリビアが結界をさらに重ねる。


 恐怖に耐えかねたサーシャは後ろで吐いているが、モニカは開かれた扉から視線を離せない。

「お前はいったい、何と暮らしているんだ」


 答えを期待していないが、恐怖から、エステルに問いかけずにはいられない。

 何も知らないまま視認してしまうには、あまりにも恐ろしい。


「ウィル様に……手を……出させない……」

 まるでうわ言のように、あるいは呪詛のように、エステルの口から零れる声が聞こえる。


 ――もう意識を取り戻したのか。

 エステルの異常なまでの耐久力に、モニカは恐怖すら覚える。


 しかしそれ以上に、もう一刻の猶予もない。

 扉が開いた以上、この気配の正体が姿を現す。


「そこまでにしてもらいたい」

 現れたのは老年の男だった。


 事故か病気か、顔の一部に爛れた痕を残し、穏やかそうな目も落ち窪んでいる。

 遠目に見ても晩年の時期。


 枯れ枝のように細く瑞々しさを失った体躯は、只の一撃でその命を絶ってしまえそうなほど弱々しい。

 だというのにこの老人からは、モニカたちを戦慄させる程の死の気配が放たれ続けている。


 近付けば死ぬ、しかし逃げることも許さない。

 そんな死の気配を纏った老人。


「ウィル……様……、どうして……」

 僅かに顔を老人に向け、エステルが声を漏らす。


 ――どうして逃げてくれないんですか。

 そう続くはずのウィルフレドを心配する言葉が出てこない。


 彼が逃げるための時間を稼ごうと、恐怖に抗い立ち向かったのに、

 なぜ逃げるどころか、みすみす姿を現してしまったのか。


 しかし、そんな小さな不満はあれど、心の中には微かな温かさが灯る。

 ――心配して、来てくれたんですか。


 エステルは声に出したわけではない。

 しかしウィルフレドはゆっくりと頷いた。


「エステル、無茶をしてはいけないよ。困ったら相談しなさいと、いつも言っているだろう」

 優しく諭すように、ウィルフレドはエステルに語り掛ける。


 その様子は、危険なことをした我が子を心配して言い聞かせようとする親のようである。

 ――なんだ、この違和感は。


 エステルとウィルフレドの様子を見たモニカは、この老人に対するちぐはぐな印象に襲われる。

 モニカは初め、エステルの虚言を疑った。


 ウィルという老人の存在は、エステルが町の住民を欺き、町に溶け込みやすくする何らかの嘘なのではないかと。

 しかし、実際にウィルらしき老人を目撃している住民もいた。


 そしてモニカたちに追い詰められてなお、エステルは逃げることをしなかった。

 町からはあっという間に逃げたにも関わらず、ウィルとかいう老人と住む家の前からは断固として退かず、立ち向かってきた。


 一緒に住むという老人の存在を疑いようが無かった。

 だから、次はその老人を疑った。


 エステルを騙し、あるいは操り、隠れ蓑にして行動している狡猾な魔族ではないかと。

 エステルが立ち向かってくるのも、自分が逃げるための時間稼ぎをさせているのではないかと。


 しかし、逃げていなかった。

 むしろ堂々と姿を現した。


 敵対者をむざむざ拠点に連れてきてしまったことを叱責するためではなく、まるで助けるためのように。

 利用するためだけに近くに置いていたのであれば、彼女を助けはしないはずだ。


 ――分からない。

 モニカにはエステルとウィルの関係性、そしてこの老人の考えが分からなかった。


「こんなに傷ついて、汚れてしまって……」

 服は土や泥で無残に汚れて、顔は涙と鼻水、汗と胃液でクシャクシャになったエステルの状態は、ウィルフレドが顔をしかめるほど痛ましい。

 もっと早く動けていたらと、深く溜息をついて目を瞑る。


 これでも、ウィルフレドは早く動いたつもりだった。

 しかし、年老いた彼の体は思った以上に動かない。


 作業台から玄関に移動し状況を確認、玄関から作業台にいったん戻る。

 その行動にかかる時間は、モニカがエステルを打ち倒すには十分すぎる時間だった。


 ウィルフレドは汚れたエステルを気にもせず抱き支える。

 その瞬間“束縛”が解け、エステルの体はウィルフレドの細い腕に支えられながら、ゆっくりと地面に寝かされる。


「「「ッ!?」」」」

 その驚きはサーシャ、モニカ、オリビアのものだった。

 ――“束縛”が解けた?


 この状況で、サーシャが“束縛”を解除することはない。

 恐怖に慄き、えずいたとしても、“束縛”を誤って解いてしまうことはない。


 しかしウィルによって“魔法解除”が使われた様子もない。

 そもそも彼からは、魔力がほとんど感じられない。


 そしてエステルにはもう“束縛”を力づくで突破する気力は残されていない。

 ウィルフレドに支えられていなければ、一瞬のうちに地面に崩れ落ちていただろう。


 一体なぜ、サーシャの二種の“束縛”が消えてしまったのか。

 そしてこの老人は何者なのか。


 三人の困惑をよそに、ウィルフレドはエステルの頭を優しく撫でる。

「あとでお説教だよ。だけど、今は休みなさい」


「……はい」

 その感触に落ち着いたのか、エステルは小さく返事をし、今度こそ気を失う。


 呼吸は少し浅いが安定している。

 致命的な攻撃は受けていないことに安堵する。


 一先ずはエステルの無事は確認できた。

 ウィルフレドの視線がエステルから勇者一行へと向く。


 ――さて、どうしたものか。

 ウィルフレドは、この場をどう収めようか思案する。

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